第29話 最強ファミリー


レオたちの協力のおかげで、毒病の治療はとても迅速に行うことが出来た。


今はすっかりと日が暮れ、空には星もちらつき始めている。



「姫、失礼いたします。N王国で毒病を発症した部下たちですが、彼らも無事完治したようです」


「そっか……良かった」



夜の巡察に出ていたレオが、私たちの泊まるテントへと戻ってきた。

私は安堵の息をつきながら、手もとにある中回復薬が入った小瓶の蓋を開ける。



「僕とリヴィなら本当に大丈夫です。大した傷ではありませんから」


「兄の言う通りです。これくらいじきに治ります」



「……駄目だよ」



テントの中にはジュジュとリヴィの姿も。

私は水色の液体を2人の腕に振りかけながら、回復のための呪文を唱えた。



「 "ヒーリング、傷を癒せ!" 」



すると、たちまち傷跡が消えていく。



「……お手数をおかけして申し訳ありません、ルカ殿」


「ハルカ様、感謝いたします。でもどうか、今後はお気になさらず」



私は彼らの腕を見つめたまま、ぐっと唇を結んだ。そして。



「ひ、姫……?! どうされたのですか!」


「ごめんなさい」



皆に向けて頭を下げた。

レオが驚いたように声を上げるが、私は言葉を続ける。



「レオが、1人でK王国に乗り込むつもりだったって言った時。

ジュジュとリヴィが、自分自身で腕に傷を付けたって聞いた時。


……すごく、怖かったんだ。

私のせいで、辛くて苦しい思いを3人にはさせてしまっていたのかもって思って」



握りしめている手がわずかに汗ばんでいる。



「私、目の前で苦しんでる人がいると、どうにも身体が勝手に動くの。助けなきゃって。

でも、それで私が怪我したり死んだりしたら、その人たちはきっと心にわだかまりを残すよね。


……それに、私が傷付いて悲しむ人たちもいてくれたのに、ずっとそのことに気付けないでいた」



私は顔を上げ、レオたちを交互に見やる。



「私がこんなこと言える立場じゃないけど、3人とも、自分のことをもっと大切にして欲しい。

私もこれからは、ちゃんと自分も大事にする。……約束するよ」



そして深呼吸し、立ち上がった。



「さあ。ついに、毒病の件に決着を付ける時が来たね。

今回は、犯人たちと対峙するのが面倒臭いとか、森で逃亡生活を楽しめばいいやなんて、そんなことは考えてないから安心して」



そう言って苦笑すると、レオたち3人が私を前にして片膝を立てた。



「……今世でまた、ハルカ様に出会えたことがとても嬉しいです」


「僕も同じ思いです。それに、大陸の聖女が貴女で本当に良かったとも思っています」



少し眉を下げながら、そんな言葉をかけてくれるリヴィとジュジュ。そして……



「この先の未来もずっと、姫と歩ませて下さい。困難には共に立ち向かいましょう」



レオも私の手を取り、そこにキスをくれた。



「姫。奴らに最後の審判を下す時は、国王陛下にも立ち会っていただきましょう」


「あ、そのことも聞いておかなきゃだった……! 

