第15話 フリスビーと花かんむり


「姫! そっちに行きましたよーー!」


「あわわ、待って待って……!」




私は両腕を広げ、先程からあるものを受け止めている。



「"フリスビー" なんて本当に久しぶりです! 前世では姫とボスと一緒に、よく大型の公園でこうやって遊びましたよね!」




レオと私は王城を出た後、城下の少し先にある、緑豊かな小高い丘の上へとやって来ていた。



「姫、次はこっちに投げて下さい!」



丘に着いてからずっと、とても楽しそうにはしゃいでいるレオ。

そんな彼のことを優しい気持ちで見やりながら、私は当時のことも思い出す。




・・・




「レオ、ほらいくよー!」


「ワンッ!」


「ああっ、変な方角に投げちゃった……」


「ワンワンッ!!」


「わっ、すごいすごい! レオってば走るの早い! しかもどんな方向に飛ばしてもちゃんとキャッチしてくれる! う〜ん、いい子いい子!」



フリスビーを咥え、戻ってきた愛犬レオをわしゃわしゃと撫でる私。

そして目を細め、嬉しそうに尻尾を振っている彼。


私は、ベンチに座りながらこちらを微笑ましげに見守ってくれている祖父にも声をかける。



「おじいちゃん! おじいちゃんも一緒にフリスビーやろうよ!」


「春花。おじいちゃん、もう70手前やで」


「そんなこと言って、毎朝レオと一緒にジョギングしてるの知ってるんだから。おばあちゃんは歳なのにって心配してたけどね」


「ははは、おばあちゃんひどいな。でもまあ、まだまだ若いもんに負ける気はせんわ。


春花、レオ。2人ともしっかり付いてくるんやぞ!」



そう言って私たちの遊びに付き合ってくれていた、優しい祖父。




・・・




(……懐かしいな)



手に持っているフリスビーをじっと見つめながら、少しの間あの頃の幸せな気持ちに浸ってしまっていた。



「姫? どうかされましたか?」


「あ……ごめんね、ぼうっとしちゃって。じゃあ今度は私が投げるからね。ばっちりキャッチして」


「はいっ、お任せ下さい!」



相変わらず下手な方角へと投げてしまう私なのだが、レオは前世と同様、上手く受け止めてくれる。



「少し休憩しましょうか、姫」


「そうだね。随分と長い時間遊んでたしね」


「はい。それに、姫の手作りサンドウィッチが早く食べたいですっ!」


「あはは、お腹も空いちゃったね」



私たち2人はシートを広げ、そこに腰かけながら、野菜がたっぷりと入ったサンドウィッチを頬張った。



「お、美味しいっ……! こっ、これは世界一美味しいサンドウィッチですっ!」


「ありがとう。レオはほんと、褒め上手だね。……私が心配なんかしなくても、すぐに素敵なお嫁さんが来てくれそう」




見目も申し分なく美しい上、性格も明るくて人懐っこい。そして話し上手、聞き上手、相手をとことん甘やかしてくれる。


ジュジュが以前、レオのことをとても淡白だと言っていたが、そんなことが全くもって信じられないくらい。


公務も丁寧かつ全て正確にこなしているようだし、王国騎士団の副団長として剣術にも大変長けている。



こんな完璧な男性を、世の女性陣が放っておくはずがないだろう。



「……姫。以前、国王陛下の執務室で俺が言ったことを覚えておられますか?」


「え?」



すると、1つ目のサンドウィッチを食べ終えたレオが、少し眉を寄せるようにして私を見つめてくる。



「何度でも言います。俺が生涯をかけてお守りしたいのは、姫、貴女だけなのです」



心なしか、耳も尻尾も少しばかり下がり気味になっているレオ。

私は思わず、彼の頭へと手を伸ばした。



「……ありがとう。でもね、私だってレオには幸せになって欲しいって思ってるの」



彼は以前、自身のことを私の忠実な従者だと言っていた。

でも、私としてはいつまでもそう思っていて欲しくない。



「今世こそは素敵な女性ひとと結婚して、可愛い子供たちに恵まれて、絶対に長生きして欲しい……私の、ちょっとした夢なんだ」


「……っ、それならば…………!」


「え?」


「……いいえ、何でもありません」



項垂うなだれているレオのことを、私はゆっくりと撫で続ける。

彼は、他にも何か伝えようとしていたのだろうか?



