第27話 再会


(あの騎士、最後の最後まで本当にとんでもない人だ……!)




教会は大パニック状態。

民たちが悲痛な声を上げながら、城下や郊外の方へと慌てて移動し始めている。



「ハルカ様!」



民衆の波に飲まれ、私とリヴィは一旦離れ離れにならざるを得なくなった。



(……っ、とにかく毒病患者たちがいる所へ!)



私は人の波をかき分けながら彼らが横たわる方へと足を進める。



(1年間もK王国を留守にしてたし、今は教会にも王城にも大回復薬の材料なんて揃ってない。なら、回復魔法だけを使って何とかこの場を一時的にしのぐしかない!)



やっとの思いで波を抜け、教会広場の中央へと辿り着いた私。そこには毒病を発症し、もがき苦しんでいる神父とシスターたちの姿が。



「 "ヒーリング、毒を消せ……!" 」



私は彼らに近付き、手をかざして呪文を唱え続ける。



(ここで1番最初に毒病にかかったのはこの人たち。だから、誰よりも毒の進行が進んでるはず)



彼らに聖力を注ぎ続けると、表情は次第に元の血色を取り戻し、呼吸も少しずつ落ち着いてきた。



(……でも、やっぱり大回復薬を併用しないと完全に毒が抜け切らない)



額に汗を滲ませつつ、私は次の患者のもとへ行くため立ち上がった。だが。



「……見つけたよ、ルカ。

全く、君って子は本当にお転婆なんだから。獣人ならまだしも、あの塔から落ちて無傷だった人間なんて君くらいだよ」



私の前にフレムドが立ちはだかる。



「そんな焦らなくても、ゆっくり治せばいい。今ここで毒をわずらっている者たちだって、1年前は君に刃を向けて殺そうとしていただろう? だから少しくらい苦しめばいいんだ」


「……どいて下さい」


「どうして? オレはK王国を守りたいけど、何も被害ゼロでなんて思っていないよ」


「この世界に死んでもいい人なんていません」


「それ、オレの母親を殺した獣人にも当てはまるの?」


「……はい」



フレムドは腰にかかる鞘から剣を抜き、それを私の喉もとへと突き立ててきた。



「殺さないよ、君のことは。オレの花嫁だからね。でも、今の発言は撤回して。……その可愛い顔に傷を付けたくはないからさ」


「…………」



私は何も答えない。



「ルカ。君はさっき、オレにこう言ったよね? "私ならこんな復讐の仕方はしない" って。

じゃあ君は、一体どうやって相手を懲らしめるんだ? それとも聖女だから、何をされても恨まない?」



それでも何も答えない私に、フレムドが眉を寄せる。



「君って子は……ぐっ!!」



しかし次の瞬間、フレムドの口からは血が溢れ出した。私はまなこを見開き、彼の後方へと目を向ける。



「?! あなた……!」



体勢を崩したフレムドの後ろには、あの中年騎士の姿が。



「ガハハ……! わ、私はもう、動けぬと思っていたのだろう! 私はまもなく果てる……だが、お前たちは私の手で殺してやる!」



フレムドの背を剣で切り付けた中年騎士が、今度は私へと視線を移してくる。



「フレムド……K王国にルカはいないなどとハッタリを抜かしおって……! 


魔女め! 元はと言えば、お前が全ての元凶だ! 何故、平民のお前が聖女として生まれ、王家に歓迎され、民衆にあがめられる? 何故、その立場が我が娘ではなかったのだ……!」



そして顔を歪め、恐ろしい形相で私を睨め付けてくる。



"何故、凡人の私が聖女として生を受けたのか?"


……そんなこと、むしろこちらが知りたいくらいだ。

私などより綺麗な人というのはもちろん、清い心を持つ人だってごまんといる。


私より聡い人も身体的能力が優れている人も、この大陸にはもっともっと大勢いる。……でも。



「こればかりは諦めて下さい。今の世で聖女の使命を背負っているのは、誰が何と言おうと私なんです。……アイリスには絶対任せられない!」


「……っ、この卑しい魔女めが……!!」



中年騎士が、今度は私へと剣を振りかざしてきた。私は咄嗟にぎゅっと目をつむる。




「……貴様はそんなくだらない理由のために、今の今まで姫を追い詰めてきたのか? 

自身と娘の意地汚い野望のためだけに、大陸に生きる全ての尊い命を犠牲にしても良いというのか?」



しかし。何故だか斬られた痛みを感じない。むしろ、柔く温かい布にくるまれているような、そんな感覚を覚えた。

どこか懐かしいような。



「貴様らは何度、この優しい人に刃を向ける? 何度、この強くて美しい人に泥を投げ付ければ気が済むのだ……!」



私はゆっくりとまぶたを上げる。

すると、中年騎士がうめき声をあげながら倒れ込む姿、さらに折れた剣の半分が地へと落ちていく様が、同時にまなこに映った。



「姫、どこかお怪我は?」



次に目に飛び込んできたのは、怒りと不安さと、そして安堵の感情を併せ持っているかのような、そんな濃褐色の瞳。


私の頬に指を滑らせ、この身体をきつく抱き寄せていたのは、



「…………レオ」




会いたくてたまらなかった、レオンハルト・ケルベロスその人だった。


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