第2話 ごっこ遊びは卒業しなさい

 外ではじーわじーわと肌を刺す強い日差しに汗をぬぐいながら、ソフト部の娘たちが声を上げながら練習に励んでいる。

 今日も暑い。油断しているとすぐに日焼けしてしまいそうだ。


 ところで、夏と言ったら何を連想するだろう?


 青い空に白い雲、それに青い海。

 セミの鳴き声。お祭りにスイカにかき氷、花火。

 私達ぐらいの学生だったら青春ってイメージもあるかと思う。


 じゃあ、青春って言えば?


 外の彼女たちのように部活に精を出して青春を謳歌するって人もいると思う。

 私達ぐらいの少年少女ならそれが健全なのだとは思うけど、若い今の時間、少しぐらい羽目を外してみたい。


 『ひと夏のあばんちゅーる?』とかいうのもいいかもしれない。

 アバンチュール。冒険、危ない恋。そんな意味らしい。


 いや、変なこと。いかがわしいことに励んでみたいわけでは決してない。

 だからこうして、私立の女子校の進学科に通って今も友人たちと夏休みの課題に取り組んでいる。

 まあ、これもある意味では青春の一ページだとは思う。


 友人たちとキャッキャとお話ししたり、教え合いながら勉強するのも悪くないし、楽しい。

 でも、そんなありきたりな青春ばかりはつまらない。要はいつもと違うこと、冒険がしたい。

 その時にしかできない体験というのをしてみたいのだ。


「冒険に行こ~う」


 目の前の彼女はきょとんとした表情でこちらを見つめている。

 よく聞こえなかったのかもしれない。だから私はもう一度その言葉を言った。


「夏の大冒険を始めよ~う」


 ビシッと部屋の少し上のほうを指さしながら、私はそう高々と宣言した。

 我ながら決まったと思う。今度はちゃんと聞こえたはずだ。

 腰に手を当てながらポーズを決めたのを見つめて、彼女は首を振りながらため息をついた。


「アホだとは思っていたけど、相変わらず、また馬鹿げたこと言うのね」


 おでこに片手を当てながら心底呆れてくれているのは、私の一番の親友の望月光紗もちづきありさだ。


「どうでもいいけど、阿保だとか馬鹿だとか少し失礼じゃないかな?」

「そうね、貴女と同類にしたら有蹄類ゆうているいの皆さんに失礼だよね? ごめんなさい」

「ちょ、失礼なのはそっちに対して? ひどくない?」


 私が頬を膨らましながら抗議すると、光紗ありさは心底いやそうに眉をハの字にしている。


「それで、今度はどんな馬鹿をするつもり? また肝試しなら付き合わないよ?」

「一緒に行ってくれないなら一人ででも行くけど?」


 この前の肝試しでは少しばかり危ない目にあっている。

 たぶん、私一人だったら死んでしまっていたと思う。


「もしそれで、今度は本当にあたしが死んじゃってもいいわけ?」


 我ながらずるい言い方だったと思う。

 こんなことを言えば優しいこの子のことだから……


「いいよ、一人で行けば? 何かあっても自業自得でしょ?」


 プイっとそっぽを向いて拒否された。

 まさか見捨てられるとは思わなかった。私はあわてて親友に抱き付いた。


「うわーーん。光紗が冷たい。見捨てないでよ~ あたしのこと守ってよ~」


 そういいながら親友のうなじの匂いをクンカクンカと嗅ぐ。

 ああ、甘くていいにおいがする。女の子の匂いだ。


 小柄で細身の体だけど、ちゃんと柔らかいところもある。

 その白い肌はすべすべで触っていて気持ちいい。

 私は親友ありさの香りを肺いっぱいに吸い込みながら、ハアハアと荒い息を上げる。


 もう、本当に可愛いなあ。


 本当、大好き。愛してる~ぅ。


 ずっとこうしていたい。


 私は光紗のことが友人としてのそれとは別の意味で大好きだ。


 昔、かなりひどいいじめにあって、何もかもすべてが嫌になった。

 この世界なんてなくなってしまえ、この世界から消えてしまいたいと思っていた私を、救ってくれた。

 この前の肝試しでも私のことを守ってくれた。強くて、かわいくて、優しい。


 私のヒーロー、いや女の子だからヒロインか。

