第30話 最後の審判
少し雲隠れしている太陽が頭上へと昇る頃、教会広場には大勢の人々が押し寄せていた。
「姫、今から罪人たちの最後の審判が始まります」
「……うん。みんなでちゃんと見届けよう、レオ」
広場には私たち北原家の他、K王国の王族、N王国騎士団とH王国・M王国の使者たちが集まっている。さらに塀の外側にはK王国民たちの姿も。あとは……
「貴様ら、この縄を解け! 私の計画を台無しにした罪は重い。今すぐに八つ裂きにしてやる!」
「きゃあ! 泥がお顔に跳ねましたわ!
ちょっとそこの平民騎士、わたくしの顔を拭いなさいな!」
アイリス親子も身体を縛られた状態で私たちの前へと連行されて来た。
「…………」
彼らの
「ルカ。昨日は傷を手当てしてくれてありがとう。やっぱり君の聖力は偉大だよ。
……オレに協力してくれなかったことは本当に残念だけど、今から君が下そうとしている審判にはとても興味がある。
慈悲深い君が、オレたちに一体どんな結末を望むのか」
そんな彼らと向かい合うように立つのが、K王国の第2王子、フレムド。
「……最後の最後まで、身勝手極まりない考えしか持てぬとは、なんとも愚かな者たちだ」
すると、K王国の国王夫妻に寄り添う1人の壮年男性が、嘆くようにそう言葉を放った。
「フレムド……お前にも失望した」
「……兄上」
そう。この男性は国王夫妻の実子、K王国の王太子だ。
「先程、クズ
彼はずっと、高齢の父親の公務を補佐しているとか。さらには妃と子供もいるそうですし、此度の件は決して許せるものではないでしょうね」
レオが私にそう耳打ちする。
「N王国のグエナエル・ケルベロス国王陛下、並びにレオンハルト・ケルベロス王太子殿下とも話し合いをした。
罪人4人の判決結果は
K王国の王太子がこのように話すと、早速アイリス親子が口を開いた。
「動機だと? そんなもの、このK王国が貧窮国家だからに決まっているだろう! 卑しい平民どもならともかく、何故我々貴族階級の者たちに贅沢な暮らしが約束されていないのだ?!
それに、聖女に相応しい美しさを持つのは我が娘、アイリスだ!
あんな平民上がりの貧相な小娘にそれを名乗らせることなどあってはならない!」
「そうですわ! ルカの回復魔法など全然大したことありませんもの!
聖女に必要なことは、やはり見目の美しさ。……なのにどうして、ルカの夫となる者より条件の悪い男と結婚しなければなりませんの? わたくしほどの美貌の持ち主がどうしてっ!」
すると、これを聞いたレオが顳顬にビキリと青筋を立てる。
「……姫。奴らはK王国の者たちですが、宰相と共に我がN王国で預かることとなりました。
楽しみですねぇ。処罰は王国伝統の、死よりも恐ろしい内容となっております。
アイリス嬢には以前伝えてありますし、当然その流れで父親の方も知り得ているでしょう。まあ、今はそれを忘れていそうですが」
そして、目を据わらせた状態で唇の片端を上げていた。
そういえば、初めてN王国の王城を訪れた時に聞いた気もする。
レオは相手を殺しはしない、しかし再起不能にすると……
「……私は何故、こんな馬鹿な親子を駒にしようとしてしまったのでしょうか。
ですが、これで明確になりました。
"前世" で我が棲家を戦場にし、家族や仲間たちを奪った憎き人間どもは、やはり今世でも卑しい者たちだったということが……!」
だがそんな最中、N王国の宰相がこんな言葉を言い放った。
・・・
数時間前。祖父のテントの中で、私はレオたちにある質問をした。
「私、前に王城の書庫でN王国の歴史書を読んだことがあるの。その中に、この王国には、"前世の記憶" を持っている人たちが多く存在するって書かれてたんだ。
もちろんみんながみんな、その記憶を持ってる訳じゃないみたいなんだけど、強い恨みを抱えてる人とか、何か心残りがある人ほどそれが鮮明だって」
すると、彼らは眉を寄せながら顔を見合わせていた。
「姫。我が王国の宰相ですが、彼は前世、ある国の高原に居を構えていたヒヒなのです。
しかし、人間の抗争に巻き込まれ、命を落としたと聞いております」
「! 人間の……そうだったの」
少し疑問が解けた気がする。
K王国に侵入し、暴動を起こしていた獣人たち。それは、本人あるいは親しい人が不幸な事故に巻き込まれ、死に追いやられた過去を持つ者たち……
人間の身勝手な行動を憎む、地球の動物たちなのでは。
「……フレムド様が言ってたの。彼のお母様は、20年前に獣人に殺されたって。
K王国は鎖国国家だけど、たまに警備の目を掻い潜って隣国の人たちが紛れ込むんだって。その時に暴動を起こす人は、"前世の復讐" だって言うらしいの」
私は少し目を伏せた。
「復讐がさらなる復讐を呼ぶって、いつの世でもよく言われる言葉だよね。
……でも、このままだとずっと憎しみは終わらない」
・・・
今朝の会話を思い出しながら、私は宰相の話を聞いていた。
「国王陛下。貴方はこの苦しみをお分かり下さっていたはずなのに、何故私を謀るようなことをされたのです……?!
