第20話 白ネコ


まさか、それほど日が空かないうちにまた "ここ" へ来ることになるとは想像もしていなかった。




「ハルカ、そんなに警戒しないで。今度は別に、君を殺そうと思って攫ったわけじゃないんだから」



賊たちの隠れ家であるこの洞窟の中に、あのかしらの男の声が響く。


声の距離から男がすぐ近くにいるのは分かるのだが、中が薄暗すぎて本当に近距離にいる人物しか目に捉えることが出来ない状態だ。



「どうしてもハルカにもう1度会いたかったんだ。だって、オレと君は運命のつがい同士なんだもの」



そんな中で、こんなまた訳の分からないことを口走られたら誰だって身震いしたくなる。



「でもさ、ハルカ。オレは君だけで良かったんだけど……どうして、そこの侍女ちゃんまで連れてきてしまったのかな?」



男がそう言った後、私は右隣をちらりと見やった。



「ハルカ様。この男はどう見ても、貴女の運命のお相手ではありません。わたくしが必ずお守りいたしますので、どうぞご安心を」



そこには、私のそばに寄り添いながら、両手に短剣を構えるリヴィの姿が。



「N王国の王城からここまでって、結構距離があるんだ。でも彼女は大した間隔も空けずにずっとオレたちの後を追ってきた。

しかもこの暗闇の中で、もう何人もの部下を負かしてさ」



さらに周りからは、賊の男たちのうめき声が聞こえてくる。



「獣人の身体能力って、人間のそれより何倍も何十倍も勝っているものなんだよ。五感だってそう。


でも、その侍女ちゃんは "普通の獣人" じゃないよね?

