生贄少女の夏休み

氷垣イヌハ

第1話 後悔

 もしもどんな願いでも叶うとしたら、何を願おう?


 お金? 権力? 名声? 


 たぶん、私も普段だったらお金が欲しいって言ってたと思う。

 我ながら俗物的だとは思う。

 けれどお金があれば人生の大抵の悩みは解決するっていうんだから、お金は大切だ。

 じゃあ、お金で解決しないことって? 


 命はお金で買えないっていう。

 昔の権力者は大抵が不老不死を願ったとか聞くし、命に代えられるものはないと思う。


「どうするの? 早くしないと、その子死んじゃうよ?」


 その少女は石の柱に寄りかかりながら私たちの様子を見つめている。

 こんな状況なのに、どこか楽しそうにしている。

 神秘的な雰囲気をまとう少女だ。

 漆黒の髪、白い肌、白い着物。

 見た目は私たちとそう変わらない。

 しかし、その額には小さい真っ白な角が生えている。

 その瞳は真紅に染まり、うっすらと笑みを浮かべている。


「嫌だ、こんなのって……」


 私は固い石畳の床に横たわっている、親友の手を握りながらそうつぶやいた。

 はぁはぁ、と苦しそうな息遣いに顔色は真っ蒼だ。

 何とか目を開けて私の顔を見つめてくるけど、その視点は定まっている感じじゃない。

 このままじゃ、彼女は間違いなく死ぬ。

 白いすらりと伸びた足の先には小さな赤い穴が二つ空いている。

 彼女は私をかばったばかりに猛毒を持つ化け物に噛まれてしまったのだ。

 今、その毒は彼女の中で暴れまわり、その命を奪おうとしていた。


「お願い、神様。なんでもするから、この子を助けて」


 少女に向かって私は懇願するしかなかった。


 彼女は、神。……らしい。


 この集落のおとぎ話に出てくる、人食いひとくいどうの神。

 生贄に若く清らかな娘を求める代わりに、どんな願いでも叶えるという。

 そう、どんな願いでもだ。


 外国から民俗学研究の偉い先生が調べに来て、『星喰いの悪魔』とかいう絵本も書かれているほど一部では有名なおとぎ話。

 その伝承の存在が今、目の前にいる。

 この際、神でも悪魔でも構わない。


「じゃあ、あなたが供物になるのね?」


 石柱に寄りかかっていた少女は、ゆらりと姿勢を正すとゆっくりと私の前に歩いてきた。


「本当に助かるの? 絶対に助けてくれる?」


 私は少女の足に縋り付きながら最後の確認を取る。


「大丈夫。この子のことは絶対に助けてあげる。でも、本当にいいの?」


 どんな願いでも叶うのに代償がないわけがない。

 お金が欲しいなら労働が必要だし、権力や名声が欲しいならそれなりの行動や成果がいる。


 命の代価が命であっても仕方ない。


「わかってる、だからお願い。この子のことを助けて」


 頷いた後少女はしゃがみ、私の顔を覗き込んでくる。


「そんなに怖がらなくても、痛くはないよ?」


 すーっと少女の手が私の頬をなでる。思わずびくりと体が跳ねてしまう。

 少女はその赤い唇を自らの舌で舐め、潤すと徐々に私の顔に近づけてくる。


「じゃあ、いただきます」


 幼い顔。その真っ赤な小さい口が徐々に近づいてくる。

 人身御供って生きたまま食べられるの? 

 いっそ、一瞬のうちに丸呑みにしてほしい。


 その口じゃ何度もかみつかないと食べられないでしょ? 

 何度も噛みつかれるのは、すごく痛そうだ。


 怖い。死にたくない。どうしても、そう思ってしまった。


 どうして。

 なんで、こんなことに……


 後悔しても、もう遅いとは思う。

 とめどなく涙があふれる。

 

 この半日のことを思い出しながら、私は目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る