第26話 毒の末路


「一体どういうことだ! 疫病は1年前にすでに撲滅したんだろう?!」


「でもこの症状はまさしくあの時の疫病よ! 1年前と全く同じ疫病が、もう1度K王国を襲っているんだわ……!」




私とリヴィが向かった先では予想通り、多くの民たちが "毒病 "について騒ぎ立てていた。



「神父様やシスターが疫病を発病されただなんて! ついにこのK王国は神に見捨てられたんだ。我々にはもう、聖女様のお導きもないというのに……!」




ここは、城下と郊外の間に位置する教会広場。今回はどうやらここの井戸に毒薬が流し込まれたらしい。


私は今すぐに飛び出して患者を治療しに行きたいという衝動を何とか抑え、しばし野次馬に徹する。すると……



「きっと落ちぶれたあの魔女が、このK王国へと戻って来たのだ! 今もどこかから我々のことをこっそり盗み見て、ほくそ笑んでいるに違いない!」



案の定、決して忘れることのない、あの中年騎士の声が辺りから聞こえ始める。



「ハルカ様、あの男はあんな虚言を言うため祖国に戻ったのでしょうか? 確かこちらの王国を滅亡させるという、重要な役割を担っておられたはずでは」



頭からすっぽりとショールを被ったリヴィが、呆れたようにそんな言葉を吐き捨てた。もちろん小声でだが。



「あの騎士の人、自己顕示欲が強くて何か一言言わないと気が済まない性格みたいなの。

でも見てて、絶対どこかでボロを出すはずだから」



そして同じくショールで顔を隠している私も、彼女にこっそりとそう伝える。

するとやはり、



「ガハハ! それに比べて我が娘、アイリスの高潔なこと! 彼女は今頃、隣国・N王国にの民らに聖女として崇められてるはずだ!


あちらの王国騎士団に所属する上級貴族の方に輿入れすることも、すでに決まっているのだからな!」



中年騎士は自身に注目してくれと言わんばかりに野次馬の中からその姿を現してきた。


そして鼻息を荒くしつつ、ひと月前と全く同じように娘自慢をし始める。

……だが、その話の中には気掛かりなことも。



「……リヴィ、N王国は大丈夫なのかな。もし毒病が広まっていたりしたら……」


「ご心配なさらず。国王陛下がすでに手を打たれています」


「……国王様が?」



思わず、眉をひそめてしまう。

K王国の国王は、宰相と繋がっていたのではなかったのか?



「……ねえリヴィ。国王様って、本当は……」


「相変わらず、君は勝手なことばかりしているね」



だが、リヴィに真偽を尋ねようとしたその時、この教会広場に搭城の上で別れたフレムドがやって来た。

私は咄嗟に口をつぐみ、身体を屈める。



「これはこれは、フレムド・エリーニュス殿下」



中年騎士がうやうやしく彼に拝礼した。



「確か、君の娘はオレと結婚したいんじゃなかったっけ? なのに彼女は今隣国にいて、また別の男と婚約したんだ?」


「……貴方様との結婚は大変喜ばしいことだと思っていたのですが、その、殿下は城下にもたくさん良い方がいらっしゃると聞いたもので」


「ふーん、まあいいけどね。オレもあんな傲慢で我儘な子なんてゴメンだし」


「……何ですと?」



フレムドと中年騎士が互いに睨み合う。



「それを言うなら、アイリスは貴方には過ぎた娘かと。時期国王でも何でもないただの第2 王子に王国一の才女を嫁がせるなど勿体無いことですからな」


「へえ、才女? どの辺が? 着飾ることと男に金をせびることしか興味がない女なのに?」


「なっ……?!」


「それなのに、ルカに盾突こうとしてね。

可愛さも聡明さも薬学の知識も、何もかも彼女より劣っているのに、ほんと馬鹿だよね」


「き、貴様……! 黙って聞いていれば何という戯言たわごとを! アイリスがあの魔女に劣っているものなど何1つないわ! 


あの子の外見の美しさは言うまでもないが心も高潔なのだぞ! 娘は今頃、N王国でその魔女を改心させ聖女になっているはず!」


「そうなんだ?」


「ガハハ! よって薬学の知識などなくとも全く問題ない! あの魔女を生涯、アイリスに尽くさせれば良いだけだからな!」 


「へえ。今さらだけど、ルカは今N王国にいるの?」


「そうだ! 森の中で我々K王国騎士団に追い詰められた後、奴はN王国に身を潜めていた。そしてあろうことか、あの国でも疫病を蔓延させ、多くの尊い命を奪おうと目論んでいたのだ……! 

