第六章:私は『帝国の盾』なんかじゃないし、掃いて棄てるほどいる風術士の一人だよ
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「さてと、それじゃ、ダンジョンに入りますよ」
明くる朝。
リーダーのクロエがメンバーを見渡して、宣言するように言った。
狭い洞穴に入った瞬間に魔物に襲われる可能性がないとも限らなかったので、まずは、身を守る手段を持つ焔術士のエドガーが長身を縮こませるようにしながら洞穴の入口に身を滑り込ませた。
「なっ……おいっ、お前ら……!」
エドガーが緊迫した声を出す。
サラはクロエたち、残る三人と顔を見合わせ、当初の手筈通り、二番目に洞穴の中へ入った。
目の前に巨大なワーム……翼を持たないドラゴンのような、固い鱗に覆われた大蛇が待ち構えていた。
「い、いきなりボス!?聞いてない……!」
ダンジョンに入っていきなりボスに遭遇するなんて、あまりある話ではなかった。
エドガーは右手を掲げる。
「“雷撃“」
状況が状況だけに、戦術云々を言っている場合ではない。エドガーは初手から全力の雷撃をワームに放った。
激しい稲光が薄暗い洞窟内を走り、ワームを突き刺す。緑色の龍鱗に覆われた大蛇は、防御無視の雷に撃たれて、激しく身を震わせた。
ところが、次の瞬間、とても恐ろしいことが起こった。
エドガーが放った術と、全く同じ威力を持つ雷撃が、再び閃き、エドガー自身の身体を貫いたのだ。
「痛(つ)……っ!」
ほとんど、声も上げられず、エドガーが地面に転がる。
「エドガー……っ!」
サラは悲鳴を上げて、ワームの足元に転がったエドガーの身体に掛け寄った。
「しっかりして……!」
意識がない。
エドガーは辛うじて息をしているような状況だった。
当然だ。エドガーの攻撃呪文は、学年トップクラスの威力を持っている。そのコピーに貫かれたのだとしたら、命があるだけでも幸いと言ったところだろう。
「コピーの能力を持つワーム……?」
クロエの“複製(コピー)”の術は、味方の発動させた術にしか使えない。
コイツのこれは、自分に掛けられた対戦相手の攻撃を、そのままコピーして返す代物のようだ。
「これは、いったい……」
後からやって来たユーシスが呻き声を上げる。
「このワーム、こちらが放つ術を、そのままの威力で返すコピー能力があるみたい。エドガーは、自分が撃った雷に、そっくりそのまま撃たれたのよ……!」
「そんな……、これは……。何かの間違いだわ。私たち学生の手に負える相手じゃない」
クロエが低い声で言う。
いつも冷静沈着なチームのリーダーであるクロエも、真っ青な顔をしていた。
学院は、学生だけでも充分対処可能なレベルのクエストを選んで、学生達に振っているはずだ。
この洞穴(どうけつ)のボスであるワームに、コピー能力があるとは、教師達も気が付かなかったのかもしれない。
いつになく緊迫した状況だった。
「撤退しよう」
ユーシスが言葉少なに言う。
「でも……!エドガーがこの状態じゃ……。あの狭い洞穴の入り口を、この人を担いで通らないといけないのよ……!」
サラは思わず叫ぶように言った。
その間に、ワームに容赦なく襲われるだろう。
雷撃のダメージを食らって一瞬動きを止めていたワームが、ゆっくりとその巨体をもたげた。
ギザギザの牙に囲まれた巨大な口を広げ、ワームが襲い掛かってくる。
チネが迷わず進み出た。
「“空五倍子色(うつぶしいろ)の壁“!」
チネの小さな身体の前に、巨大な壁が立ちふさがり、ワームの猛攻を受け止める。
防御に徹するならば大丈夫だ。術を返されることもない。
「みなさん……!ここは、私が食い止めますから、エドガーさんを連れて、脱出してください!」
サラは目を剥いた。
「そんなこと!出来るわけないでしょう!?」
怒鳴るように言う。
