第24話 塔の上の魔女



N王国の王城。

それは今思えば360度どの角度から見てもとても洗練されていた。

前世でいうロマネスク様式の建築物で、外壁も汚れ1つない白色。まさに御伽話に出てくるお城そのものといった感じ。


きっと世の女子たちにインタビューでもしたら、こんなお城に住んでみたいランキングの堂々トップ3には入るだろう。




(……それに比べて。相変わらず、殺風景なのは変わらないな)



けれど現在私の目前に広がるのは、まるで廃墟のような王城。


少しでも聞こえの良い言い方をするなら、"天空へとそびえ立つ、いにしえより受け継がれし塔城“ だろうか?



(ノスタルジー感はダントツの1位だけど)




ここは故郷、K王国。

私は帰国するや否や、すぐにこちらの塔城へと連れられていた。



「ルカ、懐かしいでしょ? 君の部屋も1年前のままにしてあるよ。ああ、でも結婚したらオレと同室にしてもらおうか」



さらに。

私と共に内部に備わる螺旋階段を登りながらこんな言葉を投げ付けてくるのは、この王国の第2王子、フレムド・エリーニュス殿下。



「シャーーッ!」



そしてそんな彼に対し、威嚇の声を上げるのはリヴィ。

彼女は私に付いてK王国に来てくれたが、今は愛剣たちを没収され、縄で手首を縛られている状態だ。



「……フレムド様。私たちはもう婚約を解消しています。しかも、あなたは確かアイリスとご結婚される予定でしたよね?」


「あはは。そんなの大臣たちがまた勝手に決めたことでしょう? というかその前に彼女、N王国の男たちと見合いしていなかった?」


「えっ……そ、それは聞いてませんけど」



アイリスがレオに近付いていたことは知っている。



「まあ、今となればどうでもいい話だけどね。とにかくオレが結婚したいのは君だけだから」



そう言うと、フレムドは搭城のいただきにある部屋の前で立ち止まり、その扉を開けた。



「……フレムド、やっと帰ったか」


「ひと月ぶりです。父上、母上」



部屋の中央にはK王国の国王と王妃がざいしていた。



「ルカも一緒に戻ったのだな?」


「……国王様、王妃様。ご無沙汰しております」



私は拝礼しつつも、ちらりと彼らの様子を伺う。

凛とした佇まいは王族の威厳を現しているが、心なしか1年前よりかなりやつれたように見える。



「父上、母上。詳細は先日に報告した通りです。1年前、我が国に疫病をもたらした者はルカではありません」



フレムドは部屋へと足を進めていく中、こちらを少し振り返って付いてくるよう促してきた。

私は小さく息をついた後、彼のあとに続く。



「真の下手人はアイリスと彼女の父親なのだな?」


「はい。ですが、彼らもただの手駒と言った方が良いのかもしれません」



フレムドの言葉を聞いた国王と王妃が、怪訝そうに互いに顔を見合わせている。



「フレムドよ、其方そなたの部下らがに伝えた内容は全てまことか?」


「大陸の他3国に不法出入し、内政を探っていたこと、そしてN王国の宰相と繋がり、そこの犬王太子暗殺に関与したことは全部本当ですよ。まあ、殺害は失敗しましたが」



フレムドは全く悪びれる様子もなく、国王にそう言葉を返していた。



「……フレムド、もう20年になる。其方そなたはまだ、"あの事件" のことを恨んでいるのか?」


「もちろんです。その恨みが消えることなど生涯あり得ません」



私は思わず眉をひそめる。

そしてフレムドと国王を交互に見やった。



( あの事件のこと? 恨み……?)



すると、国王の後方に控えていた王妃がフレムドの前へと進み出てきた。



「……フレムド。貴方の、"お母様が獣人に殺された" というその無念、わたくしにもよく分かるわ。彼女はわたくしにとっても最愛の妹だったもの」


「 "伯母上" 、伯父上と共に幼いオレを引き取り育てて下さったことは、本当に感謝しています」


「妹の大切な忘形見であるお前が無事に大人になってくれたことは、本当に嬉しいわ。

……けれど、憎しみに囚われすぎている姿はもう見たくないのよ」


「ですが、他国からの暴力行為はもうずっと繰り返し続けられています。

現に、N王国の宰相は2度に渡ってK王国に疫病を蔓延させようと企てているのですよ」



私は一瞬眩暈がした。

たった今の彼らの会話内には、私の知らない未知の情報が多数飛び交いすぎている。



フレムドが国王夫妻の本当の息子ではなく甥だったという件は、この中で言えば比較的すぐに受け入れられることだ。


だが、彼の本当の母親が獣人に命を奪われていたとは?

