第3話 旅に出ます。探して下さーーい!?

 冒険、アドベンチャー。

 未開の地に分け入ろうというのに、この二人ときたら……


「あんたたち、なめてるの? 冒険なめてるのかーー‼」


 私の服装は長袖のシャツの上にジャケット。下は九分丈のレギンスにデニム地のショートパンツ。

 さらにロングブーツでいかにも冒険家や探検家然とした格好だ。(コス好きの先輩からもらった。)

 なのにこの二人ときたら……


「なんで光紗はジャージなのよ!」

「いや、石を拾いに行くって汚れそうじゃない? 汚れてもいい服って言ったらこれかなって」


 光紗は学校の運動着。ジャージでやってきたのだ。

 一応、上下は長袖なのでけがの心配は少なそうだけど、日常感が半端ない。

 一応、穴を掘ったり拾った石を入れるようにとバケツや小さい園芸用のスコップを持っている。


「私より、問題は朔良じゃない?」

「帰れ、もうあんた帰りなさい‼」


 私と光紗は朔良の服装を一目見て、二人で顔を見合わせると額に手をやり呆れ果てた。


「そのどっかのお嬢様然とした格好は何? 冒険なめてるの⁉」


 大き目の麦わら帽子にノースリーブの白のワンピース。

 肩からは斜めに大きめのバックを下げている。


 完全に避暑地に遊びに来たお嬢様ルックだ。

 顔がいいからなおさら令嬢風だったりする。

 実は本当に社長令嬢で、実家にはお手伝いさんまでいるらしい。


 それはそれとして、ピクニックか何かと勘違いしているのだろうか?


「むむむ、そんなこと言うともうお昼ご飯あげないんだからね?」


 朔良は一応お昼の準備をしてくれたらしい。

 女子校だけあって家庭科実習が多いし、一人親家庭ということもあって私も光紗も普通以上には家事スキルはある。

 それにもかかわらず、本物のお嬢様なのに朔良の家事スキルは私たちの中で一番だったりする。

 そういえば課題をやってたからもうすぐお昼になる。少しお腹は空いてるかもしれない。


「いや、でもその恰好じゃ流石に危ないでしょ? 汚れちゃうかもしれないし」


 光紗もさすがにこの格好は場違いだと言ってくれる。

 森に入るのに薄着やスカートは危ない。

 虫に刺されたり、触るとかぶれたり棘のある植物もあるし。


「だって、今は外出禁止なんだし、山って言っても学校の敷地内でしょ?」


 ちなみに外出禁止になったのは私だけだ。

 他の子たちはちゃんと外泊願を出せば帰省も外出もできる。

 実はこの前の肝試しで、私は廃墟の中に潜んでいた不審者に殺されそうになったのだ。


 あの時は本当に危なかった。今でも思い出すと少し震えがくる。


 幸い、光紗に護身術の心得があったのと咄嗟の機転で事なきを得たけど、この夏休みの外出を禁止された。

 犯人は捕まってるからもう危険はないけれど。

 とはいえ学校内に小さいけどお店も食堂もあるし、帰省するお金もないから基本的に困ってはいない。

 第一、帰ってもお母さんは仕事で家で一人になる。

 それに特待生には夏期講習があるから帰省する子はほとんどいない。


「それよりも二人とも次に問題起こしたら退学かもしれないの、わかってるんだよね? いやだよ、私。二人といきなりお別れとか」

「「うう……」」


 私と光紗は二人同時にうめいた。

 そういえば、そうだった。

 次、問題を起こしたら特待枠から外されるかもしれないということは言われている。

 母子家庭であることから特待生制度を利用して私たちはこの学校に通っている。

 学費と寮費の一部免除。

 さらに返済の必要のない学業奨励金があるおかげで何とか通えているけど、それが打ち切られたら私たちは転校を余儀なくされる。


「だ、大丈夫。山って言っても昔の坑道っぽいところの浅いところだから」

「いやいや、勝手に入ること自体まずいんじゃない? ばれたら退学だよ?」

「大丈夫よ、朔良。ばれなきゃ平気よ。うん。たぶん、きっと、おそらく?」

「この問題児たちめ。本当に怒られても知らないんだからね」


 ぷんぷんと怒ってくれるけど、私たちもお金がなくて結構困ってる。

 少しの危険は覚悟の上だ。危ない橋を渡る、いかにも冒険じゃないだろうか?