「大丈夫です。みなさんが無事に脱出出来たら、術を解いて私も後を追いますから!」
そんなこと、出来るわけがない。
ワームの攻撃は思いの外、素早い。術を解いた瞬間にチネが襲われるだろう。
こちらから、一切相手を攻撃出来ないと言うのは、かなり厳しい状況だ。
我々にはワームを倒す術(すべ)がない。
「リーダー、どうする?」
ユーシスはクロエに決断を促す。
クロエは、押し黙った。何か、取る手はないか考えているらしい。
サラは、チネの隣に進み出る。
「チネちゃん、私が貴女を守るよ。貴女は、リファール王子の大切なボディガードなんでしょう?こんなところで、ヤられてる場合じゃないわ」
サラは右手に翠緑の呪力を凝縮させて、白銀の刃を造り出した。
翠緑の呪力を持つ者特有の攻撃方法だ。
『風術』とは、まるで風を扱うかのように攻撃をするためそう呼ばれているだけで、実際は、風を扱う術ではない。
自身の呪力を凝縮させ、鋼鉄を超える強度を持つ刃を造り出すことのできる唯一の術だ。
刃は剣士のように手に持って戦うことも可能だし、弓兵のように、遠距離に打ち出すことも出来る。
サラは、白銀色の刃を正眼に携え、ワームに対峙した。
「サラ、止めなさい!」
クロエの鋭い言葉が飛んでくる。
さすがね、クロエ。私の意図を読み取るなんて。
正直、怖くて溜まらないけど、やってみるだけの価値はあると思うのよね。
私は『帝国の盾』なんかじゃないし、掃いて棄てるほどいる風術士の一人だよ。
大切な大切な、名門カイル家と、エレンブルグ家の血を受け継ぐ術士達を、守らないでどうするのよ。
サラは優雅に身を躍らせ、思い切ってワームの固い表皮に風術の刃を突き刺した。
紫色の血液が飛び散り、ワームが傷みに耐えかねて叫び声を上げる。
サラは、今にもコピーの刃が自分の身体を貫くのではないかと、思わず片眼を瞑って身を縮めていた。
しかし、……反撃は来なかった。
「やっぱりね……!」
サラの攻撃は、呪文ではない。
風術の刃を使った単純な物理攻撃だ。
ワームには詠唱する呪文を伴わないサラの攻撃を、コピーすることは出来ないらしい。
「……ったく、サラは命知らずだなっ!もし、コピーされてたら、今頃死んでるぞ……っ!」
ユーシスは本気で怒っていた。
「でも、大丈夫だったじゃない?」
術をコピーされないことが分かったサラに、もはや怖いものは無かった。
学生には到底手に負えそうにない困難なクエストに遭遇したにも関わらず、クロエ・カイルのパーティーが無事に帰って来られたのは、一重にサラ・オレインという優秀な風術士が居たからだった。
サラは地を蹴って跳躍し、チネの盾すら通り越えて、ワームの龍鱗に足を掛けてとっとっとっ……とテンポ良く駆け上がると、反動を付けてワームの右目に刃を突き立てた。
本物の刃と違い、風術の刃で有れば、思い切り突き刺したとしても、引き抜く必要がない。
新たな刃を造り出せばいいだけだ。
サラは舞を舞うように身を翻らせながら、幾度も幾度もワームの身体を切りつけ続けた。
怒り狂ったワームは、身をよじらせながらサラを追い回していたが、サラの素早い身のこなしに完全に翻弄され、全く付いてこれていない。
風を……まとっているようだ。
ユーシスは、思わず見惚れていた。
『本物』の風術士は、風をまとうように闘うのだと、聞いたことがある。
試合では、クロエと言う優秀なサポーターがいる手前、呪文(スペル)を伴う大掛かりな術を使うことが多いが、サラはけして、格闘が不得意な訳ではない。
やっぱりサラは、カッコいいな……。
故郷にいた頃は、僕がサラを護っていたはずなのに、もう、サラに、僕は必要ないってわけだ。
サラは、たった一人で『狡猾なワーム』を討伐し、パーティーは無事に、クエストを攻略して学院へ帰還したのだった。
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