「あれ、ユーシス、どうしたの?そんな顔して」


 サラはクロエと連れ立って、エドガーを見舞うために向かった医務室の入り口で、怒り心頭と言った表情のユーシスとすれ違った。

 いつも飄々としているユーシスが、こんな顔をしているのは珍しい。


「エドガーと、ケンカでもしたの?」


 ユーシスとエドガー……陽術クラスを代表する女たらしと、陰術クラスのリーダー格――特に仲が良い訳でも悪い訳でも無かったし、ユーシスにこんな顔をさせるほどの関係性が二人の間にあったようには思えなかったのだけど。

 ユーシスは、サラの顔を見て、ますます傷付いたような顔をして言った。


「知らないよ!あんな頭の悪いヤツ……っ」


 そして、逃げるように行ってしまった。

 サラはクロエと顔を見合わせる。いったい、何があったと言うのだろう。

 首をかしげながら医務室へ入ると、簡素なベッドの上で、エドガーも途方に暮れたような顔をしていた。

 クエストで酷い目に遭ったとは言え、いつも自信に満ち溢れているこの人が、魂を抜かれたような顔をしているのは珍しい。


「ユーシスと、なんかあったの?」


 サラはエドガーを見舞うと言う当初の目的も忘れ、一番にそう口にしていた。


「い、いや……?別に、どうと言うことは……」


 エドガーは、いつもはっきり物を言う彼には珍しく、曖昧な態度だった。

 エドガーはなぜかじろじろサラの顔を見ている。


「な、何よ……」


 サラは思わず顔が引き攣る。


 ち、ちょっと無理、やめて、そんなに見ないでよ……!

 心拍数が……ヤバいから……


 長髪と言うには短かすぎ、短髪と言うには長過ぎる、絶妙な長さに整えられた暗褐色の髪は、洒落っけもなくいつも無造作なのに、計算し尽くされたかのように、緋色の瞳の上に完璧な影を作っていて――

 目が大きいので、いささか三白眼気味になっているその緋色の虹彩は、相変わらず射ぬかれそうなほどに鋭く、乙女心をくすぐるダークさを内包している――すべてが、完璧に、整っている――サラの頭の中は、大好きな男の容姿を絶賛する言葉で埋め尽くされていた。

 

 無理、お願いだからそんなに見詰めないで。


 いつも頼れるクールな風術士を演じているのに、理性が保てなくなってしまう……!


「サラ、お前が彼氏を作らないのって、ユーシスを一途に待ち続けてるからじゃなかったのか?」


「……」


 サラは突然の言葉に絶句する。

 一気に現実に引き戻された思いだ。


「ち、ちょっとだけ、待ってくれる……?」

 サラは額に手を当てた。


 ユーシスを、一途に待ち続けている……?

 理解がまったく、追い付いていかない。

 頭の中で、一生懸命、エドガーの言葉を咀嚼する。


「だ、だれがユーシスのことなんか……!あんな、可愛い女の子と見たら、片っ端から節操なく手を出そうとするクズのことなんか……!」


 サラの頭の中がざわざわと混乱し始める。

 エドガーは、どうやらサラが一途にユーシスのことを思い続けていると勘違いしていたらしい。


 ぷっ……。エドガーが急に吹き出した。

 そして、タガが外れたように、腹を抱えて笑い出したのだ。


「そう言うことか……!頭の悪い俺にも、やっと分かったぞ」

 笑い転げるエドガーは、心底愉しそうだった。


「いいな、アイツ……めちゃくちゃ青春してるじゃないか……最っ高だな……!」


 そんなエドガーは、『ダークさを内包してる』ではなく、完全に、邪悪(ダーク)そのものの顔をしていた。


「ククク……いいこと思い付いたぞ、サラ。あの、片っ端から女誑かしてる性悪な天使に、この上ない嫌がらせをする方法をな……!」

 エドガーは、顎に手を当てて、笑いの余韻を引き摺った「悪巧み」の顔をして言った。

 サラは戸惑う。

 いったい、何の話をしているの……?


「あなた達、相変わらずね……。二言目にはそんな話ばかり。まあ、その様子を見ていれば、あなたも、心配するほどの状態ではないと言うことでしょうけど」


 クロエは溜め息をつきながら、呆れたように言った。


「悪い悪い……。あまりにも衝撃的なことが有りすぎて、つい取り乱してしまった」

 エドガーは、咳払いして言う。


「クロエ、サラ……本当に悪かった。ユーシスにこっぴどく叱られたよ。俺が軽率に雷なんか使ったから、お前らを、無駄に危険にさらすことになったな……」


 エドガーは、打って変わって真面目な顔をして言った。


「サラ……ありがとう。お前が居なかったら、俺は今頃死んでただろう」


 サラは頬が熱くなるのを感じた。


「そ、そんな……私は当たり前のことをしたまでだし」

 サラは全力で両手を振って言った。


「あのワームにあんな特殊能力があるってこと、身を呈して皆に示してくれたのはエドガーでしょ。ほんとに、ほんとに、あなたが無事で良かった……!」


 サラは自然と顔が綻ぶのを感じた。

 本当に、誰一人、生命を失うようなことが無くて良かった。

 帝国の盾となるよう育てられたクロエみたいに、崇高な理想など持っていないサラに取って、一番大事なことは、大切な仲間たち皆が、無事に一日を乗り越えて、ニコニコ笑いながら楽しく過ごせることだった。

 そのために、毎日辛気臭い顔をしてるクロエの隣に居て、彼女のしかめっ面をなんとか綻ばせようと思っているのだから。

 私の目標は、この国の大切な『宝』である、クロエ・カイルや、エドガー・エレンブルグ、そして、大切な仲間達を自分の風術で守ることだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る