「……姫。少し休憩したら、今度は花冠を作りましょうか。この丘にはたくさん花が咲いていますし」



顔を上げたレオ。彼の視線を辿ると、その先には城下が広がっている。



「新緑祭も今日が最後の日です。夕暮れ後には数多のランタンが夜空に浮かびますよ。


でもその前に。店じまいされた大広場に民らが集まって、皆思い思いにダンスを踊るんです」


「そうなんだ、素敵だね」


「はい。今日は男も女も皆、色とりどりの花冠を付けているはずです」


「そっか。新緑祭って確か、春の草花を愛でるお祭りだったよね」



丘に咲いている彩り豊かな花たちを見渡し、私もそう言葉を紡ぐ。



「……姫の花冠は、俺が作っても良いでしょうか?」


「わ、いいの? じゃあレオの分は私が作るね」


「ありがとうございます」



柔く、だがどこか切なそうに微笑んだレオ。



「レオ……?」


「さあ! そうと決まれば、姫に似合う花たちをたくさん集めなければっ。

貴女はとても聡明で美しいですから、そのイメージに合うようお作りしますね!」



しかし、すぐにいつもの明るい表情へと戻り、残りのサンドウィッチやデザートのプディングを綺麗に平らげてくれた。美味しい美味しいとまたもや満面の笑みで。





「姫、姫! こちらの方にも綺麗な花がたくさん咲いていますよ!」



そうして食後。私はレオと共に一生懸命花冠を作り上げていく。



「ほんとだ。このオレンジ色の花も入れようかな。レオの髪色に似合いそうだし」


「ありがとうございますっ。それにしても姫、花冠を作るのすごくお上手ですね!」


「いやいや、器用すぎるレオには負けるよ……というか、作り方教えてくれてるのもレオじゃない」


「でも姫。昔、家の庭に咲いていた花たちでも作っておられましたよね?」


「そう言えば、おじいちゃんが育ててた花をちょっと分けてもらって、いびつすぎる花冠作ってたね。しかも、それをレオに乗っけて遊んでた気がする……尻尾にも通したりしてね。

でも、レオはそんなことでもすごく喜んでくれてたっけ」


「姫にしていただけることなら、何だって嬉しいですからっ」


「レオってばほんと、心も広いし優しいよね。昔も今も」


「……全部、貴女にだけですよ」


「え?」


「いえ、ダンス楽しみですね! 姫とチークダンス♪ 姫とチークダンス♪」


「へっ、チークダンスなの? 私、てっきりマイムマイムみたいな民族ダンスかと思ってた」


「くっ……! マイムマイムを踊る姫も絶対にお可愛らしいっ! 是非とも堪能したいっ……!」



時折昔を懐かしみながらもそんな他愛無い話を続け、花冠を仕上げていく私たち。



「さあ、姫も俺も出来上がりましたね。ではそろそろ、城下に向かいましょうか」



そう言って、立ち上がったレオが手を差し出してくれる。



「昔より綺麗に出来て良かった。これを頭に乗せて、みんなでダンスするんだよね? うーん、落っことさないかな、私」


「ご心配なさらず。俺がずっとお側にいますから、万一落ちそうになっても上手くキャッチいたします。フリスビーのように」


「あはは、心強い」



私はレオの手を取り、彼の隣に並び立つ。

すると、彼は仕上がったばかりの花冠を私の頭へと乗せてくれた。



「ありがとう」



レオが作ってくれたそれは、白色を基調に薄桃色や黄色い花々で彩られた、とても美しいもの。



「姫。ダンスの時に何があっても逃げ出さないで下さいね」


「えっ。もしかして、私がダンス上手く踊れなくて、それで恥ずかしくなっちゃって逃げるかもとか思ってる?」


「真っ赤になっている姫……是非見たい……それはそれでありかもしれないっ……」


「ちょっと、失敗するのって前提? それってひどくない?」



眉根を寄せて抗議すると、レオは少し声を上げて笑い出す。



「大丈夫、どんな貴女も魅力的ですよ」



合わさった彼の視線には、私のことを慈しむような、そんな優しさがにじみ出ていた。



「どうか俺から逃げないで下さい。約束して下さいますか?」



だが。同時に、何かを決意しているような、そんな力強さも感じられた。



「分かった。何があってもレオから逃げたりしないよ。……だからダンス、下手でも笑わないでね?」


「あはは! もちろんですっ!」


「……もう笑っちゃってるじゃない」



再び柔い表情になったレオに、私からも花冠を贈る。


黄色や濃い橙色の花たちをふんだんに使った花冠は、レオの髪や肌の色にとてもよく馴染んでいた。



「姫が俺のために作って下さった、世界でたった1つの花冠ですよね。……すごく嬉しいです」




しかし、私はまだ知らないのだ。

この時の私の言動が、後程とんでもない事態を発生させてしまうということを。


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