第18話 新月の夜に(前編)


「何が正解なのか……もう全然分からない」




本日の昼下がり、私はN王国騎士団の本拠地を訪れた。

レオに、誰にでも簡単に使える自作の治療薬たちを手渡すために。



「恋愛経験が皆無すぎて、もう頭がパンクしそう……」



けれど。日もすっかり暮れた今はというと、王城にある自室のベッド上で、両膝を抱えながら項垂うなだれている状態。



「それは、ハルカ様に愛の告白をしたレオンハルト王太子殿下への今後のご対応について、でしょうか?」



そしてそんな私のかたわらには、お茶の準備をしてくれているリヴィがいる。 



「そう……」



誰かにこの答えを教えて欲しくて仕方がなかった私は、恥ずかしさを何とか乗り越え、後夜祭での出来事をリヴィに話したのだ。



「レオと前みたいに話したくて、出来る限り意識しないように、普通に、冷静に接しようと思ってたの。……でも、上手くいかないね」



分かっている。

私が曖昧な態度を取れば取るほど、彼をモヤモヤさせてしまう。



「ハルカ様にとって、王太子殿下は犬ですか? それとも人ですか?」 



すると、リヴィがそんなことを問いかけてきた。私はほんの少し顔を上げ、言葉を紡ぐ。



「今までは前世のこと引きって、可愛い愛犬のレオとして見てた……かもしれない」


「かもしれないとは?」


「…………」



レオとアイリスが一緒に城下へ出かけた日は、ちょっと悲しい気持ちになった。

二人を親密な関係だと勘違いしていた時も、すごく心が落ち着かなかった。


そして、レオが可愛いだけではなく、とても頼りがいがあって、さらに恋の駆け引きが上手な大人の男の人だと気付いてからは、抱きしめられる度、心臓がドクリと跳ね上がっていた。



こんなことをポツリポツリ、リヴィへと話す。



「今は、レオをいつまでも可愛い愛犬だって思いたい気持ちと、そんな風に思えなくなっちゃっててどうしようっていう気持ちとがぶつかり合ってる感じ……」


「なるほど。わずらっていらっしゃいますね」



リヴィはカップにお茶を注ぐと、それを私へと手渡してくれた。


ハーブティーの爽やかな香りが部屋中に広がっている。この茶葉は確か、新緑祭の時に薬草屋の主人がオマケしてくれたものだ。



「ハルカ様は王太子殿下のことが大切ですか?」


「! それはもちろん……!」


「殿下が犬でも人でも?」


「当たり前だよ……どんな姿のレオも、私の大切な人だってことに変わりはない」


「それなら、もうハルカ様の中で答えが出ているのでは?」



リヴィにはっきりとそう言われ、私は思わず彼女を見やる。



「月並みになりますが、誰かに嫉妬するのも胸が高鳴るのも、そのお相手の方を特別に思っていらっしゃるからでしょう。


試しに他の方で想像されてみては? 殿下への想いと同じですか?」


「……他の人に対しても、ヤキモチを焼いたりドキドキしたりするかどうか……」



私は眉を下げ、1度口をぐっと結んだ。



「……しないと思う。同じじゃない」


「では、それが答えです」



リヴィが柔く微笑んだ。



「感情が定まらないままでは当然ぎこちなくなります。でも好意を認めることが出来れば、穏やかな気持ちで接することが可能なのでは」


「好意を認める……」



そう呟いた途端、身体がみるみる熱を帯び出した。今の私はきっと、茹で上がったたこのようになっているはず。



「レオのことが気になってるってちゃんと認めて、それをレオにも伝えて……」


「その調子です、その調子です」


「ハッ……! で、でも」



だが。うっかり海底の岩陰で頭をぶつけたのかと思うくらい、今度は頭痛が。



「私、今までずっとレオの気持ちスルーして、その、抱きしめられてもおでことかにキスされても何ともない顔して、しかも、他の誰か素敵な女の子と結婚して欲しい、それが私の夢だなんて言って……」


「……なかなかえぐられますね、ハルカ様」


「最低すぎる、私……! レオに気持ちを伝える前に、あのデリカシーのない数々の愚行を謝らないと!」



そして頭を抱え込み、蒼白になる私。

……こんな調子で、この先大丈夫なのだろうか。



「ハルカ様、そのハーブティーは心を落ち着かせる効能があるようですよ。それを飲まれて気持ちが整ったら、殿下の部屋を訪ねてみては?」



私はリヴィが淹れてくれたお茶をゆっくりと嚥下えんげしていく。



(レオが可愛い……愛おしい。…………好き、なんだと思う)



そう思うとやはり頭の中は落ち着かないが、ハーブティーの効果もあってか気持ちは晴れやかだ。



(……これを飲んだら、レオに会いに行こう。確か部屋に食事を運んでもらうって言ってたから)



レオと夕食を共にするのも久しぶりだ。



「リヴィ。話、聞いてくれてありがとう」


「とんでもありません。ハルカ様の平穏が殿下の心の安らぎ、さらには我が国の未来繁栄に繋がっているのですから」


「……前、ジュジュにも同じこと言われた」



今度こそ、心からの笑みが漏れた。



(ちゃんとレオと向き合おう。ちゃんと……私もあなたのことが好きだよって伝えるんだ)



私は立ち上がり、窓辺へと移動する。

窓を開けると、空は真っ暗。どうやら今夜は新月のようだ。



「よしっ、外の空気も吸えてリラックス出来た! リヴィ、じゃあ私、気合い入れてそろそろ彼の所に行ってくる……」


「そうだね。行こうか、オレたちのハネムーンも兼ねて」




……だが。何故だか私の身体はそのまま窓の外へと引きり出され、あろうことか地の方へと真っ逆さまに落ちていく。



(えっ……何がどうなったの? 私、今レオに会いに行こうとしたのに、どうして外なんかに出て…………)



一瞬、何が起きたのかが本当に分からなかった。



「ハルカ様…………!!」




この日、王城で最後に見た光景は、悲壮な声を上げたリヴィがこちらに向かって手を伸ばしている姿。そして……



「迎えに来たよ。オレの運命の花嫁さん」




最後に聞いたその声は、賊たちに襲われたあの日の夜、森の中で私を辱め殺そうとしていた、くだんの男のものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る