第25話 聖女の決断
K王国の王城。
それは大陸に存在する王城の中でも特に珍しい、"塔城" という様式を取っている。
しかもその搭城は、他国の王城とは比にもならないほどに高く
「ルカ!」
フレムドは眉を顰め、彼女がその身を投げた窓の方へと走り出す。
……だが。
「?!」
そんな彼のすぐ横を、まるで疾風の如く白い影が通り過ぎて行った。
「白猫の侍女……?」
するとリヴィという名のルカの護衛もまた、迷いなく王城の窓から外へと飛び出して行ったのだ。
「……どういうことなんだ?」
怪訝な面持ちになりながらも窓辺に到着したフレムドは外へと
目を凝らしてよく見てみると、視線先には真っ逆さまに落ちていくルカと、塔を左右に蹴りながら段々と彼女に近付いて行くリヴィの姿が。
そして、ルカが地の底へと打ち付けられてしまう前に、一足先にリヴィがしっかりとルカのことを抱き止め、2人同時に地上へと到着していた。
しかし、そんな光景も束の間。
ルカはリヴィの腕から地へと下りた後、その侍女に何かを伝える素振りを見せ、さらに力強くその場を駆け出して行ったのだ。
「…………なんて子たちだ。ここはN王国にある王城の、ルカの部屋がある階とは比べものにならないくらいの高さなんだよ?」
フレムドは思わず、手の平を額へと当てた。
その拍子にふと足もとを見やると、そこには獣の爪で切られたような縄の残骸が落ちていた。
「……でも、そうだった。一瞬、すっかり忘れていたよ」
フレムドはその切り捨てられた縄を見て、ようやくあることに気が付く。
先程1度、ルカが彼に背を向けたのは、彼女が侍女に掛けられた縄をこっそりと
「ルカは昔も今も、敵の前だろうが敵陣だろうが、お構いなしに大胆な行動をやってのける女の子だったよね」
彼は乾いた笑みを漏らさずにはいられなくなった。
「ルカ、君の行動にはいつも驚かされてばかりだよ。でも、オレにはどうしても理解出来ないことがある。
何故、君は獣人なんかをそれほどまでに深く信頼しているんだ?
君がN王国に滞在していた期間なんて、たったのひと月ほどだろう?」
そして、自身の方を1度も振り返ることなく走り続けるルカを、ほんの少し睨める。
「みんな、聞こえているよね?
すぐにルカを捕らえに行くよ。あの子たちはおそらく、アイリスの父親を探しに行ったんだ」
フレムドがそう言葉を発すると、部屋の四方八方から賊の男たちが姿を現し、彼の前に跪いた。
「……オレはちょっと甘く見すぎていたのかもしれない。あの犬王太子がルカを気に入ったのも、黒猫と白猫がルカを守っているのも、ただ彼女が大陸に存在する唯一無二の聖女だからだと思っていたんだ。その身体に、偉大な聖力を宿しているからだって。
それに、ルカが彼らに親しみを感じているのも、単に匿ってくれた恩があるからだとばかり思い込んでいた」
フレムドの額に僅かに汗が滲む。
「念のために、K王国騎士団にも出陣の要請を出しておいて。
……もし、あの犬王太子たちがルカに対して、聖女とは全く関係のない "特別な感情" を持っているなら、彼らは軍を率いてこのK王国に乗り込んでくるかもしれない」
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心臓がドクドクと、未だ激しく波打っている。
きっと、私の顔面はまだまだ血の気が引いていて、まるでゾンビのように青白い顔をしているに違いない。
「リヴィ……さっきは無茶振りに付き合わせて本当にごめんね。咄嗟に思いついた脱出方法がアレな上、あなたに何も相談出来ないまま実行したのに、ちゃんと私のこと受け止めてくれて……」
足はもつれそうだし息も切れ切れだが、リヴィに謝罪だけはちゃんとしたい。
「問題ありません。ハルカ様が彼に気付かれないようわたくしの縄を解こうとして下さった時から、貴女がこの後何か行動を起こされるつもりなのだと予想しておりましたから」
でも、彼女から返ってくる言葉はやはり、そんなとても頼もしいもの。
「北原家の子たち、みんな本当に有能すぎるね」
「今世のわたくしはもう、何もお役に立てない無垢な子猫ではありません。ハルカ様は貴女のお心のままに行動なさって下さい。どんな時でも必ずお守りいたします」
「……ありがとう」
前世の、小さな身体を丸め震えていた白い子猫はもうどこにもいない。
「ところで、ハルカ様が先程おっしゃった、アイリス嬢のお父上を捕らえに行く件ですが。
彼が潜んでいそうな場所は、どこか目星が付いておられますか?」
「リヴィ。 "放火の犯人は、必ず野次馬として火事現場に戻る" っていう法則、それって前世だけじゃなくて今世にも通じると思う?」
なので、私はリヴィにこんなことを問いかけた。すると、何かを察したようにコクリと深く頷く彼女。
「そうですね……いつの世も、人の心理はそこまで変わらないかと」
「……だよね。じゃあやっぱり、"あそこ" かな。
さっき塔の上からこの辺り一帯を見てみたんだけど、
「承知いたしました」
すると、リヴィが1度立ち止まってその場に
「ごめんね、お手数おかけします」
リヴィの肩に手をかけつつそう言うと、彼女は柔く微笑み、私が指差す方角へと再び走り出した。
(これ以上、毒病の被害を出したくない。
……それに。今度はもう、自分が魔女だと思われても仕方がない、それでも別にいいんだなんて、そんな風に諦めたりしない。
私のことを心から大切に思ってくれてる人たちがいるんだって、今の私はちゃんと理解してる)
私はしかと目を開け、前を見据える。
何かを成し得るためには、心を見つめ直す必要がある。
(二度とレオのもとへ帰れないかもしれないなんて弱気になってる場合じゃない。
私は今、私に出来ることをしよう。
ちゃんと責任を果たして、今度は私の方から彼に愛を伝えに行くんだ)
理不尽なことを受け入れてばかりいた魔女はもういない。
私は自ら道を切り開く、大陸の聖女だ。
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