第21話 火炙りの花嫁に毒花のブーケを
「か、火事……? 森火事?!」
今宵は新月。本来であれば森の中など真っ暗闇で、ほとんど何も見えないはずだ。
しかし、激しく燃え上がる炎がそれを照らし始めている。
「……あの男も、目的のためなら手段は選ばない
そしてリヴィの言葉を聞き、この炎の原因があの
「ハルカ、姿を見せて。君を傷付けたい訳ではないけれど、出て来てくれないと被害がもっと広がってしまうよ?」
すると間もなく、火が上がっている方角からあの男の声が響いてきた。
森を焼く猛火が、だんだんとこちらにも迫って来ている。
「…………っ」
私は意を決し、手探りで木を
地へと付くと、辺りを捜索していた賊が私たちに気付き、声を張り上げる。
「お頭、いました!
リヴィは私の前に立ち、集まって来た賊たちを威嚇しながら、再び短剣を構え直していた。
「ああ、早めに見つかって良かった」
すると頭の男と思しき者が、猛火を背景にこちらへと近付いてくる。
(……この人が、私に運命どうのこうのって、変なことばっかり言ってくる人だよね)
その男は黒装束に身を包み、顔を隠すようにしてフードを被っていた。
「この森に炎を広げるのも消すのも、君次第だよ、ハルカ」
そう言って、男は私に "花束" を差し出して来た。
「この花のことは知ってる?」
「……もしかして、それが新月の夜にしか咲かない、噂の "
フードから見え隠れする男の目が、僅かに細められた。
男が手に持つそれは、王城の中庭に咲いている季節の花々でも、あの丘一面に広がっていた色とりどりの美しい花たちのようでもない。
花びらが黒灰色に染め上げられ、どこかおどろおどろしい雰囲気を放っているその花は、私も今までに見たことがないものだった。
「あなたの目的は一体何なんですか?」
「うーん。まあ目先の目標は、オレと運命の人が正式に
そして一歩一歩、男は私の方へと歩みを寄せてくる。
「でもその前に、君にはちゃんとケジメを付けてもらおうと思っているんだ」
すると、男は懐からあるものを取り出し、私へと見せてくる。
「! それ……!」
「やっぱりハルカのだった?」
男の手の平に乗せられているものは、新緑祭の日にレオから贈られた、あの天然石のブレスレットだった。
(まさか、この人が持っていたなんて……)
私は思わず、自分の体をペタペタと探った。
(さすがに今日は、護身グッズなんて持って来てない……!)
数時間前までは王城の自室にいて、完全に警戒を解いていた私。護身グッズの入った愛用の腰袋も、ベッドのサイドテーブルに置いたままだ。
「ハルカ。君、もしかしてまた、あの変わった薬品たちを使おうとしてる?」
すると、男がそんな鋭い一言を放って来た。
「それなら是非、オレにも披露して欲しいな。だってその薬品たちのおかげで、君がオレの花嫁だって気付けたんだから」
「……どういうことですか?」
だが、それに続く奇異な言葉に思わず眉を
「丁度ひと月前になるのかな? 君がまだ、"N王国に行く前" の話だよ。
森の中でそれを使って、K王国の無骨な騎士たちを上手く撒いたそうだね」
「……え?」
「ちなみにこの前、隠れ家の中でオレの仲間たちにも使ったでしょ? みんなしばらく唐辛子と煙臭くて大変だったんだ。でも、それでピンと来た」
今の私はきっと、動揺を隠し切れないくらい青ざめた表情をしているに違いない。
「最初は本当に驚いたよ。
N王国の狂犬・犬王太子が熱を上げている女の正体が、まさかK王国を追われた聖女だったとはね」
何故なら男の目が、まるでそれを面白がるように弧を描いているから。
「ハルカ。本当の君は、ただの
K王国の聖女であり魔女として祖国を追われた大罪人、あのルカ・ヒュギエイアだよね?」
心臓が大きな音を立てて脈打ち出している。その振動はやがて下肢にも広がり、私を立っていられなくさせる。
「さらに言うなら、君が薬品を使って騎士たちを撒いたあの日、N王国付近の森で犬王太子の命も助けているはず。
だって、どう考えてもあの強力な毒が効かない奴なんて、死人くらいしか思い付かないんだよ」
男はそう言って、ゆっくりと私に目線を合わせてきた。
「君はオレの妻になる女の子なのに、どうして他国の男なんか助けたのかな? しかもすごく気に入られているみたいだし。
あとこのブレスレット、まさかあの犬王太子とお揃いだったり? ほんと傷付くよ、オレ」
そう言うと、男は私の目の前でブレスレットを引きちぎった。
「オレのこと、まさか忘れたなんて言わないよね?」
バラバラになった琥珀玉が、地面へと無惨に落ちていく。
「……この悪党が。ハルカ様に近付くな……!」
リヴィが男を睨め付けながら、私を守るようにして抱きしめてきた。
私は震える手を彼女の腕に添えながら、目前の男へともう1度目を向けた。
男はフードを外し、その素顔をまっすぐに私へと向けている。
「久しぶりだね、ルカ。オレの運命の人」
私は今、果てしない焦燥感に駆られている。
それは、森に広がる地獄の業火のような炎に、魔女としてこの身を焼き尽くされそうになっているからなのか。
「………… "フレムド様" 」
いや、全く違う。
もう二度と、愛おしくてたまらない、大切なレオのもとへ戻れなくなるかもしれないという恐怖からだ。
「良かった、覚えていてくれて。さあ、一緒に祖国へ帰ろう。
だって、オレたちはまだ結婚式を挙げていなかったでしょ?」
黒灰色に染まった
私の、元婚約者だった人だ。
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