 これで好きにならないわけがない。


 今、この部屋に二人だけだったら我慢できずにベッドに押し倒しちゃってるかもしれない。

 そう、残念ながらこの寮の一室には今、いるのだ。


「ちょっと。光紗ちゃん、困ってるじゃない。いい加減やめて、課題をちゃんとしなよ」


 そう怒りながら、抱き付く私と光紗の間に無理やりに腕を差し込んで引きはがしてきた。

 彼女の名前は日向朔良ひなたさくら。私のもう一人の友人だ。


 く、お邪魔虫め。

 私が光紗にじゃれついていると、いつもこうやって引きはがされる。


「うん? もう今日の分の課題は終わったけど?」


 私はそう反論する。課題は一気に終わらせても意味ないから毎日少しづつ進めている。

 私の今日の分はもう終わらせてある。光紗の分が終わったタイミングで冒険に誘ったのだ。


「またそんなウソを。そんなすぐ終わるわけないでしょ?」

「本当だってば、見てよ。あ、朔良。そこ間違ってる」


 私は自分の課題を見せながら朔良の課題の間違えを指摘した。


「うそ、ほんとに終わってる?」


 朔良は私の課題を確認しながら、自分の間違えに気づいて慌てて課題を片付け始めた。

 その後、数分かけて朔良も今日の課題を終わらせた。


「ぐぬぬ。なんで二人ともそんなに課題終わらせるの早いの…… いつもお転婆ばかりなのに」


 納得いかないという顔で朔良はぐったりしている。

 その後、不機嫌そうな顔で口を開く。


「それにしたって、危ないことはやめなよ。この前のこと、ちゃんと反省してないでしょ! あのときは光紗ちゃんも危なかったんだからね!? いい加減、ごっこ遊びは卒業しなさい!」


 この前のことがあって以来、朔良はいつも以上に口うるさい。

 あの時、私が死んじゃったと勘違いして一番悲しんで泣いてくれたのはこの子だったりする。

 心配してくれてるのはわかるけど、なぜか光紗に抱き付いてぷんぷんしている。


「無駄よ、朔良。この子のバカは死んでも多分治らないよ」


 どさくさ紛れに今度は朔良に抱き付かれながら、光紗はジト目で私を見つめてきた。

 いい、その蔑む瞳も素敵だ。なんか、ぞくぞくする。


「ふっふっふ。そんなこと言ってていいのかな?」


 そういって私はおもむろに机の上に一個の小石を置いた。

 私の握りこぶしぐらいの石だ。直径で言うと5センチちょっとぐらいかな?


「何、この石? 半透明で真っ赤でちょっと綺麗だけど」


 朔良は机に顔を張り付けながら石を指で突くとそう訊ねてきた。


「なんでこんなものあなたが持ってるの? というか、これ本物?」


 光紗はそれの正体にすぐに気づいた様だ。さすが学校でも有数の才女。


「これ、欲しくない? 光紗にあげるよ。これからこれを取りに行こうかなって」

「これ、もしかしてルビー? まさか、どこかから盗んできたんじゃないでしょうね?」

「いやいや、まさか…… でも、一緒に謝ってあげるから自首しよう? ねっ?」


 朔良はものすごく心配そうに私の両手首を捕まえた。

 完全に悪い人を見る目になっている。私は慌てて否定した。


「ちょ!? そんなことしないってば!」

「まあ、貴女がそんなことするわけないとは思うけど。じゃなきゃ、自分で作ったって言うの? それにしては大きいじゃない。こんな大きいの見たことない」


 今市場に流れているルビーはほとんどが人工のものだ。

 でもこれはわざわざ作ったものじゃない。

 第一、子供がちゃんとした設備もなしに作れるはずがない。


「まさか、普通に山で拾ったの。まだ結構落ちてたよ?」


 そういって私がさらに机の上に石を置くと光紗の瞳はお金マークになっていく。


「これなんてルビーとサファイアが一個の石の中で混じってるじゃない。天然石で本物なら資料として高く売れそう。こっちのはアメジストなんじゃない?」


「あたしも本物かどうか少し不安だったんだけど、調べてみた感じ本物っぽい。研磨もしてない天然石じゃ大した金額にはならないだろうけど、うまくやればそこそこ稼げると思うんだよね」


