第16話 ランタンに願いを込めて


私とレオが城下へ赴くと、大広場にはすでに数多のランタンが所狭しと並べられていた。


西へと傾き始めた太陽を背にし、新緑祭最後の催し物が今から始まろうとしているのだ。




「わあ、ほんとにすごい数のランタン!」


「祭り最大の見せ場みたいなものですからね。願い事を書いて、日が暮れてからこれを空に向けて飛ばすんです」


「確か、"天燈" って言うんだよね? 

初めて見るから楽しみだな。ちなみにダンスもここで踊る感じ?」


「はい。そろそろ民たちもやって来ますよ」



レオが言った通り、頭に花冠を乗せた老若男女たちが、次々とこの大広場に集まりだす。



(友達と一緒に参加っていうより、どちらかと言えば、恋人同士とかご夫婦の人たちが多い気がする)



辺りをキョロキョロと見回していたところ、



「姫、せっかくですし一緒にランランに願い事を書きましょう!」



笑顔のレオが私の手を引き、ランタンがたくさん置かれた場所まで連れて行ってくれる。



「姫は何を願いますか?」


「うーん……家内安全と平和な世。それと、レオの幸せかな」


「……なら俺は、貴女の夢が叶うように、ですね」


「レオはやっぱり、どこまでも優しいね」



私たちはランタンに願いを記していく。


そうこうしているうちに、大広場の中央に楽団が現れ、楽器を用いた素敵な演奏が始まった。



「姫っ、ダンスが始まりますよ!」


「レオ。私、ほんとに全然上手く踊れないけど大丈夫?」


「全く問題ありません! 皆それぞれのステップでダンスを楽しみますから。ワルツでもチークでも、それこそマイムマイムでも、何でも大丈夫です!」



レオにそう言われ、少し自信を取り戻した私。



「ふふ。上手ですよ、姫」


「……やっぱり笑うんじゃない」



けれど、レオと両手を取り合ってマイムマイムを踊っていると、やはり彼は肩を揺らしながらくつくつと笑い出したのだった。



「ひどいなぁ」


「すみません、姫が可愛すぎてつい」


「もう、そんな風におだてなくても逃げたりしないから大丈夫だよ」


「……本当ですか?」



すると。

何故だか急に片腕を私の腰へと回し、グッと身体を近付けてきたレオ。


突然のことに、私は少しギョッとしてしまう。



「レ、レオ? マイムマイムは飽きちゃった?」


「……姫。今日のこの大広場を見て、貴女は何か気付きませんか?」


「えっ?」



私は少し動揺しながら辺りを見渡してみる。



「え、ええっと。この広場に集まってダンスをしてる人たちって、恋人同士やご夫婦が多いのかなとは思ってたけど……」


「その通りです」



そして、レオは繋いでいる私の手にその唇を寄せてくる。



「?! あ、あの、」


「N王国の新緑祭では、最終日に恋人たちや夫婦が互いに花冠を送り合う習慣があります。そしてそれを身に付け、共にダンスを踊って愛を確かめ合う。


もちろん、友人同士でそんなことはしませんから、ここに集っている者たちは皆、パートナー同士です」



さらに、頬へも口付けてきた。



「……レオ。もしかして、私のこと揶揄ってる?」


「俺はいつだって真剣です。前世も今世も、姫しか見ていない。

……それなのに。貴女にとって、俺はずっと犬のレオのままだ」



今度は少し切なげに、自身の額を私のそれへと押し付ける彼。



「姫。俺はもう、何もかもが足りないのです。

抱きしめたらドキドキして欲しいし、キスしたら戸惑って欲しい。

貴女にちゃんと、1人の男として見られたい」




……もはやダンスどころではなくなってしまった。

身体はすごく熱いし、重なり合っている手には汗が滲んでいる。

そして何より、レオの顔が全然見れない。



「……でも、この強硬手段。少しは効果があったようで良かったです」



レオが私の顎下に手を添え、優しく押し上げてくる。



「こんな捨て身の告白をして、顔色1つ変えていただけなかったらどうしようかと。

……でも、その林檎のように可愛らしく染まったお顔が見られたのて、一先ずは前進ですね」



そうして、固まり続けている私にこんな言葉を囁いてくるのだ。



「姫、俺の願いは貴女の夢が叶うこと。

だから……俺の幸せがその夢だというのなら、貴女からも同じ愛が欲しい」



楽しくダンスだけをするつもりが、まさかこんな展開になるなんて思いもしなかった。

そのため、いつかの夜とは逆の症状が身体に現れている。


賊に襲われ、死の直前に立たされた時は、全身を巡る血脈がまるで氷のように冷たく感じられた。


……でも、今は真逆だ。まるで未知の病をわずらい、高熱におかされてしまったかのように熱すぎる。


思わず、私は身体をよじった。



「姫、今日は何があっても俺から逃げないと約束して下さいましたよね?」


「……っこんなの、どうしていいのか分からなくて、逃げたくなるに決まってるじゃない……!」


「駄目ですよ、絶対にのがしません」



レオが、私を囚えるようにきつく抱きしめてくる。



「ずっと貴女が好きだった。

でもそれは、前世の、あの時の姫が堪らなく可愛いとか、今世に出会った姫の、このような所が変わらず愛おしいとか、そう言った話ではなくて……


俺は、 "貴女" が好きなんだ。

北原 春花殿で、ルカ・ヒュギエイア殿である、貴女自身に恋をしているのです」




……まるで、その魂に焦がれていると言われたみたいだ。

何度生まれ変わっても、例えどのような者になっていたとしても、心から私のことを信じ続けるとでもいうように。



「姫、貴女を愛しています。

明日からは愛犬のレオではなく、貴女を愛するレオンハルトとして、俺を意識して下さいね」




レオの肩越しに、たくさんのランタンが空へと舞い上がっていく様が見える。

その光景は幻想的でとても美しく、まるで数多の輝く星が夜空を遊泳しているかのようだ。


……でも。今の私ときたら。



(これから先、どんな顔してレオと会えばいいの……?!)



あのランタンの1つになって、夜の空へと走って逃げて行きたい気持ちでいっぱいだった。




-----




「お、おい? あれって……!」


「レオンハルト副団長と、あの噂の犬人いぬびとの彼女じゃないのか……?!」



"N王国騎士団内" でも、何やら嵐がやって来る予感。


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