見た目は小さくて可愛らしい白猫の美少女だけど、彼女はちゃんと厳しい戦闘訓練を受けた、言わば "ハルカ専属の護衛" ってとこかな?」



その言葉に、私は思わず目を見開いた。



「侍女ちゃんは最近、ハルカ付きになった? だってこの前に君を助けに来たのは、あの犬王太子君と黒猫の側近君だったでしょ?」



リヴィはつい先日、私の侍女にと紹介された女性。

ジュジュの妹な上、聡い人だから只者ではないだろうと薄々感じてはいたけれど、まさかずっと護衛をしてくれていたなんて。



「そんな会って間もないハルカに、そこの君は命をかけられるんだ?」



すると、頭の男がそんな言葉を投げかけてきた。私は思わずギョッとなる。



「出会ったばかりだとか、そんなことは関係ありません。わたくしの使命はハルカ様をお守りすることです」



だが、リヴィは淡々と言葉を返している。私は彼女の袖を小さく掴んだ。



「リヴィ、巻き込んじゃって本当にごめんなさい……」


「ハルカ様は何もお気になさらず。誰の命令でもなく、わたくしはわたくしの意思で貴女をお守りしたいのです」



すると、彼女が何故だか少しまぶたを伏せた。



「……事故に巻き込み、ハルカ様に "1度命を落とさせてしまった" のはわたくしの方です」


「え……?」



しかし次の瞬間。先程に聞いていた金属音よりも遥かに大きな音たちが、洞窟内に響き渡った。



「リ、リヴィ?! 大丈夫……?!」


「問題ありません。わたくしは白猫。暗闇での行動に慣れている彼らと同じく、夜目も効きますから。

ですが、殿下と兄が言っていた通り、この男の太刀筋はかなり正確です。他の者たちよりも格段に腕があります」



今の大きな金属音たちは、どうやらリヴィと頭の男が剣を交えていた時のものらしい。



「一先ず、身を隠しましょう」



すると、またすぐ近くにリヴィの気配を感じ、彼女の手と思しきものが私のそれを掴んできた。



「ハルカ様、捕まっていて下さい。少し走ります」


「えっ?!」



そして次の瞬間には地面からふわりと身体が浮かび上がり、リヴィの小さな背中におぶわれる形となった。



「リ、リヴィ……?!」



驚きの速さで洞窟の外へと駆け出して行くリヴィ。


中では賊たちの慌てふためく声や地を蹴る音がするが、やがてそれも私の耳から遠ざかっていく。



「応援が来るまで、あそこで待機していましょう」



隠れ家から少し距離が空いた場所へと移動した後、彼女は私を背に抱えたまま、そこに聳える木の1つに軽々と登りだした。


さらに木の頂上付近に着くと、人2人が座れそうな丈夫な枝を探し出し、その上に私を下ろしてくれる。



「今、灯りを付けます。今宵は月が出ていませんから」



そう言って、リヴィは腰袋からマッチのような物を取り出した。そしてそれに火を付けると、今度は近くにあった木の枝をへし折り、即席 松明たいまつを作り上げていた。



「リヴィ……何もかもがビックリしすぎて、何から話したらいいか分からないよ……」


「驚かせてしまい、申し訳ありません」


「……ううん。でもリヴィ、先にお礼は言わせてね。

こんな所まで付いて来てくれて、私のこと守ってくれて、本当にありがとう」


「……このようなことでしか、ハルカ様に償わせていただけないのです」



すると、また少し俯きがちにそんな言葉を話すリヴィ。



「……リヴィ。あなたがさっき言った、"事故で1度命を落とさせた" っていうのは、もしかして前世でのことを言ってる?」


「……はい」



……なるほど。私はこれで腑に落ちた。



「あのトラック事故があった日。レオとの散歩中に、急に雨が降り出したの。

その時、車道を走ってたトラックが突然横転しそうになって……」



私はそっと手を伸ばし、リヴィの髪をゆっくりと撫でた。



「そのトラックのすぐ近くに、小さな白猫の子がいたんだ」



そして彼女の目を見て、柔く微笑んだ。



「もしかして、その時の白猫の子がリヴィ?」


「…………はい」



リヴィは今にも泣き出しそうな顔になっている。



「あの時のわたくしと兄は、外で生活をしていました。道路を挟んで反対側に兄がいて、わたくしは彼のもとへ急ごうと道を横断してしまったのです……」



おそらくは彼女を避けようとした運転手がブレーキをかけたが、雨でぬかるんだ地面ではそれが思うように効かず、トラックが横転したのだ。



「一瞬、わたくしにも何が起きたのかが分かりませんでした……しかし」



リヴィの金色の瞳から、ついに涙がポロポロとあふれ出す。



「気が付くと、わたくしは貴女の腕に守られるようにして抱かれていました。……でも、横たわっている貴女は、もう二度と目を覚まされなかった」



私は思わず、リヴィを抱きしめた。



「あの後……リヴィとジュジュはちゃんと幸せに生きることが出来たの?」


「……実はハルカ様のお祖父様に、兄と共に引き取っていただいて……」


「えっ! そうだったんだ……!」



まさかのエンディング話に驚きつつも、私はもう1度リヴィの髪を撫でた。



「じゃあ、2人の名前もおじいちゃんが付けたの?」


「はい……わたくしの名はリヴィ。

"生きる" と言う意味から名付けたとおっしゃっていました」



"LIVE"

さすがは祖父。いつも前向きな彼らしい名付け方だと思った。



「話してくれてありがとう。でも、前世の私のことをリヴィが気にする必要なんてないよ。

むしろトラウマを植え付けてなかったか、そっちが心配……」



雨の日が憂鬱になったとか、トラックのような大きな車が怖くなったとか、誰かが目の前で死んでショッキング過ぎたとか……



「だ、大丈夫だった……?」


「……はい。ですが、誓いを立てました」


「誓い?」



リヴィが私の手をぎゅっと握りしめてくる。



「生まれ変わり、もう1度ハルカ様に出会うことが出来たのなら。

その時こそは必ず、貴女に幸せになっていただくために奔走するのだと、そう心に誓いました」


「……なんだか、レオとリヴィも似てるよね。ジュジュとはそっくりって、これは前から思ってたけど」



私は思わず、小さく笑ってしまった。



「じゃあやっぱり早く、2人で王城に帰らなきゃね。戻ったら北原家メンバーで再会パーティーでもしようよ」



そしてそんなことを口にした時。




「……ハルカ様、王城に戻った際は必ず。

ですが残念ながら、すぐに帰ることは難しくなってしまったかもしれません」



私の遥か向こうを見つめながら、リヴィが突然瞳孔を開き出した。

その様子に思わず眉を顰め、私も後ろを振り返る。



「?! 森が……燃えてる……?」




視界に入って来た光景は、賊の隠れ家付近だと思われる森の一部が、なんと炎に包まれている様だったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る