第八章: なんで、分かんないかな。小さい頃からずっとずっと、一緒にいるのに、なんで、分かってくれないのかな……

 前期の授業が終わり、サラとユーシスは、連れ立って故郷への辻馬車に乗り込んでいた。


 ランサー帝国の国内には、南部にあるランサー城と、東部ワイバーン、北部タイタン、西部グリフォンの四つの主要な要塞を繋ぐ『ゲート』が存在する。

 一般人には解放されていないのだが、王侯貴族と、軍部の人間、それから、軍の管轄下にある帝国学院の学生達は、申請を出せばゲートを使わせてもらえる。

 ゲート専門の水術士が、門を開いて送り出してくれるのだ。


 西部フリースラント領へは、ゲートを使って西部グリフォンの要塞へ行ってから、辻馬車で半日ほどの道のりだった。

 サラとユーシスは、十歳で学院に入学してから、休暇の度に、いつも一緒に故郷へ帰っていた。


「春休みだねー!最高!」


 サラは大きく伸びをして嬉しそうに言った。

 ユーシスはそんな風に朗らかに笑うサラを、眩しそうに見ていた。


「ねえ、サラ。もし、僕がクロエと付き合うことが出来たら、ほんとにエドガーに、告白してよね?」


「だから、言ってるでしょ。あんたとの下らない賭けなんかには、絶対に乗らないって。だいたい、あんたなんかに、クロエは勿体なさすぎるわ。ぜんっぜん釣り合ってない!」


 はあー……。ユーシスは馬車に揺られながら、盛大に溜め息をつく。

 な、何よ……。


「サラ、言っとくけど、今度ばかりは僕も、本気なんだよ」


 ユーシスの表情が、いつになく真剣だった。


「だから、いつもあんたはそうやって……」


 いつも通りユーシスを嗜めようとしたサラを遮ろうとするように、ユーシスは向かいに座るサラの手をぎゅっと握ると、剣呑な目でサラを睨み付けていた。

 い、痛いんだけど……。

 振りほどこうにも、それを許さないほどの切実な仕草。

 サラはあまりのことに、そのまま固まっていた。

 今日のユーシスは、なんか変だ。と言うか、最近なぜか、ずっと、こんな感じなんだ。

 何かに追い詰められているような……。

 クロエが、どうやら誰か他の人を好きになって、『恋する乙女』になってしまったから、焦っているのだろうか。


「サラ。もう一回言う。僕がクロエと付き合うことが出来たら、サラもエドガーに告白しろ」

 ユーシスはサラを真正面から見据えたまま強い口調で言う。


「だから、なんでそんな、無茶なこと言うのよ……」


「なんで、分かんないかな。小さい頃からずっとずっと、一緒にいるのに、なんで、分かってくれないのかな……」


 いつも飄々としているユーシスが、天使のような綺麗な顔を哀しみに染めていた。


 物凄く、イヤな予感がしてきた。

 サラが薄々頭のどこかでは気が付きながら、気付かない振りをしてずっと蓋をしてきたことの、ツケが回ってきたみたいだ。

 や、やめてよ、こんな時に……。

 何なのよ……!


「サラが、さっさとあの馬鹿エドガーに全部気持ちをさらけ出して、盛大に振られるなり、……付き合うなりしてくれたら、それで全部解決なんだよ!」


「う、ウソでしょ、ユーシス。……いつもの、冗談なんでしょ……?」


 ユーシスはこんな恥ずかしいことするヤツじゃなかったはず。

 辻馬車には、二人の他にも乗客がいるのに、ユーシスは、そんなことも忘れてしまっているみたいだった。本当に、ユーシスらしくない。


「冗談なんかじゃない」


 一言、きっぱりと告げられた言葉。

 サラは本当に、今の今まで、気が付いていなかなかった。ユーシスの数々の行動に隠された真実に。


 いや、白状しよう。心のどこかでそうかもしれないと思いながらも、ずっとずっと、気付かない振りをしていたのだ。


「分かったわよ!分かったから……お願いだから、それ以上は、何も言わないで……」


 サラは焦っていた。

 ユーシスのことは嫌いじゃない。

 どうしようもないクズだけど、大切な友達だ。

 この先、男女の関係になることなんてないと分かっているからこそ、何でも腹を割って話せる、大切な『男友達』だったのに。

 私はそれを、失いたくはない。


「お願いだから、あなたは、いつまでも、どうしようもない『クズ』の、私の大切な男友達でいてよ……!」


 それがどんなに狡く、残酷なことか分かっているけど、サラは、そう言わずには居られなかった。


 はっとした。

 向かいに座ったユーシスは、何も言わず、俯いて、静かに涙を流していた。

 幼い子ども時代だって、狡賢く勇敢なユーシスがこんな風に、手放しで泣いているところを見たことはなかった。


「ユーシス……」

 

 どうしてか、サラは幼い頃からずっと一緒にいる目の前の十七歳の男の子を、抱き締めて、その綺麗な金茶の髪を撫でてあげたい衝動に駆られていた。

 でも、絶対にそんなことを、してはならないと言う理性ぐらいは、サラも持っていた。

 ユーシスと向き合ってあげられる覚悟がない限り、そんなことは、絶対にしちゃダメだ。


「ごめん、ユーシス。……ほんとに、ごめん」


 ユーシスはますます追い詰められるように両手で顔を覆って、俯いたまま抗議するように、小さな声で言った。


「謝らないでよ。なんで謝るんだよ!バカバカバカバカ……!サラのバカ!お前は相変わらずバカ過ぎる!ほんとに最低だ……っ!」


「だから、ごめんって言ってるじゃない」


「だから、謝らないでって、言ってるだろ!」


 ユーシスはやっと顔を上げて、恨みがましそうな目でサラを睨みながら言った。


「ユーシス、分かったよ……。私も、覚悟を決めるよ。エドガーに、きちんと私の気持ち、伝えてみようと思う」


 ユーシスは、再び俯くと、膝の上にクロスするように置いた両腕の上に突っ伏したまま、うん、と一つ頷いた。


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