K王国を滅ぼすことも、H王国やM王国を属国にすることも、全てご承知下さっていたはず!」
地へと手を付き、そう叫ぶ宰相。
祖父はそんな彼の方へと足を進めて行く。
「宰相よ、儂は1度たりとも
レオンハルトの両親……儂の弟夫妻が毒病によって命を落とした際、風の噂で聞いていたK王国の疫病とどうにも重なるものを感じたのだ。
丁度その頃であろう? 其方が隣国の件で儂に相談を持ちかけるようになったのは。
儂は友人であるH王国、M王国の国王へすぐに書状を送り、自国の警戒を促した。
すると彼らは、国の守りは万全のため心配ない、だから宰相を泳がせてはどうかと提案してくれたのだ。
K王国の疫病の件、N王国の毒病の詳細を明確にするために」
祖父は宰相の目前に立ち、その姿を鋭く睨め付けた。
「弟夫妻を殺害したのも宰相で間違いないな? 理由は勿論、彼らが其方の意見を跳ね除けてきたからであろう」
すると、その言葉を聞いたレオの拳が、唇が、まるで怒りを押さえ込むようにして震えだした。
「……すみません、姫。少しの間、俺の手を握っていて下さいますか?」
「うん……」
私とレオは、ぎゅっと手を繋ぎ合わせる。
「それともう1つ。
其方は儂のことを同類だとでも思っていたのか? 未練あってN王国に転生した、前世に犬として生きていた者。
残念だが儂は違う。このK王国の者たちと同じ、昔は人間だった」
宰相は祖父を見上げ、さらなる絶望感を示すように顔を歪めた。
「だが、人間の手前勝手な振る舞いに傷付いた者が大勢いることは知っている。
肉を
祖父の目は、今度はレオやジュジュ、リヴィへと向けられている。
「レオ……あなたの左耳の傷って、もしかして……」
「北原家に引き取られるより、ずっと以前の話です。姫は何もお気になさらず」
彼の傷痕は人間によって付けられたものだった。ジュジュとリヴィが外で生活していたことも知っている。
「姫……」
私は思わず、レオの胸に顔を寄せた。
前世は人間に虐待され、今世では同族の者に両親を殺された彼。その心内にある悲しみは、一体どれほどのものだろうか。
「だが。それでも前を向き、懸命に生きている者たちがいるのだ。
復讐に始まり復讐に終わる生涯より、与えられた人生をいかに豊かに過ごすかを模索する。
そんな生き方を選んだ転生者らもいることを、心に留めておくが良い」
祖父がそう言うと、宰相は地に頭を付け泣き崩れる。
「……どういうことかな、それは。彼らは前世に生じた恨みを、今世で仕返ししているってこと?
いくら何でも勝手すぎるよ……! そんな理由でオレの母親を殺していい訳がないよね?!」
「……それはあなたが言うべきことではありません、フレムド様」
私は顔を上げ、レオから少し、身体を離す。
「陛下方、発言をよろしいでしょうか?」
「許可する。
「分かりました」
祖父に承諾を得た後、私はフレムドに向き直った。
「フレムド様のお母様が事件に巻き込まれたことは、とても辛く悲しいことです。あなたが相手に憎しみを持つことも、もちろん理解出来ます。
ですが……あなたもその犯人と全くの同じ罪を犯しているという事実を、ちゃんと理解して下さい。
あなたは毒病の件で、多くの方々を傷付けました。ご自身の復讐のために行ったことは、また誰かの復讐の火種になるかもしれないのです」
宰相にも目を向ける。双方は眉を寄せ、唇を震わせていた。
「私に、相手を許す心を持って欲しいとか和解して欲しいという言葉は言えません。
恨みは当事者の方にしか分からないものです。
でも1度、相手の目を通して物事を見ていただきたいとは思います。
立場が違えば、映る景色は大きく一変します」
私は深呼吸し、結論を言い放つ。
「あなた方には罪を償う義務があります。
しかしそれに加え、K王国に鎖国を
これは、大陸の3国で結ばれている平和条約にK王国もご参加いただきたいからです。
開国をして他国の人々と交流を持ち、そして……双方に、思いやりを学ぶ機会が得られることを切に願っています」
柔い風が人々の頬を
「……君が昨日言った言葉の意味が、何となく分かった気がするよ。
"他人の心を変えるより、自分の考えを少し見つめ直す方が、何倍も手っ取り早い"
オレは、何故彼らが人間を攻撃するのか、それを先に考えてみるべきだったのかな。
……完敗だ、ルカ。
罪なき人を殺そうとしていたのも、さらなる復讐を呼び込もうとしていたことも……確かに、オレも同じだったね」
フレムドが自嘲気味に笑う。すると。
「己の生き様を良いものにするのも悪いものにするのも、結局は自分自身だ。
この先の人生は罪を償いながら、それについて考えてみることだ」
最後に、レオがそんな言葉を投げかけた。
昼下がりの上空に、雲を掻き分けた太陽が姿を現し始める。
教会広場にいる私たちにも、その優しい陽光が差し込んできた。
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