第5話 喧嘩。そして、すぐ傍にいたもの
いかにもな建物に近づく。その土台も見た感じ人工的に整地されている。
石を切り出して作られた階段まであるんだから、いよいよもって神殿のように思えてくる。
「一体だれが、何のためにこんなものを地下に作ったのかな?」
私が先頭で階段を上っている。その後ろを振り返ってそう意見を求めた。
「石をこんなにまっすぐに加工できる技術って、結構最近じゃないかな? あれ? ピラミッドとかも昔からあるし古いのかな?」
朔良は私の疑問にそう答えた。その言葉に結局どっちなの、と思う。
「でもこの階段、つるつるに研磨された石だから想像するほど古くはないのかもね……」
光紗がそう答えた。いつもの元気がない。かなり辛そうな足取りだ。
地下だから外のような暑さは全く感じないけど、その額には汗が浮かんでいる。
さっきの逃走劇がまだ相当堪えているのかもしれない。
「でも、あんな大きい石、何処から運んできたのかな? それにクレーンも入れないこんなところで、あんな複雑に組み合わせるなんてできるの?」
朔良も不思議そうに、最上段にどっしりとたたずむ神殿を見つめている。
そういわれると、なんだか不気味だ。
サル族が作ったとかはなさそうな気がする。
技術力はどうか知らないけど、体が小さすぎてそんな力はなさそうだ。
サル族たちの大きさは、大きいのでさえ私の胸の高さぐらいしかなかった。
「まさか、巨人が住んでてその住処とかないよね?」
巨人が住んでいて、よいしょと担いで組み立てたとかの方があり得そうな気がする。
私がそんな想像を口にすると二人の足がぴたりと止まってしまった。
「やめて、そういうこと言うの‼ 冗談に思えない‼」
「もういや、帰りたい。こんなところで死にたくない」
光紗がものすごく怖い顔で叫んだ。
朔良はうずくまってしまい、泣き出してしまう。
二人がここまで大きな声を出したところを見たのは、初めてだった。
「大体、あなたっていつもそう。なんでそう平然としてられるの⁉ わけわからないことばっかり始めて、いつも私たちを巻き込んで‼ 私たちが迷惑してるのがわからないの⁉」
光紗は私の胸ぐらをつかみ前後に激しく揺さぶってきた。
私はどうしたらいいのか、わからなくなってしまった。
私の困惑の顔を見て、光紗ははっとしたように私の胸ぐらをつかんだ手を離した。
「ごめん、大きな声出して…… 言い過ぎた……」
光紗は落ち着きを取り戻して、そう謝ってきた。
朔良は、まだ泣いている。
「謝らないとなのは、あたしの方だよ。こんな時に無神経だった。こんな目に合わせたのも全部あたしのせいだし……」
普通だったら二人の態度の方が当然だ。
化け物に追いかけられて、出口の見えない地下道を延々と彷徨う。
怖かったり、不安だったりするのが当然なのだ。
「二人はここにいてよ。あたし、先行って様子を見てくるよ」
たぶん二人は、もうこれ以上は無理だ。
ここなら上から何か来てもすぐに逃げられるし、高台で見通しがいいから下からの脅威にもすぐに気づける。
すぐに危ない状況にはならないはずだ。
私の提案に二人は何も答えない。それでも、何か言いたそうな視線はくれる。
「大丈夫、そんなに無茶はしないよ。危険がなさそうだったら呼びに来るから」
私の言葉に二人は無言でうなずく。
どうしちゃったんだろう、私。
さっきまであんなに怖かったのに、全然恐怖心を感じなくなってしまった。
自分でも意識できていないだけで、もう私もおかしくなっちゃってるのかもしれない。
死ぬかもしれない、危ない場所だという認識はしっかりとある。
だから、別に現実逃避しているわけじゃないはずだ。
もちろん、死んじゃってもいいと思ってるわけでもない。
「さてさて、何もいませんようにっと」
二人からだいぶ離れて、もう聞こえないところまで来ると私はそう独り言をつぶやいた。
神殿の正面は特に扉のようなものはなく、ぽっかりと真っ暗な入口が開いている。
「しまったな…… ライト、さっき壊されちゃったから明かりがないよ」
