第4話 もんすたー
お昼を食べ終えると、三人でこれからのことを話し合った。
全員、お通夜みたいな表情だ。
いや、あながち間違ってない。
本当に生きて帰れるかわからないのだから。
かなり広いから窒息はたぶんないけど、このまま何日も閉じ込められたら餓死はあり得る。
原因を作った私はいたたまれない。
「ごめん、二人とも。あたしのせいでこんなことに……」
頭を下げて謝ったって今の状況が変わるわけじゃないのはわかってる。
それでもそう言うしかなかった。
「怒っても、恨んでもどうなるものでもないでしょ? ほかの出口を探しましょ?」
光紗は小さくため息をつきつつもそう言ってくれる。
「そうだよ。生き物がいたってことはどこかから出入りしてるはずだよね。きっと出られるよ」
朔良もそういって励ましてくれた。
光紗も朔良も私を責める言葉は言わない。その優しさが逆につらい。
「なら、さっきの白いのが逃げて行った方に行ってみよう?」
私は二人にそう提案した。
あの白いのは特に私たちに攻撃的な感じじゃなかった。触手はきもかったけど。
また出くわすことになっても、黒いサル(?)よりは危なくはないと思うからだ。
幸い奥に続く道は入口に近いところよりは劣化や風化は進んでいない感じだった。
道は緩やかに上下を繰り返していて、少しずつカーブしている。
たぶん、さっきいた通路と交差しながら下に向かっているのだと思う。
アリの巣状の構造の坑道は歩いているうちに方向をすぐに狂わせた。
普通の建物の様に階がはっきりと分かれているわけじゃない。
平坦な道なら地図も作れそうだけど、今どのくらいの深さにいるのかすぐにわからなくなってしまった。
「全然、さっきの生き物に会わないね。今、どこらへんなんだろう?」
朔良が不安に耐えきれなくなったのかそう口にした。
私も光紗もその言葉に返事はできなかった。
もう、一時間は歩いている。
時どき、広めの空間に出てそこからいくつか分かれ道があったけど、木が打ち付けてあったり、崩れていて進める感じではなかった。
本当に出口に向かえているのかは誰にもわからない。
そもそも、本当に他の出口があるのかもわからない。
「少し休まない? 結構歩いたし……」
少し広い空間に出ると、光紗の提案で私たちは地面に座って休憩することにした。
小さい石が無数に転がっていて、お尻が痛い。
座るところだけ手で払いのけた。
よくよく見ると地面に綺麗な石が無数に転がっている。
「あれ、これもしかして宝石? ……うそでしょ? ものすごい数落ちてる」
払いのけた石がライトの光に照らされて色を放つ。よく見ると宝石だった。
さっきから、崩れてこないかが心配で天井と壁ばかり気にして歩いていたけど、よく見ると床全体に宝石の原石らしきものが散らばっている。
この前私が拾ってきたものと比べると大きさは小さい。
でもその数は十や二十じゃない。この部屋だけで百はくだらないんじゃないかと思う。
「前、見つけたってところはここじゃないの?」
朔良がそう訊ねてきた。それに私は首を振る。
「前はもっと浅いところだよ。こんなに落ちてもいなかったしね」
この前拾った場所は黒っぽいサル達が逃げて行った方だった。
もしいっぱいいて襲われても怖いからこっちに来たのだ。
あっちに行った方がよかったのかなと少し考えてもいる。
「この坑道、昔は宝石も取れたのかな? なんでこんなに落ちてるのに廃坑になっちゃったんだろう? 普通にこれだけあれば、まだ続けててもよさそうなのに」
そういいながら光紗は持っていたバケツに宝石をせっせと拾い集めている。
こんな状況じゃなきゃ私も嬉々として集めてるけど、まだ生きて帰れるかわからないのに集めても宝の持ち腐れだ。
荷物になって無駄に体力も使いそうだし……
「ねえ、二人とも。さっきから変な匂いしない? 生臭いような」
朔良が鼻をふさぎながらこちらに寄ってきた。
言われてみるとすえた、獣のようなにおいがする。
すると、奥の方から何かが地面をこする音が聞こえてくる。
「何か、生き物がいるみたい。二人とも気を付けて」
光紗が素早くスコップを片手に身構える。
私も近くに落ちていた木の棒を拾って横に並ぶ。
「まずい、この感じ結構大きい。さっきのサルっぽいのじゃないと思う」
歩く音が近くで聞こえてくると、光紗が慌てだした。
どうしてこういうこと、想像しなかったんだろう。
こういう穴の中だったら、熊とか大きい動物が住処にしてる可能性だってあったのに。
人間相手だったら光紗はたぶんどうにかしてしまうと思う。
光紗は護身術を身に着けていて、普通の大人にならまず負けないぐらいには強い。
でも、相手が熊か何かだったら流石に勝てる気がしない。
「まずいよ、後ろからも足音が聞こえる。挟まれちゃうよ」
朔良が今まで通ってきた通路の方を向いてそうささやいた。
この空間は少しだけ広いとはいえ囲まれたらおしまいだ。
「あ、あそこ。あの陰に隠れよう」
部屋の隅に昔使われていたらしい木の箱が積まれていた。その陰に三人で隠れる。
私の握っている木の棒が汗のせいで滑る。
朔良はぶるぶると震えているし、光紗でさえもスコップを両手で抱えて進もうとしていた側の通路を睨んでいる。
しばらくすると、ぶおっぶおっ、といういびきをかいてるような、呼吸音なのか鳴き声なのかわからない音が近づいてきた。
