第23話 N王国の双璧


殺伐とした空気が流れているN王国騎士団の本拠地。

ここに颯爽と姿を現したのはこの王国の現国王、グエナエル・ケルベロスである。




「毒病をわずらったのはこの3人か? レオンハルト」


「……はい」



担架の上に横たわる団員たちを見やり、国王が眉をひそめる。



「レオンハルト。彼らはともかく、城下の件については心配せずとも良い。

アイリス嬢が毒薬を流したという井戸は、おそらく騎士団の警備がなされていない、王城に1番近い井戸であろう。この娘が城下の者たちに気付かれず毒薬を流し込める井戸など、その1つだけだ。

あそこは数年前からずっと使用されていない、単なる空井戸からいどに過ぎぬ」


「空井戸……そうでしたか」



国王の言葉に、レオは少し安堵の息を漏らす。


ちなみに。

それを聞き、崩れ落ちるようにして地に膝を着いているのは宰相である。

アイリスの方はひっくひっくと泣きじゃくりながら、今もなお独り言のように言い訳をし続けていた。



悪者の最後とは、意外と呆気のないもの。

レオはそんな彼らを軽視しつつ鼻を鳴らした。



「レオ、ジュジュ。ルカ・ヒュギエイアが薬品を調合していた部屋に解毒薬はあるか? あればこの毒を喰らった者たちに飲ませてやりたい」



すると、続いて国王がそのように問いかけてきた。



「ルカ殿は以前、大病専用の治療薬である大回復薬というものを大量に生成しておられました。……ですが、彼女の聖力なしにその効果を発揮させるのは難しいかと」



ルカが度々、魔法薬作りにいそしんでいたことを知るジュジュはそのように答える。



「ふむ……ならば今はないに等しい、か」


「…………いや、ありますね」



しかし。レオが発したのはそんな一言。



「以前、姫にいただいた薬たちの中に、強力な "嘔吐薬" があっただろう。あの丸薬と空瓶からかめを3つ、すぐに持ってきてくれ!」



レオは何かを思い付いているかのように、今度は近くにいた団員たちにこのように伝える。



「……少しきついが耐えろよ。お前たちはこのN王国騎士団における数々の厳しい試練を見事突破してきた、男の中の男たちだ」



そしてそんな励ましの言葉を、次は担架に横たわっている部下たちへとかけた。

……が、その後。



「飲め! 一気にだ!」



宿舎から戻ってきた団員がレオへと手渡した丸薬を、迷うことなく毒病を患った部下たちの口内へと突っ込んだ。



「吐け! 全部だぞ!」



さらにレオは彼らの首根っこを掴み、胃袋に詰まっていたであろう全てのモノを空瓶の中に嘔吐させた。



「…………レオンハルト。さすがに少し荒すぎやしないか?」


「大丈夫です。この者たちは普段訓練でこの3倍は吐いています」


「……なるほど」



国王にそう答えつつ部下たちの様子を伺うと、彼らの表情は幾らか穏やかになっている。気がする。



「このかめらはすぐに焼却しろ。これでこいつらの体内から毒が完全に抜けた訳ではないが、延命は可能なはずだ」



レオは、横たわる部下たちの胸を軽く小突いた。



「姫の薬は良薬だろう? ……まだ絶対に死ぬなよ、いいな?」



レオがそう言うと、彼らは眉を下げわずかに笑みを漏らしていた。



そんな部下たちを前にして。

レオはついに、毒病に関するこれまでの経緯を全て、この場にいる団員たちにも話すことにした。



「宰相やアイリス嬢親子の目論見もくろみは今話した通りだ。

そして、王城に滞在していた犬人のハルカ殿のことだが……あの方は、奴らの企てによって魔女の烙印を押され、K王国を追われることになってしまわれた聖女、ルカ・ヒュギエイア殿その人なんだ」



レオは少し瞼を伏せる。

すると、そんな彼の前に1人の団員が進み出て来た。



「……美しい女豹人めひょうびとのご令嬢だとばかり思っていた方が、まさかそのような人物だったとは知らず……

彼女に気に入られたい一心で、騎士団でのことを面白おかしくべらべらと話してしまった自分が情けないです。本当に申し訳ありません」



レオに跪きながらそう話す部下は、一昨日夜にアイリスが見合いをしたという者だろう。



「いや、結果的に証拠が揃ったのはお前のおかげだ。だが、表に被った皮だけでその人物の好悪こうおを判断するのは、もうめておけ」



小さく息をつきつつ、レオは彼を立たせる。



「今からまた仕事だぞ。しっかりやってくれ」


「……はい!」



レオは他の団員たちが集まる方に、その部下の背中を押し出した。




「……やはり、お前しかおらぬな」



すると、レオたちの様子を見守っていた国王が、何かを再確認したように穏やかな顔をしていた。

だが彼はすぐに、その表情を元の厳格なものへと戻す。



「レオンハルト、では次の件に移るぞ。

此度、毒病に関わる全ての証拠が揃った。これより先は騎士団の仕事だ。


第5部隊。其方そたならは宰相、アイリス嬢の両者を捕らえ、王城に隠された毒薬及びその原料ら全ての回収に勤しめ。

第4部隊は民らの警護を強固せよ。

第3部隊には王城近辺、並びに国境付近の警備を任せる」



国王がレオへと向き直る。



「レオンハルト。ルカは生きておるのだな?」


「リヴィが付いておりますゆえ。……おそらくはK王国へ連れられたかと」


「……そうか」



国王はレオの肩に、ゆっくりとその手を乗せた。



「迎えに行くぞ。第1、第2部隊を率い、我々もK王国へ。アイリス嬢の父親も捕えねば」


「御意!」



レオが深く頷くと、騎士団の者たちは自身を鼓舞するかのように拳を高く掲げ、雄叫びを上げ始める。



「我が騎士団が誇る、N王国の双璧が久方ぶりに揃われたぞ! このお2人がいる限り、天は必ず我らを良い未来へとお導き下さる……!!」




団員たちのその言葉に、レオと国王は北方へと目を向ける。


目指すは、ルカのいるK王国だ。


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