第31話 告白


「わあ……! 私、ユニコーンに乗せてもらうの初めて。というか、会えたのも今回が初めてだよ」


「K王国にはいないようですね。彼らは体格こそしなやかですが、肉体は強靭です。

獰猛な者も多いですが、信頼関係を築くことが出来れば忠義にとても厚いですよ」


「そうなんだ。でも、レオの愛獣? っていうのかな、この子はすごく大人しいし優しいよね。さっきは初対面の私にも、顔を埋めて甘えてきてくれたし」


「そっ、そうでしたね……」




最後の審判が終わり、H王国とM王国の皆が清々しい表情で帰国する様子を見送った後。

私とレオは彼の愛獣に乗り、ある場所へと向かっていた。



「レオ? どうかした?」


「いっ、いや! 姫に褒めていただけてこの者もとても光栄だろうと思いましてっ!」



愛獣を褒められたことが照れくさいのか、レオは顔を赤らめながら明後日の方角を向いている。


だがすぐに咳払いをして、再び私と目を合わせてくれた。



「ところで姫。先程の審判の締めですが、実に見事でした」


「えっ? ああ、あれね……」




私は少し苦笑する。

そして数時間前の出来事を思い出す。




・・・




審判の終盤、私は宰相、アイリス親子、そしてフレムドに此度の罪を償うように言い、さらにK王国へは開国を勧めた。

で、問題はその後。



「ルカ・ヒュギエイア……お前は本当にお人好しの極みのような、甘い考えを持つ馬鹿な魔女だ。罪人である我々の傷や命を回復魔法で救ったこともな!


……ああ、違ったか。類稀なる力をお持ちの聖女様だったか!」


「ルカの偽善者ぶりにはうんざりですわ! わたくしの美しさに嫉妬するのも大概にしてちょうだいっ! 


それに、平民のくせに真の紳士淑女たるわたくしたちに審判を下すなんて不敬にもほどがありますわっ!」



最後の最後までアイリス親子がそんな言葉を投げてくるので、



「おっしゃる通り、私は聖女です。

目の前で死に瀕した方がいれば誰であろうとお助けします。

もしお救いした方が善人であれば、その先の人生も楽しく穏やかに過ごして欲しいと思っています。


……でも、あなた方の場合は全く違いますよね?」



と、私は少し瞼を下げ、彼らを鋭く見やった。



「私、復讐に賛成は出来ませんが、処罰は必要だと思っているんです。

他者の命を危険に晒した罪はその魂でもって報いるのが、この大陸における紳士淑女たるものの務めです。


……そういえば。あなた方はこの先、死よりも残酷な人生を歩むことをお約束されているんでしたよね?」



そしてほんの少し、口角を上げる。



「それならやはり。命をお助けした甲斐も、死罪ではなく生きて罪を償うことを提案した甲斐もありました」



その中で是非、良い生き方というものを考えてみて下さい、と付け加えておいた。



この時の私の顔といったら、今世1番の極悪魔女のようになっていたと思う。


目前のアイリス親子が、まるで氷の世界に放り込まれてしまったかように身震いし、ひたすら十字を切って神に救いを求めだしたので。

まあ、死よりも恐ろしい処罰内容を思い出したせいもあるだろうけれど。




・・・




「素晴らしいご対応でした。親子も少しは懲りるでしょう」


「そ、そうかな? 先代の聖女たちなら、もう少し優しい言い方をするとは思うんだけど」



私は指で頬を掻く。



「……でも、あの人たちは罪を犯した。なら、その結末にはちゃんと責任を負うべきだと思う」



例えその罪人が、辛く苦しい思いを心に抱いていたのだとしても。



「おっしゃる通りです、姫」



すると、彼が迷いのない瞳を私へと向けてくれる。



「罪に対する口先だけの懺悔、あるいは処罰を行わない世界など、いつか崩壊してしまいます。

彼らは生きてしかと制裁を受け、犯した罪の重さをもう1度よく考えるべきです」



私もその言葉に深く頷いた。


フレムドに関しては、王族の身分及び王位継承権を剥奪されることが決定したようだ。

それに加え、今後10年間は無益の就労や民への慈善奉仕にいそしむとのこと。


けれど、それを見届けるのは私たちではない。彼の家族……国王夫妻や王太子が責任持って監督すると約束してくれた。



「そう言えば、フレムド様が毒病の件に関わったのも、宰相様とあの騎士の人が知り合ったのも、どっちもK王国の……その、娼館が鍵だったんだね」


「はい。宰相の知人がそちらに出向いた時、たまたまアイリスの父親と知り合いに。

そこから繋がりを持ち始めたようですね」


「それで、同じくそこに通ってたフレムド様が2人の関係に気付いて、今度は彼が賊として宰相様に近付いたって感じなのかな」


「まさにその通りです。あのクズ頭は金銭目的の賊として雇われていたようですが、宰相には自身がK王国出身の愛国者だと明かしていたようです。

そのため、2度目の企てにもアイリス嬢親子が使われたのかと」


「……この大陸で、最初に毒病の被害に遭ったのはフレムド様。あの人はその病がどれほど恐ろしいものなのか、身をもって知ってたはずなのに……」


「だからこそ、あの毒薬を使いこなせば万能薬になるとでも思ったのでしょう。目先の復讐に囚われ、背景に隠された因縁やその先の結末にまで目を向けなかったことは、あの男の落ち度です」