だが1年前と同じく、その企てを暴いたのが我が娘、アイリスだった!」


「ふーん、N王国でも疫病が広まっていたんだ?」


「森火事の後にな!」


「そう。それをアイリスが鎮静させたって?」


「その通り! かたわらにあの魔女を付き従えて!」




フレムドはついに吹き出した。



「あはは! 君って本当に迂闊うかつだよね。

もし今もルカがN王国にいるなら、今日この毒病事件を引き起こしたのは一体誰なのかな? 間違っても彼女ではないよね?」



彼がそう言うと、中年騎士はハッとした顔になり、そして顔にダラダラと脂汗をかきだした。



「あと、君はどうしてかN王国の事情に詳しいみたいだから伝えておくね。

あの王国にいた "犬人いぬびとのハルカ" っていう可愛い女の子のことなんだけど、あの子、森火事の日に賊たちに攫われてそのまま消息不明らしいんだ」


「…………は?」


「彼女、犬王太子君のお気に入りみたいだけど、もうN王国の王城にはいないよ?」


「……と、ということは、。もしや今頃はN王国でも疫病が収束することなく蔓延してしまっているというのか……?」


「もし、N王国で毒薬が撒かれてるならそういうことになるかな。

大回復薬を作れるのも回復魔法を使えるのも、この大陸でルカだけだからね」


「な、何と言うことだ……! 疫病を鎮めることできなければ、アイリスの結婚がまたもや白紙に!」


「うんうん」


「アイリスを上級貴族に輿入れさせるためには、決して宰相閣下の機嫌を損なわせてはならない……そう思い、このような汚れ仕事をも引き受けたというのに……!」


「へえ、汚れ仕事?」


「そうだ! アイリスがN王国で疫病を広めている間に、私がK王国を滅ぼす手筈を……ハッ!」



そうして再び口もとを押さえ、蒼白になっている中年騎士。



「あはははは! 本当にビックリするくらい、君って馬鹿。こんな単純な誘導尋問に簡単に引っかかって、ベラベラと全部話してくれるなんて」




彼らの会話を聞いていた私は、1度静かに目を閉じる。



(……なんというか、本当に色々と酷すぎる)



フレムドもフレムドだが、中年騎士には呆れてものも言えない。

思わず指で顳顬を揉み込んでしまう私。



「人選ミスも甚だしいよね。宰相閣下はどうしてこんな馬鹿な下級騎士に仕事をさせたのかな。

まあでも、馬鹿な奴にしかこんな馬鹿な真似は出来ないしね。金と名声のために祖国を滅ぼす手助けをするなんて」


「フレムド殿下……お前はN王国の宰相閣下を知っているのか? そういえば、犬人いぬびとのハルカのことも把握していた……」


「彼女の正体がルカだってこと、君たちも気付いたんでしょ? だからさっき、"ハルカ" はもうN王国の王城にいないって聞いて焦ったんだよね?」


「……お前は一体誰だ? 何者なのだ……!」



中年騎士がフレムドに悲壮な声を上げた。



「1回くらい会ったことあったでしょ? N王国でも」



フレムドがパチンと指を鳴らすと、彼の前に数名の黒ずくめの男たちが姿を現した。


彼らを見た中年騎士は事の次第を悟ったためか、今にも泡を吹きそうになっている。



「君も宰相閣下も、オレたちのことを手駒か何かだと思っていたんだろうけど、実際は逆だよ。

手の平の上で転がされていたのは、君たちの方なんだよ」



フレムドが鼻を鳴らしそう言うと、中年騎士がガクリと膝を付いた。

……だが。



「これで……これで終わる私ではないわ!!」



中年騎士はそう叫びながら、この場にいた民たちに向かい、何やら液体の入った幾つもの小瓶を投げ付けたのだ。



「きゃあ! 何よ、このものすごく苦い液体……!」


「くっ、目に入った……目が焼けるように痛い……!」



投げられた衝撃で小瓶の蓋が外れ、中からは黒灰色の液体が飛び出していた。

そして、液体を浴びた何人もの民たちが次々とその場に倒れ込んでいく。



「ガハハ……! これこそが疫病の元になる毒薬だ! 私にはK王国を滅亡させるという使命がある! 

……ここに集まっている野次馬どもも道連れだ。それに、あと数時間もすれば城下や郊外に住む者たちも皆死ぬ。すでに数か所の井戸に毒薬を流し込んであるからな……!」



中年騎士はそう言うと、今度は手もとにある小瓶の蓋を開け、



「アイリス! 父は地獄の底からお前の幸せを祈っているぞ……!」




この言葉を残し、毒薬を一気に飲み干してしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る