誰に言うでもなく、私はまた独り言をつぶやく。
人は不安な時、自分を落ち着かせるために独り言が多くなるという。
きっと恐怖は感じなくなっても、私はいま不安ではあるのだと思う。
思い起こせば、二人と一緒じゃないことなんて今までほとんどなかった。
私はぎゅっと目をつぶり、数秒数えると神殿の中に飛び込んだ。
気配で入り口横の柱に張り付くと、すぐに目を開ける。
暗闇にはすぐに慣れ、中がぼんやりと見えてくる。
感想としては、意外と広い。
入口から等間隔で天井まで延びる大きな柱が奥まで続いている。
それは複雑に突き出した梁と、その上の屋根を支えている。
梁と梁の隙間は空いていて、そこから外の光が差し込んで神秘的な雰囲気を醸し出す。
そして、結構明るい。
外周には何かよくわからない壁画が描かれている。宗教画のようにも思えた。
今のところ何かが動く気配や、坑道内で嗅いだ獣臭さは感じない。
「何、この絵。白い服を着た女の人? それが何かに祈ってるみたいに見える」
私は慎重に奥へと進む。その時、壁画が気になってじっくりと観察した。
大勢の小さい人間(?)と、その右側に大きく描かれた白い服を纏った女性の絵。
何かに祈ってるように見える。これだけじゃ、何が何だかさっぱりわからない。
壁画はまだ奥へと続いている。
「な、なによこれ。女の人が食べられてるの?」
白い何かが大きな口を開けて、女の人の頭に覆いかぶさるようにしている絵だ。
「そう、だよ。人食い洞の神。その伝説って、知らない?」
気付くと、私の真横。
手を伸ばせばすぐ触れる場所に白い着物を着た女の子が立っていた。
さっきから私は、相当に注意して進んでいた。
柱を背にして、なるべく死角からの攻撃にも気を付けていた。
それなのに、その子は忽然と私の前に現れたのだ。
もちろんそれで私ができた反応は、悲鳴を上げることだけだった。
「うわああぁぁーーーーーーー‼」
思わず飛びのき、石畳の地面に尻餅をついた。
その痛みに思わず悲鳴が漏れた。
「うるさい、なあ。こっちの方が、びっくり、だよ」
耳をふさぎながら、目を細めて心底鬱陶しいといった態度をしている。
「だ、だれ? あなた誰なの?」
私はその少女に訊ねた。
艶のある綺麗な漆黒の長髪、その長さは腰まである。
背丈は一メートル四十センチほどの私より少し高い。
幼くも凛々しい印象の可愛い顔。その肌は陶磁器のように白い。
和人形のように美しいその少女の瞳は、しかし日本人らしからぬ真紅に輝いていた。
「わたしの名前? 確か、サキって呼ばれてた、気がする?」
なぜか唇に指を当てて首を傾げている。なんで自分の名前がわからないの?
「そ、そう…… その、サキさんはいったい何者? どうやってここに来たの?」
私は戸惑いつつもそう訊いてみた。
相変わらず怖いという感覚がマヒしている。
いきなり、真横に現れた女の子。お化けなんじゃないかと思えてならない。
いつもだったら、全力で逃げ出してると思う。
「う~ん、なんだろう? その絵の神様。……の親戚、みたいな? あの子は[優しい悪魔]って呼ぶ、かな?」
ぞわっと背筋に悪寒が走った。
この子が人じゃないことに気づいてしまったからだ。
よく見ると額の右側。彼女の左のおでこから真っ白い小さな角が生えていた。
「も、もしかして、人を食べるの? 私のことも?」
じりじりと距離を取りながら、私は目の前の自称神様に訊ねた。
「たべられたいの? 食べて、ほしい?」
そんなことを聞かれても、「はい、食べてください」なんて言うわけがない。
尻もちをついたまま後に下がるけど、もう柱が背中に当たってこれ以上は下がれない。
「お願いごとのない人は、食べないよ。今はお願いも、聞いちゃダメ、だって」
その言葉を聞いてほっとする。
この神様(?)なんだかちょっとボーっとしている。
いきなり襲い掛かってくる感じでもないし、悪い人(?)じゃなさそうな気がする。
「神様はここで何をしてるんですか?」
私は取り敢えずそう聞いてみた。なんでいきなり現れたんだろう?
