第17話 王国騎士団にて


"N王国最強の守護者"


それは様々な種の猛々しい獣人男性たちが所属する、N王国騎士団のこと。


団員たちは祖国を守るため、激しい模擬戦闘や基礎体力向上のための厳しい訓練を連日行っている。




「ちょっと〜〜レオンハルト副団長っ! 

後夜祭の時に大広場で民にまぎれてダンスを踊ってたの、あれって貴方ですよね?!」


「あの子が噂の、副団長の心を射止めた "犬人いぬびとのハルカちゃん" かあ!

確か、副団長より7つも年下の女の子でしたよね?」



……だが、ここ1週間。

レオが宿舎兼訓練施設のある騎士団本拠地を訪れる度、待ち受けているものはコレ。


雄々しい見目を持つ同僚たちからの質問攻め、かつ揶揄いのオンパレードである。



「意外ですよねえ! 副団長、訓練中も本番の戦闘中も死ぬほど怖いし厳しいし、どこの腹を空かせた獰猛な狼なんだって思うくらいなのに」


「でも、あのハルカちゃんて子にはとろけるような優しい笑顔で接してるし笑いかけてるしで、一瞬副団長のソックリさんかと思いましたよ」


「で、ご本人だって分かった途端、信じられないものを見たって皆で思わず鳥肌立ててしまいました」



放っておけ、昔も今も強面なのは百も承知だ、とレオは思った。



「ね〜〜副団長! 1度でいいからハルカちゃんに会わせて下さいよ!」


「この人、絶対彼女を俺たちに見せないようにしてるよな。ほぼ部屋に閉じ込めた状態で外にすら出していないって、城のメイドたちも言ってたぞ」


「ええっ、副団長って実は束縛男? というか、好きな子監禁しちゃうヤバイ男なんですか?!」



どんどんエスカレートしていく戯言たちだが、どれもある意味事実なので強く反論出来ない。



「ハルカちゃんて、確か平民の女の子ですよね? 一体どこからそんなか弱い乙女を掻っ攫って来たんです?」


「上級貴族の見目麗しいご令嬢たちに見向きもせず夢中になってるなんて、よっぽど魅力的な女の子なんでしょうね〜〜!」



レオは、可愛いルカをこいつらには絶対に会わすまいと思った。だがそう心に誓った途端……



「あ、いたいた。レオ!」


「……えっ? ひっ、姫…………?!」



こんな荒々しい男所帯の訓練施設に、後光に照らされた清く美しい天使が、突如ひょっこりと舞い降りて来たのだ。


レオは驚きつつも、その天使がたたずむ施設の門前まで慌てて駆けて行く。



「姫! こんな所へいらっしゃるなんて、どうかされましたか?!」


「ごめんね、お仕事中に。ちょっとレオに届けたい物があったから」


「届けたい物?」


「うん。あ、今少し話せる? 大丈夫?」


「もっ、もちろんですっ……!」



そう答えると、ルカは「良かった」と笑みながら、腕にかけていたバスケットの中身をレオへと見せてくれる。



「レオが前に、城下でたくさん薬草を買ってくれたでしょ? それがまだ残ってるから普段使いが出来そうな薬を色々と作ってみたの」




新緑祭の最終日、ルカに愛を伝えた日から今日で1週間。


あの日から数日間は、ルカに会えばそそくさと逃げられる毎日だった。

だがさらに数日経った今は、少しずつではあるが、前と同じように普通に接してくれるようになった。



「本当は夜……ほら、今日は晩ごはん一緒に食べようって約束してたじゃない? その時に渡そうかと思ってたんだけど、最近騎士団では怪我人が絶えないって、さっきジュジュから聞いて。

少しでも早い方がいいかなと思って持って来たんだ」



ルカはそう言いつつ、薬を取り出しながら1つ1つ、その効能を説明してくれる。



「この丸い缶に入ってるのは擦り傷と切り傷によく効く軟膏。こっちの小瓶に入ってる液体の薬は、火傷とか傷が化膿した時に使ってみて。


あと……晩御飯の話をした後にこんなこと説明するのもアレだけど、この丸薬は嘔吐薬なの。もし変なものを食べたり飲んだりしちゃった時は、これを口に入れてそのまま飲みこんで。

多分、ビックリするくらい効果があると思う」



そして最後にこそっと、

「回復魔法薬は瞬時に傷を癒せるけど、私の聖力がないと効果を発揮出来ないの。でもこの薬たちなら誰でも簡単に使えるから。傷とかを治すのに、少し時間はかかっちゃうけどね」 

