第22話 真の愚か者


「国王陛下! つい今しがた、報告が上がってまいりました……!

雇っている賊たちが大陸の大罪人、ルカ・ヒュギエイアの討伐に見事成功したようでございます!」




N王国・国王の執務室にて。

部屋へと入ってくるなり嬉々としてそう話すのは、この王国の宰相である。



「魔女は国境近くの廃墟に身を潜めていたらしいのですが、捜索中の彼らに遭遇した後は森へと逃げ込んだようで。

そして一昨日夜、奴は彼らが仕込んだ森の業火でその身を焼かれ、一欠片ひとかけらの肉片も残さず地獄に引き摺り戻されたとのこと」


「……ほう」



国王は大デスクにペンを置き、立ち上がる。そして部屋の中央へと足を進めた。



「陛下には申し上げておりませんでしたが、彼らはK王国出身のならず者たちなのです。

しかも、かしらの男に関しましては魔女の容貌もしかと把握している切れ者でございます。


彼らは愛国心こそあれど、金さえ渡せば他国はおろか、K王国の人間に対しても容赦はありません!」



宰相は国王へ、さらに興奮気味にそう言い放つ。



「魔女の死が確実となった今、K王国および他2国へ毒病を蔓延させても回復を施せる者がおりません。

私はこの時を待っていたのです……!」


「…………ルカ・ヒュギエイアが死んだのは誠か?」


「間違いありません! ははは! あの愚か者の魔女はついに消え失せたのです!」



国王は腰に差した愛剣をゆっくりと撫で上げた。……だが、その時。



「失礼いたします」



1人の若者が執務室のドアを開けて一礼し、国王のもとへと迷いなく歩いて来た。



「国王陛下。お手数ですが、至急貴方にご覧いただきたいものがございます。申し訳ありませんが僕と共にご移動願えますか? 

そちらの宰相閣下も、是非ご一緒に」



国王は若者を見やると、何かを察したように1度ゆっくりと鼻で息をした。

そして彼は若者の後に続き、部屋扉に向かって歩き出す。



「宰相よ、其方そなたも来るが良い」



初めこそ呆気に取られていた宰相だが、国王にそう声をかけられると、すぐに我に返った。

そして次は怒りをにじませるように顔を歪め、声を張り上げる。



「無礼者め、突然何なのだ! このお方を誰と心得ておる! 我が王国の現国王、グエナエル・ケルベロス陛下でいらっしゃるのだぞ!


お前のような卑しい身分の者が言葉を交わすなど決してあってはならぬ尊きお方……」


「聞こえなかったか? そこの愚か者」



だが振り返った国王の顔は、宰相を一瞬で黙らせた。



「命令だ。貴様も付いて来い」



宰相が眉をひそめ怪訝な表情をする中、国王たちを迎えに来た若者が淡々と言葉を放った。



「先程、王城内で再び毒病が確認されました。

患者が運び込まれている先へは、この黒猫のジュジュがご案内いたします」




-----




N王国とK王国を隔てる森の中で、壮大な火事が起こったのは一昨日夜のこと。


だが今もなお、N王国騎士団がその後処理に追われている。



「レオンハルト王太子殿下、ご機嫌よう。先日の森火事はなかなかに大規模でしたわね」




そんな騎士団本拠地に、何故だか一際派手なドレスと装飾品を身に付けた女が現れた。


彼女を目にしたレオは、ピクリと眉を上げた。そして軽く辺りを見回す。


ここ最近はジュジュも多忙を極めているため、女の見張りには信頼のおける別の団員を数人付けていた。だが、部下たちの姿はどこにもない。

不審に思いつつも、レオは再び火事の報告書を目で追い始める。



「もうっ、王太子殿下! お返事くらいして下さいまし!」


「何故こんな所にいる、アイリス嬢」



本拠地へとやって来たのは、あの傲慢な貴族令嬢・アイリス。



「ふん、相変わらず冷たいお方」


「仕事の邪魔だ。用がないなら部屋に戻れ」



すると、そんなレオの態度が気に入らないのか、アイリスは彼が持つ書類の上に自身の扇を被せてきた。



「……立ち去らないならつまみ出すぞ」


「本当にひどい方ですわ。

あの "犬人いぬびとのハルカ" という女がここに来た時とは、随分と態度が違うのではなくて?」



レオは眉を寄せ、アイリスを一瞥する。



「一昨日の森火事がありました時、わたくしお見合いの真っ最中でしたの」


「…………」


「お相手の殿方ときたら、わたくしのことを世界一美しい女性だなんて褒めて下さって」


「…………」


「彼、こちらの騎士団に所属されている方だとお聞きしましたけれど、本日はご出勤されていないのかしら」



レオがアイリスを睨めると、彼女はほんの少し口角を上げた。



「その方に色々とお話をお伺いした時、ふと気になることがございましたの」



アイリスはそう言うと、いつかの日のようにレオのことを上目遣いに見上げてくる。



「殿下お気に入りの、そのハルカという女性。彼女は "薬の調合" が大のお得意だとか。

王宮の名だたる名医たちが開発したどんな薬より効能が良いものをお作りになるなんて、よほど優秀な女性なのかしら?


