7.仲間か敵か
「ぐは……っ」
先ほどとは逆に、ドノドンの巨体が岩場に転がる。
それを見下ろすヴィーラグアの額は大きく割れ、大量の血が溢れ落ちていた。
「痛いな」
ヴィーラグアは額に手をやると、そこに突き刺さっている角を引き抜いた。
とたんに新たな鮮血が噴き出し、視界を赤く染める。
「ああ、頭がクラクラする。おいお前、大丈夫か」
傷は深く、間違いなく脳にまで達しているはずだが、ヴィーラグアは大した痛手でもない様子で額に手を当て、傷口にゴウラを集中させた。
銀白色のほのかな光が溢れ出すとともに、傷は見る見る小さくなっていく。
一方のドノドンは、根元から折れた角の跡も痛々しく、同じように額から大量の血を流しながら、大の字になって気を失っている。
「おい、起きろ」
ヴィーラグアは、ドノドンの角を手にしたまま、腹を蹴飛ばした。
「うう……」
痛みは感じているのだろうか。
うめき声は漏らすものの、意識が戻る気配はない。
なおも小突くように二・三度蹴りつけると、ドノドンはようやく眼を覚まし、頭を振りながら上体を起こした。
「うう……くそっ」
「ほら、返すぞ」
草の上に転がったものを見たドノドンは、慌てて額に手をやった。
「あっ! まさか、お、俺の角!
ああっ! ない! ない! 俺様の角がないっ! うわあーっ!」
狂ったように頭をかきむしりながら、絶望的な悲鳴をあげる。
ヴィーラグアはその無様な姿を見降ろし、もう一度「おい」と声をかけた。
「ひっ」
ドノドンは額に手を当てたまま、上目づかいに彼を見る。
「さて、我はお前に勝ったということでいいんだよな。じゃあ喰らってもいいか?
肉は硬そうだけど、お前のゴウラはどんな味がするのか、とても興味がある」
「ひいいっ! ま、待ってくれ。わかった、俺の負けだ。降参する、降参するから、どうか喰らわないでくれええっ!」
這いつくばってわめき散らすドノドンに、ヴィーラグアはクスリと笑う。
もとより、本気で喰らおうなどと思ってはいないのだ。その気があるなら、とっくに襲いかかっている。
そう考えながらも、相手のあまりの慌てぶりをみているうちに、少し悪戯心が湧いてきた。
「そう言われても、我は今まで捕えた獲物は全部喰らってきたんだ。骨も残さずにな」
「わっ、悪かった! 謝る! 許してくれるなら言うことを何でも聞く、お前の子分になるから!」
「あー、わかったわかった。我も話し相手が欲しかったんだ、赦してやるよ」
「ほっ、ほんとか? ありがとう! ありがとう!」
「ところで、ひとつ聞いてもいいか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ。俺はもうあんたの子分だ」
「それだよ、子分ってなんだ?」
「へ? 子分は……子分だけど……」
ドノドンがその言葉を発した時、声と同時に彼の意識を読もうとした。
母と会話していた頃は、この方法によって初めて聞く言葉でも意味を知ることができたのだ。
でもドノドンの意識は、母ほどはっきりと読み取ることができない。
まるで伝わらないわけではないのだが、霧の中の影を見るように、漠然とした意識の輪郭しか判別できない。
子分という言葉も、先ほどまで放たれていた敵意とは真逆の穏やかさが感じられる、といった程度だ。
「仲間とは違うのか?」
「仲間? ああ仲間だ仲間だ! そうだ、俺はお前の仲間だよ!」
口から泡を飛ばし、必死の形相で訴えかけてくる。
なんだろう、たかが一撃を喰らった程度で、これほどまでに弱気になるものだろうか。
そういぶかしむヴィーラグアは、気付いていなかったのだ。
自分が、額を打ち付けると同時に、無意識のうちに重槍のごときゴウラの一撃を放ち、ドノドンの精神を刺し貫いていたことを。
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