 私と光紗は母子家庭ということもあって、お小遣いも少ないし常に金欠だ。

 年齢的にも校則的にもバイトもできないし、お金に飢えている。

 さすがに悪いことや危ないことをしてまで稼ぐ気はないけど、実は前からこっそり山に入って昆虫標本を作ったり、お花を育てて売ったりしている。


「あとこれ、もしかしてダイヤじゃない?」


 米粒大だけれど綺麗に透き通った石を光紗に手渡した。

 暫く光に透かしたり息を吹きかけたりと調べてくれた。


「私も鑑定士じゃあるまいし、はっきりとは言えないけど本物っぽい。さすがに幾らになるかはわかんないけど、ダイヤだと思う」


「やった。今度先生に頼んで買取のお店に持って行ってもらおう」


「皆で分けても全部で一人あたり数千円にはなりそうだよね」


 私と光紗は手をつないでぴょんぴょんと跳ね回った。


「え? ちょっと待って、この大きさだと10カラットぐらいあるよね。その相場って……」


 私たちが飛び跳ねてる横で朔良がスマホで何か調べながらぶつぶつ言ってる。

 そして、なぜかがくがくぶるぶる震えだした。


「じゃあ、三十分後に寮の前に集合ね」


 私がそう言うと光紗はうなずいて、すごい速さで部屋を出て行った。

 朔良はその後を慌てて追いかけていく。

 二人が部屋を出て行った後、私はベッドに横になると光紗の座っていたクッションに顔をうずめた。


「うは~。光紗が喜んでくれた。うれし~い。やっぱし、大好き~」


 光紗の残り香の甘い香りがする。もっと光紗に触れていたい。抱きしめてもらいたい。

 ちゅーもしてみたいし、その先だって……

 クッションを抱きながらごろごろ転がる。こんな光景、誰かに見られたら死ぬ。

 しばらくの間クッションに顔をうずめて身もだえているとがさりと物音がした。


「なに、しているの?」


 ルームメートの少女がドアの前に立っていた。私の痴態にドン引きしている。


「なんだ、遥香はるかか。おかえり~」


 そう言いながら私は親友ありさの匂いを堪能し続ける。

 私が平然とこんなことをしているのは、この子にはすでに光紗に対する私の感情を知られているから。

 それに私はこの子の弱みを握っている。


「そういうの部屋でしないでって言ってるでしょ? 不潔よ」


 私はたぶん、他の女の子よりもそういった欲求が強いのだと思う。

 いや、皆こんなものなのかも? 

 少女漫画ってローティーン向けでもかなりえぐい描写の恋愛ものも多いし。

 思春期なんて誰でもそういう欲求があると思うし、そうは変わらないと思う。


「そういう遥香だって、この前未来みくとあんなことしてたじゃない?」


 この前、幼馴染だという未来と放課後に教室でキスをしているのを見てしまった。

 まあ、そういう関係らしい。

 この子は女の子が好きらしい。もちろん、恋愛的な意味で。

 この言い方だと誤解が生まれそうだけど、同室の私とは特に変な関係じゃない。

 当然のことだけど、女の子なら誰でもいいわけじゃないということだ。

 たまたま好きになった人が女の子だっただけということらしい。

 まあ、偶然とはいえ類は友を呼ぶということかもしれない。私も同じなんだから。


「ちょ、ちょっと。私のこと脅す気? やっぱ、あの時口を封じるべきだったか……」


 なんか今、普通に物騒なこと言われた気がするけど、別に誰かに言うつもりはない。


「まさか。そんなギャルっぽい格好も未来に変な虫がつかないためとか健気だなって。別に隠さなくて、オープンにしたほうが未来のこと守れるんじゃないの?」


 明るい茶色に染めた髪に、年にあわないお化粧なんかもしている。

 特待生の癖にそんな格好だから先生にもよく思われてないし、不良と勘違いされて怖がられている。

 もともとは明るくて、優しいいい子なのに嫌われてて可哀そうだ。

 すべては清楚系でモテる未来に変なのが寄ってこないようにするためらしい。


「やっぱさ、女の子同士って奇異の目で見られるじゃん? そんな目で未来がみられるのはちょっとね……」


 少し寂しそうな顔をしている。未来はたぶん気にしないと思う。

 むしろ、堂々と周りに見せれて喜ぶ気さえする。

 実のところ、この前キスしているのを私に見つかった時もにやりと不敵に笑いながらさらに遥香とキスを続けていた。

 優等生でかなりストレスが溜まっているのかも知れないけど、未来は実はかなりエッチな気がする。

 私が声をかけなかったらあのまま何してたかわからない。


「まあ、それでいいならいいよ。あ、私はこの後出かけるから見回り来た時、よろしく~」


 私はクッションを離してそそくさと着替えを済ませる。

 あんまり光紗を待たせたくない。

 必要なものを持つと部屋を出ようとして、思いついて一言遥香に声をかける。


「あ、そうだ。たぶん暫くは戻らないから、未来連れ込んでいちゃつくならどうぞ~」


 この子は割と純情だ。手をつなぐのも実は恥ずかしいらしい。

 私の言葉を聞いた遥香は変なうめき声をあげて真っ赤になった。


「す、するかバカ! さっさと出ていけーー‼」


 真っ赤に成ってクッションを投げつけてきた。

 怒るクラスメイトを横目に、私は部屋を後にした。

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