さらにK王国王家が頑なに鎖国をしている理由は、もしかすると今フレムドが言ったことに関係している……?



「ルカ。オレが娼館に入り浸っていたことは知ってる?」


「えっ? あ、は、はい……」



まだまだ動悸が収まらない中、今度はフレムドがこんなハードな質問を私へと繰り出してきた。



「一応聞いておくけど、ルカはオレが無類の女の子好きだとか思ってた?」


「……風の噂でそう聞いていましたし、実際にそうだとも思ってました」


「ひどいなあ。未来の夫なのに、そんなに信用ない感じ?」


「お互い顔を合わせたことはあっても、話したこともなかったですし。……それに。森の中であなたに襲われそうになったこと、私、忘れてませんから」


「うーん……君は陛下夫妻の前でもお構いなしだね」



フレムドは腰に手を当て、大きくため息を吐き出した。



「オレが娼館に通っていたのは、情報収集をするためなんだ。あそこには色々と裏の事情を抱えた者たちが集まりやすいからね。

たまに、警備の目を掻い潜った他国の者が客として紛れ込んでいることもあるし」


「えっ?」


「で、酒に酔ったバカな奴らが女の子たちにベラベラと話すみたい。

"自分がK王国に来たのは前世の復讐をするためだ" とか、訳のわからないことを延々とね」



前世の復讐……? 何かが引っ掛かる。

でも、今は目先の新報を確認しなければ。



「フレムド様。さっき、あなたが言ってた……その、お母様を獣人に殺されたっていうのは本当ですか?」


「うん、本当だよ」


「……それは、私が詳しく聞いても大丈夫なお話ですか?」


「もちろん。オレの目的を果たすために、君にも知っていてもらいたいしね」



フレムドはまるで他人事のように、彼自身の過去話をし始めた。



「オレがまだ5歳くらいの時かな。母親と2人、国境近くの森でよく木の実や野苺を集めていたんだ。

その日もいつも通り2人で森にいたら、運悪くN王国の獣人がうちの王国に不法侵入しようとしている現場に出くわしてしまってね」



……だが。



「それで、突然こっちに近付いて来たかと思うと、次の瞬間にはオレの首根っこを掴んで木に向かって投げ飛ばしてきたんだ。

オレの記憶はそこで途切れてる。きっと、頭を打って気絶していたんだろうね。


目が覚めて母親を探したら、近くの木陰で大量に血を流して死んでいた。


服はボロボロに破られていて半裸、顔は骨が折れるまで何度も殴られていて、挙げ句の果てには足が1本もげていたんだ」



一気に話し終えたフレムドの腕は甦る怒りのためか、小刻みに震えていた。



「その時からずっと獣人が憎くてさ。1人残らず殺したくてたまらないんだよね」



そして、そう付け加える彼。



「…………」



私は何も言葉が出てこなくなった。

フレムドにこんな残酷な過去があったなんて知らなかった。


しかも彼の先程の言い方だと、K王国でこのような暴力行為が行われたのは、おそらく1度や2度ではないのだろう。


フレムドはさらに話を続ける。



「でもね、色々な娼館でよくよくみんなに話を聞いてみると、何もN王国の者たちだけじゃなさそうなんだ。うちの王国に不法侵入して、野蛮行為を行っているのは。


本当に反吐が出るよ。畜生道に沿ってしか生きることが出来ない奴らなんて」



彼は心底軽蔑するように言葉を吐き捨てた。



「……王家の方が鎖国を続ける理由は、開国すればさらなる人害が及ぶかもしれないと思っているからですか?」



私はやっとの思いでそう問いかける。



「表向きはね。でも、実際は少し違う。オレたちはずっと機会を伺っていたんだよ。何十年も、何百年もずっと」



「フレムド様、あなたの本当の目的は……」


「オレの願いは、K王国以外の3国を完全に潰すことだよ。この大陸には人間だけが自由に、何からも害されずに生きていけるようにしたいんだ」



フレムドがそんな言葉を口にした丁度その時。




「国王陛下、申し上げます! 王国内で1年前と同様の病を発症した者たちが現れました!」



顔を真っ青にした国王の側近と思しき人物が、部屋の外からそのように伝えてきた。



「……ああ、ルカ。アイリスの父親もK王国に帰って来たみたいだよ。あの森火事のドタバタに紛れてやって来たのかな?

