まったく……。変な約束をしてしまったものだ。


 その夜、あまりに色々なことが有りすぎて、サラは寮の自室のベッドの中で、悶々としていた。

 ユーシスの真剣な表情が蘇る。


 ほとんど、七年越しの片想いなのだ。サラの、エドガー・エレンブルグへの想いは。

 学院内での立ち回りを習得した最近でこそ、翠緑の中では上位を狙えるようになったけど、クロエやエドガーみたいな、術士家系の生まれでもなく、片田舎から出てきたばかりのサラは、はじめは完全に落ちこぼれ学生だった。

 見た目だって、帝都で育った都会の女の子達に紛れたら、どれだけ田舎臭かったことか、想像するだけで恥ずかしくなる。

 その間、サラはエドガーを、王子様に憧れる脇役みたいに、ずっとずっと目で追っていた。

 豪胆で快活、好戦的なサラのエドガー・エレンブルグ様は、今も昔も陰術クラスのリーダーだ。焔術の腕前もさることながら、座学のテストもそつなくこなす。

 王子様っていうよりは、牙の生えた地獄犬(ケルベロス)みたいな見た目だって、皆は言うかもしれないけど、誰が何と言おうと、私にとって、エドガーは「王子様」なんだ。


 そんな、王子様への憧れは、サラが七年間、大切に大切にしてきた宝物だ。

 彼がどんな女の子のことを好きになろうが、誰と付き合ってようが、そんなこと、お構い無しだった。

 別に、学年中の人気者の王子様が自分に振り向いてくれることなんて、期待してたわけでもないし。

 ただただ遠くから見てるだけで、それで良かったんだもん。

 こんな、軽はずみな、賭け事みたいなきっかけで、どうにかしていいような話ではないのだ。


「エド……」


 サラには一つ、夢があった。

 それは、彼のことを、恋人みたいに『エド』って、愛称で呼ぶことだ。


「エド……」


 私の、王子様。


「エド、だいすき」 

 サラは、ベッドの上で背中を丸めて、柔らかいコンフォーターにギュッと顔を埋めて呟いた。


 言えないよ、こんなこと……。

 上手くいきっこない。


「エドガー、私、エドガーのこと、ずっと、ずっと、好きだったの……学院に入学した時から、七年間、ずっと、好きだったの……憧れてたの……」


 無理無理むりむり!……絶対無理だ。

 気持ち悪すぎる。

 こんな自分、普通に気持ち悪いよ……。


 スマートでカッコいいサラ・オレイン像を一生懸命築き上げてきたと言うのに。

 到底手に入るはずもない、みんなの憧れの王子様に告白して、見事玉砕する姿なんか、恥ずかしくて誰にも見せたくない。

 痛すぎる、そんなの。


「馬鹿じゃん……。ユーシスの意地悪……。無理だよ……絶対に……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る