私、国王様ってその……ずっと、アチラ側の人だって思ってたんだけど、実は違った感じ? ついさっきまで、毒病の黒幕は彼だって思い込んでたの」



そうだ。もう1つ、確認しなければならないことがあった。

だが……私がそのことを尋ねると、3人は途端に目を点にする。



「……まあ、ルカ殿があの方を疑っていたのは仕方ありませんね。出会いがアレでしたし」


「俺も、陛下には気を許さないで下さいと姫に言っていたしな……」



すると、レオとジュジュが額に手を当てながらそんなことを口にした。



「ハルカ様。陛下はとても平和的でお優しい方ですよ。よろしければ明日の朝、会いに行かれては?」



そして、今度はリヴィがくすくすと笑う。



「きっと、貴女もお好きになられるはずです」




-----




「お前たち、国王陛下はお戻りか?」



翌朝、国王が待機しているというテントに向かうと、そこの前には数名の騎士団員たちが寝そべっていた。というか、倒れ込んでいた。



「こ、これは副団長……!」


「いや、そのままでいいぞ。休める時に休んでおけ。どうせ今の今まで、陛下に連れ回されていたのだろう?」



レオがそう声をかけると、部下たちは遠い目になる。



「はい……ついさっきまで、"団長" と共に見回りに行っていました。K王国騎士団や賊の残党らが残っていてはいけないからと。

城下と郊外はもちろんですが、森の中までくまなく」


「昨日奴らとやり合った時も、団長は自ら最前線に立って誰よりも仕留めておられました。もうそれはイキイキと。

今年で御歳70におなりなのに、まだまだ若い者には負けん! と言って」


「団長は前国王でいらっしゃる副団長のお父上が亡くなられた後、臨時という形で国王におなりでしたからね……」



彼らの言葉を聞き、私はさらなる驚きを隠せなくなった。



「……ええっと、レオ。国王様って、N王国騎士団の団長も兼任されてるの?」


「まあ、本来はそちらが本業ですからね」


「そ、そうなんだ……70歳で現役なんて、すごくパワフルな方なんだね」


「ええ、それはもう。昔と全くお変わりありませんよ」


「 "昔" と変わりない……? それってどういうこと?」


「姫もお会いになれば分かります」



レオはそう言って、テントの幕を少し上げた。



「国王陛下、レオンハルトです。ルカ・ヒュギエイア殿をお連れいたしました。入ってもよろしいですか?」


「ふむ。丁度、皆が来る頃合いだと思っていた。入るがいい」



すると中から、厳格だがどこか落ち着いた雰囲気の声が聞こえてくる。


私たちは足を踏み入れて国王と対面する。

テントの中央に腰を下ろす彼は、いつかのように狼の仮面を付けていた。



「お前たち、此度の件は大変ご苦労であった。

ルカ・ヒュギエイア、其方そなたには特に礼を言わねばならぬ」


「い、いえそんな……」



私は国王に拝礼した後、少しばかり身構える。



「そんなに眉間に皺を寄せるな。其方は儂を、この毒病における黒幕か何かだとでも思っていたのか?」



……まるバレである。

図星の私はもう1度深々とお辞儀をした。



「申し訳ありません。初めてお会いした時、私は国王様に剣を向けられていますし、側近のはずの宰相様が毒病の元薬になる月無薬花げつむやっかを集めておられましたし……」


「あと、俺が姫に陛下には決して気を許さないで下さいとお願いしておりましたので。

あの日も執務室の中には宰相殿がいたはず」



レオが助け舟を出してくれる。



「あの疑い深い宰相のことだ。お前がこそこそとルカを匿えば、必ず素性を事細やかに調べ上げると思ってな」


「だからといって剣を向けるのはいかがかと。もし、姫の美しい柔肌に傷の1つでも付いてしまったらどうするおつもりだったのですか?」


「ルカのそばに控えていたのがお前だからこそ、あのような芸当に出たのだ。それに、そもそも儂がこの子を傷付けるはずがない。万一の時は寸前で止める。


まあ本音を言えば、お前の本気を見極めるためでもあったがな。ルカに対する愛情がいかほどのものかと」


「俺の姫への愛は、大陸を囲う大海のごとく深く大きいものです。ちなみに重さは底なしとなっております」


「ふむ。お前に何十人もの花嫁候補を寄越したことは、いささか無駄だったかのう?」


「……やはり俺を試しておられましたか。疑い深いのは貴方も同じですね」


「仮にお前が他の女に少しでも目移りしていれば、この子を託そうなどとは決して思わん」


「そんなことがあってたまりますか。俺の目には姫お1人しか映りません。それは貴方が1番良くご存じでしょう」



「……ちょ、ちょっと待って下さい」



だが。とどこおりなく進められる彼らの会話に、私は思わず待ったをかけてしまった。



「あの、少し混乱しているのですが……

国王様は何故、私のことをそんなに気遣って下さるのでしょうか? もしかして、どこかでお会いしたことがありましたか?」



と、この言葉を放った後、あることに気付く私。

以前これと全く同じ質問を、レオにもしていなかっただろうか?