 ……冒険、だろうか? 

 わからなくなってきた。


「坑道の跡なんてこの校内にあるの? よく見つけたね」


 光紗は坑道の存在を知らなかったらしい。

 昔の炭鉱跡がすぐ近くにあって歴史的な遺産として残されている。

 まあ、普段は立ち入り禁止なんだけどね……


 そこまでの道のりは古い鉱山鉄道の跡が続いているおかげで歩きやすいし、その道の近くには学校の校舎もあるから運動部のランニングコースであったりもする。

 今だって目の前を陸上部の女の子たちが掛け声を上げながら走っていく。


 あれ、私と朔良の恰好周囲からすごく浮いてる。

 さっきから運動部の子たちにすっごくチラ見されてるよ。

 うん、私も一度部屋にかえって着替えようかな……


 結局、私と朔良の着替えに戻ってから坑道の前までやってきた。


「こっち、こっち。この裏から中に入れるの」


 雑草や木に隠れているぼろぼろの柵をくぐって石壁に空いた入り口までやってくる。

 半世紀以上放置されているらしく、入口の扉は丁番が外れて傾き、女の子一人ぐらいなら潜り込める程の隙間が開いている。


「まさか、ここに入ってたの? ば・か・な・の・あ・な・た?」


 光紗に可愛い笑顔でほっぺたを左右に引き伸ばされた。痛い。


「万が一やばいガスがたまってたり、どこかで崩れたりしたらどうするつもりだったの⁉」

「あ、あはは。それは考えなかったわ……」


 それでも好奇心や冒険心には勝てなかった。

 それに宝石ざくざくならいかない手はないと思う。


「あ、これもしかして宝石?」


 私たちが言い争いをしている横で朔良が何か拾い上げた。

 見ると青い親指の先ほどの大きさの石だ。ラピスラズリに似てるけど、どうだろう?


