第五章:誰が誰を好きなのか

 野営が必要なことは事前に分かっていたことなので、各々野営に必要な物を背中に背負ってきている。

 ランタンに火を入れて、中央に置くと、五人は車座になった。食事はランサー帝国軍のレーションをもらってきている。乾パンとか、豆類とかよく分からない加工食品とか、不味いと不評だが、チネは嫌いではなかった。乾いたナッツとか、普通に美味しい。

 もともと薄暗い森の中だったが、日が落ちて、もうすっかり真っ暗だった。

 ランタンの揺れる光が、お互いの表情をチラチラと照らしている。


「もうすぐ春休みだよな……みんな、実家に帰るのか?」


 エドガーが誰にともなく言う。

 前期の定期考査が終わって、七年生前期の授業も残りわずかだった。


「まあね。春休みは短いからあっという間だろうけど……。エドガーの実家は、帝都よね」


 サラが言う。

 討伐チームでよく一緒になるこの人達は、わりと仲が良い。

 サラはエドガーが相手でも、いつも通りの、明るくサバけた話し方だ。


「そうだな、クロエと俺は帝都の出身。お前ら二人は西部フリースラントの出身。そしてチネはアルバート王国か……」


「チネちゃんとリファールって、素敵な主従関係よね。王子様とそれに仕えるボディガードって……ほんと憧れる……」


 サラは夢見るような口調で言った。


「リリアナ家に生まれた術士はみな、王族を護る盾となるよう、定められているのです。私は生まれた時から、リファール様のガードとなるように育てられ、物心付いた時には殿下のお側にいました」

 チネはサラに自分の立場を説明する。 


「ねね、それでそれで、チネちゃんは、リファール様のことが好きなの?」


 サラがニコニコしながら聞いてくる。


「貴女たちは、二言目には惚れた腫れたと言う話をし始めるんですね……」


 チネは呆れて言った。


「私は、あくまでリファール様の従者です。殿下のことを好きだなんて……。彼と私が結ばれることは、絶対にありませんから」

 チネはきっぱりと言った。


「サラ、リファールには由緒正しき血筋の許嫁がいるんだ。永遠に報われることのない関係なんだよ」


 チネは全てを知った上で、残酷なことを言うエドガーを睨み付ける。分かりきっていることをわざわざ口に出して言わないでほしい。

 やっぱりこの男、ロクなヤツではない。


「そ、そうなの……?リファールに許嫁がいたなんて、知らなかった……!」


 ユーシスの顔が輝いている。

 そりゃ、そうか……。

 ユーシスはクロエのことを狙っていて、そのクロエとリファール様は、学年みんなが囃し立てる理想のカップリングであり――つまりクロエ・カイルを巡るユーシスの最大のライバルは、リファール様なんだから。

 リファール様に許嫁がいて、喜ばないはずはない。


「クロエ、でもがっかりすることはないぞ。あくまで『許嫁』だ。ランサー皇帝の策略は、アルバートの王太子リファールとランサーの誇る水術士の卵のクロエを、結び付けることだと俺は踏んでいる」


 エドガーに急に話を振られたクロエは、何のことだ?とでも言わんばかりに訝しげな顔をしている。

 クロエは冷たい表情を崩すこともなく言った。


「何を仰っているのやら……。私はあのような男には全く興味はありませんし」


 下らない話を振るな、とでも言わんばかりだ。


「ふーん、じゃあ、クロエには、気になる人とか、いないんだ?」

 ユーシスは面白そうな顔をしてここぞとばかりに突っ込む。


「き、気になる人……?そ、そんなの……っ」


 クロエはなぜか、急に頬を赤らめた。

 一堂、一斉にざわめく。


「えっ、なに、クロエ。まさか好きな人が出来たの……っ!?」


 ユーシスが顔色を変えている。

 ユーシスは、面白半分にクロエに話を振ったものの、まさかクロエが、こんな反応を示すとは思いも寄らなかったのだろう。


「そうなのよ、ユーシス。残念だったわね。最近なんか、クロエ、ずっとこんな調子なの。絶対これは何かあったんだと思うんだけど……どんなに聞いても教えてくれないんだよね」

 サラが言う。


「や、やめて、サラ。そんなんじゃないんだってば……。好きな人なんて、い、いないわよ!」

 クロエは泡を食って否定する。


「あ、怪しい……。その否定の仕方……」


 エドガー、サラ、ユーシスの三人が氷姫に詰め寄る。

 感情表情の薄い、氷姫だと思っていたのに、顔を真っ赤にして、なんだこの女、めちゃくちゃ可愛いじゃないか。

 チネは一人、冷静にこの構図を見ていた。


「くーーーーっ、このおーーー……っ!いったい、どこのどいつなんだ!僕の愛しのクロエ・カイルを、こんなに可愛らしい恋する乙女に変えたのは!気になって夜も眠れないじゃないか!」


 ユーシスはかんかんに怒っていた。

 それでも、どんなに三人が宥めすかしても、クロエは結局、かたくなに口を割ろうとしないのだった。

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