私は国王をまじまじと見つめた。

レオの伯父らしくフサフサの犬耳が付いてはいるが、この白髪にはどこか見覚えがある。



「あの、国王様。つかぬことをお聞きしますが、あなたのお顔を見せていただくことは出来ますか?」



そう問うと、国王は承諾の意を表してか、自ら狼の面へと手をかけ、ゆっくりとそれを外していった。




(…………はあ。どうして気付けなかったんだろう)



そして、彼の全貌を目に映した瞬間。

私の身体にかけられた鉛の鎖が、すべて外されたような気分になった。あらゆる疑問から解き放たれたというか。



「……国王様。今の好物も、"ヨモギ団子" なんですか?」



だからつい、そんな軽い言葉を投げてしまう私。



「ははは。こちらにはヨモギ団子を作れる者がおらぬ。そもそもこの大陸には、薬草を菓子にするという考えがないに等しい」


「じゃあN王国に帰ったら私がお作りします。ヨモギ、森の中にいっぱい生えてましたから」


「それは楽しみだ。……お前のヨモギ団子も実に100年ぶりか?」



国王が柔く微笑んだ。私の目尻にはうっすらと涙が溜まる。



「久しぶりやなあ、春花」


「……おじいちゃん」



N王国の現国王は、前世での私の祖父、その人だ。



「ようやく正体の解禁ですね」



レオが小さく息をつく。そして苦笑しながら、国王と私を交互に見やった。



「転生した春花を森の中で見つけた、せやからN王国に連れ帰ってきたてレオに聞いた時、おじいちゃん腰抜かしそうになったわ」



祖父はそう言って、私の頬へと手を伸ばしてくる。



「K王国では随分と辛い思いもしてたみたいやな」


「……そうだね。でも、今思えば魔女の件があったから、こうやってまたみんなに出会えたのかなって。それなら、あの大変な時期だって私の人生に必要な一部だったんだって思えるよ」


「……そうか」



祖父は私の涙を指で払った後、ゆっくりと抱き寄せてくれた。



「もうなんも心配せんでええ。春花にはおじいちゃんらが付いとる」


「……うん」



私は祖父の胸に顔をうずめる。



「……ボス。そこ、変わってもらえますかね? 姫の抱き枕は、前世からの俺の特権なんです。お忘れですか?」


「春花は今寝てへんやろ」


「そんなことは関係ありませんっ! 姫、さあこちらへ!」



そして、祖父からベリベリと剥がされ、どうぞ! と言わんばかりに両腕を広げたレオに、待ち構えられてしまう。


私は再び涙をポロポロ溢れさせつつ、声に出して笑いつつの忙しい状態で、レオの腕の中へと飛び込んだ。



「姫。俺たち北原ファミリーの絆は、今世でも最強ですよ!」



レオのその言葉に顔を上げる。

私たちの周りには、頼もしい笑みを浮かべた祖父やジュジュ、リヴィの姿がある。



「……うん。みんなでフレムド様たちの所に行こう」



私は涙を拭い、彼らへと向き直る。



「でも、その前にちょっと確かめたいことがあるの。……少し、話を聞いてもらってもいい?」



そしてこんな和やかな状態だからこそ、確認すべきことが。



宰相がK王国を滅ぼそうとしていた理由と、フレムドが獣人たちを忌み嫌っていたことには、どこか因果関係があるように感じる。



( K王国で暴動を起こした他国の人たちの言葉、"前世の復讐"……)




そこにはきっと、私たち北原家とは真逆の何かが渦巻いているはずだ。


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