「よし、行こう。今すぐ行こう。お宝目指してしゅっ、ぱーーつ~」


 光紗は扉の隙間をするすると入り込んでいってしまった。

 完全にお金に目がくらんでいる。

 その後を私も慌てて追いかける。


「意外と中は広いのね……」


 扉を潜り抜けて立ち上がった光紗はそんな感想を口にした。

 岩がむき出しのトンネルは奥まで続いていて横幅は二メートルはある。

 天井は大人なら屈まないとかもしれないけど、私たちは普通に立ったまま移動できる。

 昔は入口のここでトロッコに荷積みがされていたみたいで、明り取りの穴が天井にいくつか開いている。

 ところどころ崩れてはいるけど、そのおかげで外からの光が差し込んでいて、意外と明るい。


「ねえ、やっぱりやめない? 外にもいくつか落ちてるじゃない。それ拾って我慢しなよ」


 朔良がそう言いながら扉の前でこっちの様子をうかがっている。

 ほこりっぽいから汚れるのが嫌みたいだ。


 お化け嫌いの光紗はさっきから一言もしゃべらない。

 私の腕に抱き付いてじっとしている。

 怯えてる顔も可愛い。

 さっきからぶるぶる震えてて、小動物みたいで守ってあげたくなる。


「嫌ならそこで待っててくれる? もう少し行ったところにいっぱい落ちてたんだよね」


 外で中をのぞいたまま一向に入ってこない朔良にそう言う。


「じゃあ、私もここで待ってようかな?」


 光紗はさっきまでの元気が嘘のように怯えた顔で私から離れた。


「いやいや、ボディーガードなんだから一緒に来てくれないと困るんだけど?」


 正直誰もいないとは思うけど、また変質者につかまっても困る。

 そのために光紗を連れてきたのにこれでは意味がない。


 結局、三人で奥に進む。


「ねえ、あそこ何かいない?」


 短く悲鳴を上げて光紗が突然私の腕に飛びついてきた。ぶるぶると震えている。

 指さす先を見ると坑道の奥に何か白いものが見える。

 暗くてよくわからないけど、動いているのは確かだ。


「なにあれ? 白いのの周りにも何かいるね」


 私は暢気にそんなことを言った。二人は真っ蒼になって抱き合って怯えている。

 人って恐怖が突き抜けちゃうと逆に冷静になっちゃうよね。

 この前、殺されそうになった時は声も出せずに動けなくなったけど、恐怖に耐性でもできたのか今度はまだ足が動いた。

 そのせいなのかなぜかそっちのほうに勝手に足が向かってしまった。


「に、逃げよう。……ちょ、ちょっと⁉ 何でそっちに行ってるの‼」


 光紗と朔良は完全におびえて道を引き返そうとしていた。

 ふらふらと奥に向かって歩く私の様子に、二人は焦った声を上げる。

 ライトを当てながら近づくと小さい白い生き物の周りを数匹の黒いサルみたいな生き物が囲んでいる。

 どうやら狩りをしているみたいだ。

 こんな坑道跡にも生き物っているんだなあと思っていると、黒い生き物たちはこちらに気付いたようで、耳障りな鳴き声を上げてこちらに石を投げてきた。


「な、なんだ。お化けじゃないのか……」


 慌てて私のあとについてきた光紗はなぜかほっとしている。


「いやいや、石投げつけてくる生き物のほうが危ないでしょ? なにあれ? ニホンザル?」


 私は光紗のその態度に思わず突っ込みを入れる。

 石は私の数メートル先に落ちたけどぶつかっていたら怪我したと思う。


「よくよく見ると手に何か持ってる。というか腰のあたりに布巻いてない? 野生の生き物が道具を使うとか、布を服みたいにするなんて聞いたことないんだけど」


 そうこうするうちにまた謎の生き物は石を投げてきた。

 それを光紗が持っていた小さな園芸用のスコップで打ち返した。

 跳ね返った石はそのうちの一体にぶつかり、悲鳴を上げながら逃げて行った。


「相変わらずなんて運動神経してるの? そんな小さい園芸用のスコップで石をジャストミートで打ち返すって」


 光紗の相変わらずの反射神経に驚かされる。

 同じ特待生だけど運動でこの子に勝てたことは一度もない。

 相変わらず、かっこいい。女の子だったら惚れちゃうわ。

 あ、私も普通に女の子だった。まあ、そうじゃなくても惚れたんだけど。

 今だって打ち返してくれないと私にあたってケガしていたと思う。


「ねえ、この白いの怪我してるみたい」


 朔良は襲われていた白い生き物の方を見ている。

 真っ白い毛の一部が赤く濡れている。


「大丈夫かな? 迷い込んだ子犬?」


 丸まってふわふわの毛をぶるぶると震わせている。

 尖った耳が土壁の方を向いていて顔は見えない。

 私は驚かせないようにゆっくりと近づいて抱き上げた。