レオは眉間を寄せつつそう言い放った。



「……姫、この話はもう終わりにしましょう。せっかくこうして2人で出かけているのに、他の野郎どもの話なんてっ!!」



そして、今度は少し唇を尖らせてくる。


……きっと、私の表情が暗くなっていたことに気付いたのだろう。

こんな風に少し茶化しながら、話題を変えてくれた。




「おっと。そうこうしてるうちに目的の場所に着きましたね、姫」



私たちが到着した先は、K王国の郊外にある墓地。



「N王国の、レオと2人で花冠を作ったあの丘ほどじゃないけど……ここにも綺麗な花がたくさん咲いてるでしょ?」



初夏の季節にふさわしい花々が咲くこちらの丘には、12年前に死別した私の両親が眠っている。



「お父さんとお母さんも、前世に私の両親だった人たちだよ。2人に昔の記憶はなかったけどね」


「……そうでしたか」



レオは両親の墓の前で片膝を立て、ひざまずいた。



「ご無沙汰しております。父上様、母上様」


「ふふ。前世では2人のこと、そんな風に呼んでたんだ?」



私は笑みながら、レオの横へと腰を下ろす。



「N王国に戻ったら……レオのご両親にも手を合わさせてくれる?」


「もちろんです。2人とも喜びます」


「ありがとう。……それでね、今日ここに連れて来てもらったのは、レオに伝えたいことがあるからなの。

あ、でもその前にあなたに謝らないと」


「謝る……?」



少し怪訝な表情になるレオを見つめながら、私は言葉を続ける。



「レオ、本当にごめんなさい。

あなたの気持ちにずっと気付けないでいたこと、あとはその、抱きしめられたりしても何ともない顔したり。

それに、レオには幸せになって欲しいからって、どこかに素敵な女の子はいないかな、なんて探しちゃったりして……」


「ひっ、ひひひひ姫………!!」



すると、途端に真っ青になってしまった彼。



「こっ、これはもしや、俺が貴女にフラれるという流れでしょうか?! 

野郎どもの話から、こんなさらなる悲惨な話へと移ってしまうなんて全く思わなかった……!!


ひっ、姫! 本っっ当に申し訳ありませんが、それはまだまだ心の準備がっ…………」


「愛してる」



だが。私はそんな彼の頬を、両手で包み込む。



「…………へ?」


「私も……レオのことが好き。その、愛犬としてとかじゃなくて、ちゃんと男の人として」



と言ったところで、今度は私がリンゴのように真っ赤になった。

彼に告白することはすでに決めていたはずなのに、いざ直面するととてもドキドキする。



「……やっと言えた、私の気持ち。ずっと、あなたに伝えたかったの」



でも、とても晴れやかで幸せな気分だ。

思わず笑みが漏れ、レオの頬へと唇を寄せた。


すると、そんな私のことをレオが力一杯抱きしめてくる。



「……嬉しくて、心臓が飛び出てきそうですっ……! 

夢のようで、でも絶対に夢であって欲しくなくて、先ほどから腕をつねってこれが現実だということをしかと確かめていますっ…………!!」



声を震わせながらそう答えてくれたレオの背に、私もそっと手を添える。



「レオ、大好きだよ。これからもずっと、あなたと一緒にいたい」


「ぐはぁっっ……!」



私を抱きしめる彼の腕に、さらに力がこもった。



「父上様と母上様の御前で誓います!

レオンハルト・ケルベロスは生涯、ルカ・ヒュギエイア殿を愛し続けます。

そして今世こそは必ず、どんな災難からも貴女をお守りいたします」


「……私のセリフ、全部レオに取られちゃった」



くすくす笑みながらそう言うと、彼が少し身体を離した。



「本当に……貴女を愛しています。

姫、俺を貴女の恋人にしていただけますか?

そ、そのっ……けっ、けけけけ結婚を前提としてっ……!」



そして、こんな言葉をくれるレオ。


私は濃褐色の潤んだまなこを見つめながら、再び手を伸ばす。

そうして彼の頭を引き寄せた後、その瞳にゆっくりと口付けた。



「こちらこそ、是非よろしくお願いします」


「ーーっっ、ひっ、姫ーーーー!!」



レオは私を抱き上げると、その場を何度も何度も回転する。

するとふわりと優しい風が巻き起こり、色とりどりの美しい花びらが宙を舞いだした。


花弁が空へと上がって行く様は、いつかの日に2人で見た、あの幻想的なランタンたちのようだ。



「ずっと……ずっとおそばにいます。来世も、もちろんその次の世も」



けれど、今度はその1つになって空へと走って逃げて行きたいとは思わない。


再び地へと足を付けた後、私たちは唇を重ね合わせる。



「私も約束する……来世もその次の世でも、必ずあなたを見つけるよ」




いつの日もどんな時でも、彼と共に未来へ向かって歩き続ける。


そんな新たなる夢を持っているのだから。



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