「わたしのことは、サキ、でいいよ? さっきまで、寝てたんだけど、人の声が聞こえたから。『あの子』が来たのかと、思ったの」
私が知り合いかと思って出てきたみたいだ。
寝起きだからなのか、なんだかすごく眠そうにしている。
「どうしたの⁉ 無事?」
「何があったの? 大丈夫?」
光紗と朔良が神殿の中に走りこんできた。
さっきの私の悲鳴に驚いて、心配して駆けつけてくれたみたいだ。
さっきは気まずい雰囲気になっちゃったけど、やっぱりこの二人は優しい。
床に倒れこむ私と、それを見下ろすサキさんを見て短く息をのんだ。
二人の視線は、サキさんの額に生えた角に向かっている。
「お、鬼? その子から離れなさい‼」
光紗はスコップ片手に臨戦態勢になった。
この状況を見たら、私が襲われてるように見えちゃうのも仕方ない。
「ま、待って。この人、悪い人(?)じゃないから」
私は慌てて立ち上がると二人の方に駆け寄った。
今にも飛び掛りそうな光紗の態度に、サキさんは急に剣呑な雰囲気になった。
「人を、傷つけちゃダメ。……とは言われてるけど、自分の身は守っていいって、言われてるから、喧嘩するなら買う、けど? 手加減はしないけど、いい、よね?」
一触即発。明らかな殺気が部屋に満ちた。毛が逆立つ。
朔良は床にへたり込んでがくがくと震えている。
頼みの光紗もどこかふらふらとした足取りで立っているのがやっと見たいな状態だ。
絶対に無理だ、普通の人間が勝てると思えない。
サキさんはその真紅の瞳に殺気を乗せて光紗を見つめている。
やばい、このままだと光紗が殺される。私はその場で土下座した。
私にプライドなど、無い!
「喧嘩なんてしません。私たち道に迷って困ってるんです。出口を知ってたら教えてください」
私の言葉を聞いて、サキさんはまたぼーっとした雰囲気に戻った。
「それが、お願い? でも、なあ…… 今はお願いは、聞いちゃダメって、あの子に言われてるから、なあ……」
少し困っているようにしてるけど、あんまり表情は変わっていない。
それにしても、さっきからサキさんが言っている「あの子」って誰なんだろう?
本当に神様だとは言い切れないけど、神様に命令できるって何様?
「さっきから話がよめないんだけど、この人はだれ?」
土下座したままの姿勢の私を見ながら、朔良が泣きそうな顔で聞いてくる。
「ええっと、よくわからないけど、神様? だって」
二人とも眉毛をハの字にして、「何言ってるの? こいつ」みたいな顔で私を見ている。
そんな目で見られても、私もよくわからないんだから仕方ない。
「そんなこと言ってても、本当は知らないんじゃないの?」
光紗はサキさんにそう聞いてみた。
「知ってはいる、よ。そっち。そこを進めば、森に抜ける」
そう言って、サキさんは神殿の奥の方を指さしてくれた。
「あれ? 教えちゃいけないんじゃないの? お願いしたときはダメって言ったのに」
知ってるんだったらすぐに教えてほしかった。でも、もしかしてこれで帰れる?