 顔の方を見ようと抱きなおす。


 次の瞬間、長いふわふわの毛の本来顔のあるはずのあたりから銀色の触手を伸ばしてきた。


「ぎゃああああ!! なにこれ。ナニコレーーー!?」


 私は悲鳴を上げて、思わずその白い生き物を投げ出してしまった。

 それを光紗が空中でキャッチする。相変わらず反射神経がすごい。


「え。何、この生き物。もしかして未発見の生き物?」


 光紗は興味深そうに白いもこもこを抱きながら観察している。

 私と朔良は抱き合ってその様子にドン引きしている。

 迫る触手を光紗は顔を動かしながら華麗に躱している。


「……なんでそんなに二人とも離れてるの? こんなのお化けに比べれば可愛いものでしょ? ただの大きな毛虫だよ」


 光紗はそのきもい触手にも動じていない。まあ、この子虫は全然平気だもんね。

 でも、騙されないよ? こんなでかい虫がいたら普通に女の子は悲鳴を上げます。


「あたしだって虫ぐらいは平気だよ。でも、よくわからない触手を伸ばしてくるこの生き物が危なくないって言えないし、ぬめぬめしたその触手は普通にきもいってば!」


「虫が平気って、女の子としてどうなの? 二人とも野生児すぎだよ!」


 朔良は虫もだめだからめっちゃ距離を置いてる。自分の肩を抱いてぶるぶる震えている。


「ふむふむ、傷は大丈夫そうね。もう血も止まってるみたい」


 光紗は白いもこもこを地面に下ろしてあげた。


「絶対こっちに近づけないでよ?」


 心配しなくても地面に下ろされた白い生き物はものすごい勢いで坑道の奥へ消えていった。

 そのものすごい速さの後ろ姿を三人無言で見送った。

 暗い坑道の中に再び静寂が訪れる。


「ま、まあ気を取り直して石を拾いに行こう」


 私は二人のほうに向きなおってそう声をかけた。でも二人とも微妙な表情だ。


「ねえ、やっぱり変だよ。ここ本当に炭鉱の跡なの? やばい物質があってあんな生き物がいるんじゃないよね? 長くいたら私たちも危ないんじゃないかな?」


 朔良が不安そうにそう言ってきた。光紗も何とも言えない顔をしている。


「朔良の言う通りかも。暗くなる前に外に出たほうがよくない?」


 二人の言うことはもっともの気がする。私も正直ちょっと怖くなってきた。


「じゃあ、戻ろっか……」


 結局、成果はさっき入り口で拾ったラピスラズリの小石だけだ。

 本物かどうかわからないしほぼゼロか。私たちはとぼとぼと元来た道を引き返した。

 俯きながら歩いていると、すぐ前を歩く光紗が急に立ち止まりぶつかってしまった。


「うそでしょ? 道が……」


 しばらく来た道を戻ると光紗が持っていたバケツを手放してそう呟いた。

 戻り始めてすぐに道が天井が崩れてきたようで埋まって通れなくなっていた。


「そんな! うそでしょ、まさか生き埋め?」


 私はあわてて埋まった道を掘りだした。

 すると、すぐに光紗と朔良に両脇を抱えられて止められた。


「馬鹿、もしこれ以上崩れたらどうするの? 土砂の下敷きになったら洒落にならないでしょ!」


「どうしよう、どうしよう。私たちがここにいるの誰も知らないよ?」


 朔良が膝から崩れ落ちてしまった。

 ペタンと地面に座り込んで泣き出してしまう。


「ご、ごめん。二人とも。あたしがこんなこと言いだしたせいで……」


 まだ、昼を回ったばかりだ。

 私たちが寮の部屋にいなくても誰も不思議には思わないだろう。


 しかも、夏休みでそもそも寮に人が少ない。


 私たちがいなくなったことに気づいてくれる人がいるかもわからない。

 遥香なら…… だめだ。

 遅くなるって言っちゃったから、戻らなくてもおかしいと思ってくれないと思う。


「そうだ、スマホ。誰かに連絡して……」


 はっとした顔で朔良が顔を上げた。

 バックから取り出したそれを見て、絶望した表情になる。

 こんな坑道の中で使えるわけない。きっと、圏外になっている。


「もうここは通れない。ほかの出口を探すしかないと思う」


 光紗がそう切り出した。困った顔をしてため息をついた。


「とりあえず、お昼にしよう…… お腹空いてたらいいアイディアも浮かばないよね……」


 朔良は目を拭いながら持ってきたバックからお弁当を出してくれた。

 きれいに詰められたサンドウィッチを三人で無言で食べる。


 これが最悪の場合、最後の食事かも。

 私たちはそんなことを思わず思いながら、これからのことを考えるのだった……

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