馬鹿だよね。この王国にはもう聖女が戻っているのに。


まあ、今頃は宰相閣下の命で、オレの仲間たちがH王国やM王国にも毒薬をばら撒きに行ってるけどね。

心配なのはN王国かな? だって、実行役があの隙だらけのアイリスなんでしょ?」



全く焦る様子のないフレムドが、私の頬にゆっくりと手を添えてきた。



「でもね。毒薬と君がオレの手もとにあるから、アイリスがヘマをしようといつでも挽回できる。有能な部下たちもいるしね。


さて、今からは少し未来の話をしよう。一先ずはK王国以外の3国が滅亡直前になっていることを仮定したとして……」



そして、段々と顔を高揚させていく彼。



「あの3国の資源や技術は魅力的だから、その件で役に立ちそうな者たちは幾らかは残そうと思っているんだ。工芸職人とかね。

もし、うっかり毒病にかかった重要人物たちがいれば、彼らの治療はルカにお願いするよ。


まあでも。君に果たしてもらいたい本役は、もっとシンプルなものだけどね」



彼の表情はどこかうっとりとしている。



「数百年に1度しか現れない聖女が今世に産声を上げた。しかもこのK王国に。

これはもう運命としか言いようがないよ。


"疫病を収束させ、人の世に再び平和をもたらした聖女" なんて、新時代の始まりにぴったりのシンボルだと思わない?」



そう言って、ついにはくすくすと笑み出したフレムド。すると……



「……フレムド。其方そなたがこれほどに深く、他国の者を憎んでいたとは……

たちでは其方の心を癒すことが出来なかったという事実が、何とも悔やまれる」



私たちのすぐそばたたずんでいた国王が、声を詰まらせながら手の平で顔を覆いだした。

王妃はそんな国王を見つめた後、静かに目を伏せていた。



「……父上と母上はどうぞ何も気に病まず、後の吉報をお待ち下さい。オレが必ず、K王国に太平を取り戻します」



フレムドは私から手を離すと、今度は年老いた両親の背に優しく手を添えていた。そして自ら、彼らを王座のある方へと連れて行く。


私はそんな一家をゆっくりと目で追った。



「何か物言いたげだね、ルカ」



国王たちを王座へ座らせた後、フレムドが再びこちらに向き直る。そして少し挑発する様にそのような言葉を投げてきた。



「……フレムド様。私は、「善人も悪人も、この大陸に生まれた者たちは皆平等に神の子です」

なんて、いかにも聖女らしい言葉を言うつもりは全くありません。


それに、あなたの悲しみも分かります。お母様に起きた悲劇はこの先何年、何十年立っても忘れられるものではないでしょう」



私はフレムドに背を向ける。



「ですが、K王国の人間以外は野蛮だと言われたことに関しては、意義を唱えます。

少なくとも、私の知ってるN王国の人たちには、あなたが思う野蛮さなどかけらもありません。


……むしろあなたの方こそ、その復讐という名の目的のため、この大陸に生きる全ての命を危険に晒そうとしています」


「……ルカ。君がそんなことを言えるのは、家族を殺された無念さを知らないからだよ」


「……そうかもしれません。でも、例えそれを分かっていたとしても、私ならこんな復讐の仕方はしません」



そう言い放った後、私は1人、窓辺に向かって歩き出す。



「フレムド様。本来であれば、「悪に囚われているあなたの心が正道に戻るようお導きします」、とでも言った方が良いのかもしれません。


でも、私は他人の心を変えるより自分の考えを少し見つめ直す方が、何倍も手っ取り早いって思っているんです。

その上で何か行動を起こす方が、事もずっと上手く運ぶんじゃないかなって」



そして窓のそばまで来ると、今度はそこから外へと目を向ける。



さすがは天空に聳える塔の頂。ここからは城下はおろか、少し離れた郊外さえすべて一望出来る。


一通り景色を眺めた後、私は再びフレムドの方を振り返り、窓枠へと腰かけた。



「……ルカ、君は一体何をしているのかな? まさかそこから飛び降りるつもり? 

……無情なオレには協力したくないって?」



フレムドが眉を寄せる。

そんな彼と目を合わせながら、私は深呼吸を数回繰り返した。


身体が少し……いや、とてもとても震えている。でも。



「フレムド様。生き方を良いものにするのも悪いものにするのも、結局は自分自身なんです。

……例え私のような捨てられ魔女でも、それは同じだと思っています」



すでに覚悟は決めた。



「なので、1度ここでリセットします」


「……リセット?」


「それではご機嫌よう、フレムド様」




私は窓枠から手を離し、後方に身体を倒した。


魔女としての自分は、今ここで "死ぬ" 必要がある。


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