「やった、あそこに扉があるよ‼ 私たち帰れるんだよ!」
朔良は嬉しそうに扉の方にかけていった。
そのまま扉の向こうに出て行ってしまった。
「それにしても、ここって何なの? 坑道の先にこんなものがあるなんて」
光紗は危険がないとわかると、やっとスコップを構えるのをやめた。
神殿の中を興味深そうに眺めている。
私もやっと少し安心できた。
そういえば、さっき聞きそびれたことを聞いてみよう。
「この壁画って何? 人食い洞の伝説は聞いたことあるけど、これが何か関係あるの?」
うっかり光紗たちと話すときの感じでサキさんに訊ねてしまった。
仮にも神様相手に失礼かもしれない。
それでも当のサキさんはまったく気にしていない様子で、質問に答えてくれた。
「わたしも、よくわからない。けど、ここの本来の神様。……について描かれてる、みたい?」
なぜか最後は疑問形だった。というか、今少し重要そうなセリフがあったんだけど?
「本来の神様って? 貴女は人食い洞の神じゃないの?」
本来の神というものについて質問した。
「わたしは、たまたま無人だったこの神殿を、間借りしてるだけ。本物ほどの力もない、はず?」
「神様ってサキさん以外にもいるんだね。さすが八百万の国」
私とサキさんが話していると、光紗が私の真横までやってきた。
そして、いきなり私の頬を激しく平手打ちした。
ジンジンと痛む頬を抑えながら、突然の行動に私はあっけにとられてしまった。
「ばか、本当にあなたって馬鹿よ。なんでそう危ないことばっかりするの? 下手をしたら、あなた死んじゃってたのよ?」
そう言う親友の顔を見て、その表情に私はぎょっとして息をのんだ。
その瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
そして、いきなり私のことを抱きしめてきた。
「さっき、貴女の悲鳴が聞こえたときは本当に怖かった。あんな酷いこと言っちゃった後で、もし貴女が死んじゃったらって…… よかった。本当に良かった」
私は吃驚した。
あの光紗が泣くなんて。
今までどんなに怖い目にあっても、絶対泣いたことなんてない。
お化け怖いとは言っても、今みたいに涙を流すようなことはなかったのだ。
「ごめんね。ごめんなさい。心配してくれて、ありがとう。あたしは大丈夫。何処も怪我してないし、痛いところもないよ」
泣くほど心配してくれたのが嬉しい。
いつも一緒だから、隣にいるのが当たり前な気がしていた。
それがいきなりいなくなったら、私だって耐えられない。
こんなことにも気づかないなんて、私はやっぱり馬鹿だ。
大バカ者だ。
こんなバカな私に付き合ってくれる、優しい親友。
やっぱり、私は光紗のことが好きだ。大好きだ。
「大好きだよ、光紗」
私はそう呟き、その小さい体を抱きしめる。光紗も私を抱きしめながら寄りかかってくる。
恥ずかしさとうれしさで全身が見る見るうちに熱くなってくる。
熱い。ドキドキする。生きててよかった。彼女の体の熱をしっかり感じる。
物凄く熱い。おかしい。こんなに熱いって、普通じゃない。
「光紗? ねえ、光紗どうしたの? 貴女、すごい熱じゃない⁉」
返事がない。私に寄りかかったまま、光紗はぐったりとしている。
私は慌ててその体を慎重に床に横たえる。ものすごく苦しそうな呼吸が聞こえる。
「あなた達、ここに来るとき、大きな、蛇頭の化け物に、あった?」
サキさんが私たちの様子がおかしいのに気付いて、近くにやってくる。
「うん。うねうねして、口がいっぱいついたでかい化け物」
「やっぱり、ね。ラードンの毒。あなた、それに、噛まれた、でしょ?」
サキさんがそう光紗に訊ねると、苦しそうな息遣いをしながらも光紗はうなずいた。
「急いだほうが、いい。すぐに毒を、抜かないと、この子、死んじゃうよ?」
サキさんは眠そうな顔のまま。しかし、はっきりとそう私に告げた。
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