そしてその姿を見た瞬間、私たち三人は短く息をのんだ。
高さはたぶん一メートル五十センチぐらい。
だけど、全長は三メートルはある。
四足の巨大な生き物だ。最初は熊かと思ったけど、その頭の先は細長い。
黒いシルエットだけだと象に似ているけど、絶対に違う。
なぜならその細長い頭の先。
鼻のような部分は無数に枝分かれし、そのそれぞれに鋭い歯の並んだ口がついているからだ。
ねばねばとしたよだれがその先から滴っている。
見るものに生理的な嫌悪感と恐怖を植え付ける、そんな化け物だ。
真っ暗い坑道の中でなぜそんなにはっきりと姿が見えたのかというと、私たちはあまりにも気が動転していて、明かりを消すのを忘れていたからだ。
この広間の中央付近にライトを置きっぱなしにしてしまった。
「やばい、ライト消し忘れた。見つかったら死ぬ。見つかったら死ぬ」
私は声に出さないながらも、ものすごく焦った。
また、私はやらかしてしまった。
さっきから二人に迷惑をかけてばかりだ。
化け物はライトに近づいてくると、その細長い口でライトを滅多打ちにしだした。その触手のような口の動きも、破壊の音も恐ろしくていられない。
現に、さっきの白い毛玉の触手には動じなかった光紗でさえも私の手を握って震えている。
一瞬で真っ暗闇になり、ライトを踏みつけるバリバリという音が室内に響く。
静寂を取り戻したかと思うと、今度は化け物の呼吸音が部屋に響く。
それはゆっくりとこちらに近づいている。
もう、だめかもしれない。
その時、奇跡が起こった。
私たちが通ってきた通路から、最初に出会ったサルたちが入ってきたのだ。
しかも、その手には赤々と燃えるたいまつが握られている。
火を恐れないどころか利用するなんて。たぶんあれ、サルなんかじゃない。
もしかして、新種の類人猿か原人の生き残りかもしれない。
けたたましい鳴き声の応酬の後、すぐに化け物とサル族との殺し合いが始まった。
突然のことに私はあっけにとられてしまって、初動が遅れた。
「今のうちに奥の通路に逃げ込もう。走るよ、二人とも」
光紗のその言葉にハッとさせられる。今すぐ逃げないと巻き込まれる。
光紗はそういうと私たちの手をつかんで奥の通路に向かって走り出した。
サル族のたいまつのおかげで真っ暗ではない。
何とか進むべき通路の入り口は見えた。
私と朔良は引っ張られながらも必死に光紗についていく。
足の遅い朔良と、それに続いて私を光紗は先に逃がす。
私は朔良が先に進むのを見て、すぐに後ろを振り返る。
その後ろには、すでに化け物が迫っていた。
「だめ、光紗! もう後ろに――」
私たちを通路に押し込んで少し気を抜いた光紗の真後ろに化け物が
山のようにという形容があるけど目の前だと本当に大きい。
その小部屋の天井に届きそうだった。
抵抗する餌よりも、か弱い私たちを先に食べようとしているみたいだ。
恐怖で足がすくんで動けない。
「早く行って! 行ってーー‼」
私は光紗に背を押され、通路の方に投げ出される。
何とか転ばずにたたらを踏む。
次いで光紗の悲鳴が木霊する。光紗は持っていたバケツを化け物に投げつけたみたいだ。
金属のバケツが跳ねる音が坑道内に響く。
後ろを振り返る余裕なんかなかった。そこからは、ひたすら走った。
走ってる足音はついてくるから、無事だとは思う。
けど、光紗が食べられちゃったんじゃないかと、怖くて仕方ない。
真っ暗闇の通路を壁にぶつかりながらも必死に走った。
途中から朔良がライトを取り出して先を照らしてくれたけど、何処をどう曲がったとか、全然覚えていない。
どのくらい走ったのかもわからない。
「し、死ぬかと思った。あんなのがいるなんて、この坑道マジでどうなってるのよ」
かなり広い空洞に行きつくと私たちは地面に転がって、全身で呼吸していた。
光紗でさえ、もう立ち上がれないほどなんだから相当全力だった。
よかった、全員無事みたい。
他にもいて、ここに来るまでにまたあんなのに出くわさなくて、本当に良かった。
「う、うそ。何ここ。地下なのになんでこんなに明るいの?」
光紗がやっと息が整ったようで周囲を見渡してそう言いだした。
言われて私も周囲を見ると、ライトもつけていないのにこの空間だけ妙に明るい。
天井まで数十メートルはある大空洞。
特に明かりになるようなものも見られないのにぼんやりと明るく、ところどころ明らかに人の手によって土が盛られている。
「ねえ見て、あれ。石でできた神殿みたいのがある」
朔良がそう言って指さす先。
この空洞の奥の方、小高い丘のようになっているところにそれはあった。
石が複雑に積まれて出来た、建物のようなものが見える。
明らかに人工物だ。
しかも、上の方から煙が上がっている。
中で何か燃えているのかもしれない。
もしかしたら、誰かいるかもしれない。
「サル族の住処なのかな? 人間だったらいいんだけど……」
「そうね、人がいればここから出られるかもしれない」
「気を付けてよ二人とも? 慎重に近づこうね」
三人でうなずき合って、そこへと近づく。
ここからの脱出に一縷の望みを抱いて、私たちは謎の遺構へと歩みを進めた。
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