と、付け加える彼女。



「わざわざこのために……ありがとうございます、姫」



ルカが会いに来てくれたことは、もちろんとても嬉しい。薬を届けてくれたことも大変有難い。だが……



「わあ! 君がこの、鬼のレオンハルト副団長の心を奪った "姫君" ?!」



だが。危惧していたことがやはり早々に起こり始めた。



「ハルカちゃんて、王城に来る前は町のお医者さんだったの? それとも薬師くすし?」


「確かまだ18歳だよね? 若いのにすごいなあ!」


「でも予想通り、可愛い女の子だった! 副団長が夢中になるのも分かるな。ちなみにこの人って、君の前ではいつもあんなデレデレしてるの?」


「おいお前たち! そんな質問攻めにしたらハルカちゃんがビックリするだろう!」


「だってせっかくレアな彼女に会えたんだぞ! 是非ともお話したいだろ!」



いつの間にか、わらわらと周りに集まって来ていた騎士団の部下たち。

ルカは彼らと挨拶を交わした後、飛び交う質問たちに当たり障りなく上手に答えている。



「……姫、そろそろお部屋までお送りいたします」



ルカは人当たりが良い。それは前世でもそうだった。

しかし。彼女が他の男どもに囲まれている様は、レオにとってかなり面白くない。



「あ、ごめんね……! 長々と話し込んじゃって。

レオはこの後もまだお仕事でしょ? リヴィが付いて来てくれてるし、ちゃんと帰れるから大丈夫だよ」


「……姫」



レオはルカの手を引いて、部下たちから少し遠ざかる。



「レオ? どうかした?」


「……あの日、俺が伝えた言葉はちゃんと覚えて下さっていますか?」



そして再びルカへと向き直り、その手を自身の口もとに寄せる。

突然のことに驚いたのか、彼女は一瞬ビクリと肩を上げた後、レオから目を逸らした。



「姫。俺はつい先日、意を決して貴女に愛を伝えました。ですが正直、フラれる覚悟は出来ていませんっ……! 

貴女が以前のように優しく接して下さるのは、本当に嬉しいのです。ですがそれは、やはり俺のことを "犬のレオ" と思ってお話されているからでしょうかっ……!」



少々息を荒くしつつそう言葉を放つと、ルカの身体がブルブルと小刻みに震え出した。



「ひっ、姫?! すみません、いきなり大きな声でこんなことを……!」


「…………せっかく」


「えっ?」



だがルカをよくよく観察してみると、その琥珀色に澄んだ瞳はうるうると潤んでいて、さらに彼女の柔く可愛らしい頬が、まるで熟れたリンゴのように紅く染まっている。



「姫……?」


「レオとギクシャクしたくないからっ! せ、せっかく普通に接しようって頑張ってるのに……!」



絞り出すようにしてそう話す彼女は、誰の目にも映したくないほど魅力的で、それはそれは美しかった。



「もう戻る……!」



レオの手を振りほどき、一目散に走って逃げて行くルカ。

そしてそんな彼女が到着した先は、自身の側近であるジュジュの妹の所。


リヴィはルカの背に手を添えながら、レオに向かって一礼していた。



レオは片手を伸ばしたまま、ルカとリヴィが立ち去る様子をしばらくの間見つめ続ける。



「ええっと、てっきり相思相愛だと思っていたんですが、副団長の片思いだったんですか? いや、でもハルカちゃんのあの態度……」


「うんうん。あの子だって副団長のこと、かなり意識してるよな?」


「あんなに赤くなっちゃって、ハルカちゃん可愛いなあ!」



部下たちがこのように言葉を重ねてくる。

そしてレオ自身もそれを認識出来た途端、まるで太陽の熱を直で受けたように顔面が火照り出した。



「え〜〜っ! 副団長が真っ赤になってる!」


「明日の天気は大嵐だな! こんな副団長が見れるのなんて、世に二度とないぞ!」


「何はともあれ、めちゃくちゃ脈アリじゃないですか〜〜! 良かったですねえ、副団長!!」



そうやってニヨニヨと笑う部下たちは、後程行われた地獄の訓練稽古で、次々とレオにはっ倒されたのであった。





(ふう……身体を動かしていないと、余計なことばかり考えてしまうからな)



ここ数週間は彼ら相手にとても神経を張り巡らせていたため、訓練もかなり厳しいものになっていた。



(姫が作って下さった治療薬が、早速役に立っている)



訓練を終了した部下たちがこぞって傷口に使用しているのは、ルカ特製の塗り薬だ。



「へえ、不思議だな。いつも使う薬と見た目は同じなのに、ハルカちゃんが作ったやつの方が肌に馴染むというか、傷口にも浸透しやすいというか」


「小さい擦り傷なんて、これ塗って数時間放っておけばすぐに治ったぞ」


「すごい子だな。ハルカちゃんなら王宮の名医も夢じゃないかもな」



談笑する彼らを横目で見つつ、レオは小さく息を付く。



(やはりこいつらの中に、あの賊のクズ野郎どもが紛れてる可能性は低い。

数百いる騎士団員の中で怪しい動きをする者がいれば、例え俺でなくとも誰かが気付くはずだ)



レオは自身の愛剣を抜き、その剣先を見つめる。



(そうなると、剣術にけた貴族の誰かか……)



"君とは今日初めて会った気が全然しないんだ。前に、どこかで出会っているのかもね?"



しかしこの時。あの夜の去り際に男が吐いた言葉たちが、ふと脳裏に甦ってきた。



(あのクズ野郎の口説き文句を思い出すなんて忌々しい。姫の知り合いを名乗るんて、烏滸おこがましいにも程がある)



だが。



(……姫と、過去に出会っている者?)



妙に気になり始めた。

男はレオのように、ルカとは前世で会っているとでも言いたいのか。それとも……



(まさか…… "K王国の人間" か?)



ルカと同じK王国出身の、正統流派の剣術を習得出来得る環境にいる人物。



(K王国は鎖国国家で、民たちの暮らしぶりはかなり貧しかったと姫も言っていた。

だがそれは貴族たちも同様だ。アイリス嬢親子が良い例だろう。


……ならば、師に付いて剣術の稽古が出来る身分の者など、自ずと限られてくる)



レオは眉を寄せ、唇を歪ませた。




( “王族" 。あの男は、K王国の王家に身を寄せている者なのか?)



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