まるでK王国ご出身の "彼女" のような」



そしてレオの胸もとに手を当て、軽く指を弾かせてきた。



「そういえば。そのハルカという女がN王国へ現れた時期は、ある時と重なるのではなくて?

あの大罪人の魔女が、森でK王国の騎士たちを撒き、再び姿をくらました丁度その日と」



レオはついに舌打ちをする。

すると、その様を見たアイリスが今度は声を上げて笑いだした。



「おほほ! 滑稽ですわ! 

まさか犬人のハルカの正体が、あの大罪人の魔女、ルカ・ヒュギエイアだったなんて……!」



そして、彼女がそう言葉を発した次の瞬間、



「レオンハルト副団長、申し上げます……! 

王城の中で毒病と思しきものを発症した者が現れました!」



悲壮な声を上げる部下がこちらへと駆けてきた。レオは目を見開き、アイリスの手を振り払う。



「この女らを見張らせていた団員たちはどうした」


「彼らこそが、その毒病の発症者です!」


「?!」



レオの前に、うめき声を上げる騎士団員数名が運び込まれる。

彼らの唇や頬には、黒灰色の斑点が浮かび上がっていた。



「……わたくしのことを見くびっていたの? 本当に愚かだわ。貴方もルカも」



レオたちの様子を高みの見物のように眺めていたアイリスが、そう呟いた。

そして次はこう声を張り上げる。



「ああっ、ルカ……! 

貴女は先程、わたくしにこう言ったわよね? 王城の貯水 がめだけでなく、城下の井戸にも毒薬を流し込んだって……!


どうしてこんな罪深いことばかり続けるというの? 貴女の心は無情さの塊なの?

今この瞬間にも、N王国民全ての尊い命が失われようとしているのよ……!」



さらに、その場にしおらしく座り込むアイリス。



(うふふ。殿下がルカを王城に隠してるのは知っているのよ? しかもあの抜かりないルカのことですもの。N王国に来てからは大回復薬も大量に作っているはず。

なんせご親切にも、誰にでも簡単に扱える薬なんてものまで用意するくらいなんだから)



アイリスはハンカチを取り出すと、わざとらしく目もとを押さえた。



(ある程度疫病が蔓延したら、大回復薬を使ってルカに治療を行わせるわ。わたくしに従っているあの女を見て、王国の誰もがわたくしが大罪人を改心させたと思うはず。


そうなれば、"真の聖女" はこのわたくし! これからもあの女の聖力を上手く利用して、このN王国でのし上がってやるわ!)



笑みがこらきれなくなっているアイリスの上に、突然暗い影が落ちて来る。



「……愚か者はどちらだ」



レオはそう言うと、アイリスの首飾りを強く掴んだ。



「貴様……! この者らに毒を盛っただけでなく、城下にも毒薬を持ち込んだのか?! それのみか、この期に及んでまだ姫に罪をなすり付けようとするとは……!」


「なっ、何よ! わたくしではないわ! 本当にルカがやったのよ!」



「副団長! 落ち着いて下さい!」



騎士団の部下たちが、レオとアイリスの間に割って入る。


レオは息が整わないまま、再度声を荒げた。



「どうして姫にそんな真似が出来る?! あの人は王城どころか、もうこのN王国にさえいらっしゃらないというのに……!!」


「…………え?」



レオがそう言葉を投げ付けた時、



「……これは、一体どうなっているのですか? アイリス嬢、我が王国でも毒病が蔓延しているとは、どういうことですか……?」



この騎士団の本拠地に、顔を蒼白にさせたあのヒヒの宰相がふらりと姿を現した。



「……宰相様、お聞きしたいのはわたくしの方ですわ。ルカがこのN王国にいないというのは、一体どういうことですの……?」


「アイリス嬢、質問にお答えなさい! 私が貴女たちに月無薬花げつむやっかの毒薬を手渡したのは、K王国に毒病を蔓延させ、あの国を滅亡させるためですぞ! 何故我が国にこんな真似を?!」


「そっ、それはお父様が上手くやりますわ! 彼は今、単身K王国に向かっていますもの! でもそんなことより! ルカはどこなの?! あの女がいないと、わたくしが大陸の新たな聖女になるという計画が成り立たなくなってしまうのよ……!」


「……何という浅はかな夢を!」


「宰相様に言われたくなくてよ! 貴方だって、あのならず者たちを使って、H王国とM王国にも疫病を広めようとしているのでしょう?! お父様も貴方のことを、大陸一恐ろしい野心家だとおっしゃっていたわ!」



「……相分かった。もうその辺で黙るが良い」



すると、激しく口論していた宰相とアイリスに、静やかだが威厳を感じる低い声が降り注がれた。



「互いをののしり罪を白状させ合うとは、なんと愚か極まりないことよ」



宰相とアイリスは、まるで地獄にある溶岩池のほとりに立たされたかのように、ブルブルと全身を震わせ始める。


2人はおろか、この全大地に生きる者全てが恐怖を感じ震え上がってしまうような、そんな存在感を示すこの声主は。



「レオンハルト、いついかなる時も冷静さを欠くな」


「…………国王陛下」




ジュジュと共にレオたちの前に姿を現したのは、このN王国の最高峰である、国王その人であった。



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