第14話 芽生え
「姫。俺が生涯をかけて大切にしたい女性は、前世でも今世でも貴女ただ1人です。この先どんな困難が待ち受けていようとも、それだけは変わりません」
照明の光がまるでスポットライトのようにレオへと降り注いでいる。
「お、俺は……俺はっ……あ、ああ貴女のことをっ……! ああああ愛していますっ……!
もし姫がお許し下さるなら、そ、その、俺を、貴女のここここ恋人にっ……恋人にして下さいっ…………!!」
「……王太子殿下。そういった
ここは王城にあるレオの寝室。
天蓋付きの広いベッドに横たわっている女性は、彼の愛おしい姫君である。
「そんなことは分かっているっ! 姫が寝ている時しかこのようなことはまだ言えないんだ!
もし、申し訳なさそうに「ごめんなさい……」なんて言われてみろっ! もう立ち直れないだろうがっっ!!」
レオがくわっと濃褐色の
「可愛い……好きだ……愛してる……傷付けたくない……誰にも渡したくない……絶対に守り抜きたい」
レオはベッドへと腰掛け、ルカの柔い頬を指で撫でる。
「他の女との仲など二度と疑われたくない……二度と危険な目に遭わせたくない」
「殿下……」
「姫の身の回りのお世話は全部俺がしたい……このままずっと、俺の寝室に姫を閉じ込めておきたいっ……」
「……殿下、殿下。心の闇の部分までダダ漏れです」
「ハッ……!」
両手の平で1度口もとを押さえた後、レオは大きく息を吐き出した。
「姫への愛の言葉を常に考えていないと、今の俺は怒りでどうにかなってしまいそうなんだ。
……昨晩、姫はあの賊のクズ野郎どもに、命も身体も奪われそうになっていた。
本当なら奴を八つ裂きにして、城壁に晒してやりたいくらいだ……!」
「ですがまだ、彼からは得なければならない情報があります」
「そうだ、そのために生かしている。……だが事が終わればすぐ、皆まとめて地獄へ送ってやる」
血管が所狭しと浮き上がっている額へと手を添えながら、レオがそう言葉を放つ。
「殿下。此度の件があったことですし、ルカ殿には彼女専属の付き人をご用意されては?」
「付き人か……しかし、このN王国で姫の事情を知り得ても問題ない者など俺たち以外に…………待て」
「そう、"あの者" です。あれなら心配ないでしょう」
「……あいつか」
レオはとても複雑そうな面持ちになる。
「殿下はご公務、それに騎士団副団長としての仕事がおありです。僕も秘書官だけでなく隠密業務も兼任していますから、常に王城にいるわけではありません。
ルカ殿がこのN王国でも命を狙われ始めた今、彼女にはいついかなる時もお
「……本当ならその役は俺がしたい」
「自身のやるべき仕事を放棄する男性を、ルカ殿が好まれるとは思いませんが」
「くぅっ……!」
とても悔しそうに地団駄を踏んでいたレオだが、やがて決意したようにジュジュへと向き直った。
「あいつはいつ帰ってくる」
「3日後には」
「戻り次第、すぐに俺のもとへ連れて来てくれ」
「御意。そして殿下、僕は引き続き宰相閣下とアイリス嬢親子の動向も探ります」
「……目に見える確かな証拠と現場を抑えなければ奴らの罪を立証出来んというのが、何とも歯がゆいな」
「はい……ですが、彼らも徐々にその尻尾を出してきています。近いうちにまた、何か動きがあるかと」
「ああ。必ず証拠を手に入れ、犯してきた数々の罪を奴らに認めさせる」
レオのその言葉に、ジュジュは深く頷いた。そしていつものごとく窓から颯爽に飛び立って行く。
部屋にはレオとルカ、2人だけが残される。
「……それに。あの賊だけは二度と、姫には近付けさせん。
だが、どんな目的があって宰相と繋がっているのかは明確にする。
奴の行動には必ず、何か意図があるはずだ」
レオはルカの額にかかる髪をやさしく払った後、ゆっくりと彼女の手を取る。
「姫。今世こそは必ず、どんな敵からも、どんな厄災からも貴女を守ってみせます」
脳裏を
事故現場に横たわり、冷たい雨に打たれ続けていた彼女。
そして昨夜の、あの
「犬のレオではなく、貴女を愛する1人の男として、ずっと……どうか生涯、お
揺るがない忠誠と決意を込めて、レオはルカの手背にそっとキスを落とした。
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(つい1週間前に悪質な薬物取引きと誘拐騒ぎがあったなんて思えないくらい、綺麗な場所)
私の部屋の窓からは王城の中庭がよく見える。
色鮮やかな季節の花々に、洗練された噴水。
透き通った水面に花びらが舞い落ちている様は、なんとも趣がある。
私は窓枠に両肘をかけ、頬杖を付く。
(何はともあれ、やっぱりN王国って全部が豊かだな。人は元気だし、町も清潔に保たれてる。
賊や毒病のことで心配な点はあるだろうけど、H王国やM王国とも友好関係を築いてるみたいだし)
けれど。そうなると心配になるのはやはり、鎖国をしている貧困祖国・K王国のこと。
(あの国はどうして鎖国なんてしてるんだろう。K王国の国王様は穏やかな人だし、外交が苦手とかそういう訳でもなさそうなのに。利益を考えれば絶対開国するべきだよね。自給自足にこだわりすぎて、逆に貧乏になってるくらいなのに)
しかし、K王国にはこれといって特出したものがない。
私は部屋に飾ってある見事な調度品たちへと目を向ける。
(H王国のガラス製品にM王国の刺繍絨毯。城下の露店に並んでた商品たちは輸入系も多かったな。
でも、野菜とか乳製品、あと薬草や鉱石なんかは全部N王国産のものだって、お店の人たちも言ってたよね)
ここでの食事や他の調度品などを見ているとよく分かる。
この王国は高度な技術や生産物を、全て満遍なく併せ持っている感じだ。さすが大陸一の大国。
(そう考えると、K王国が唯一誇れたものって聖女の力くらいなのかも。自分で言うのもあれだけど)
私はふぅと息をつく。
(でも、私の聖力を外国との交易材料にしようって考えてる感じはなかったな。
特に王妃様は、他国の人たちのことをあまり良くは思ってなかったみたいだし……)
そんなことをぼんやりと考えていた時。
「ハルカ様。レオンハルト王太子殿下がまもなく参られます。お通ししてもよろしいでしょうか?」
ノックの音と共に、ある女性の声が部屋扉の向こう側から聞こえてくる。
「あ、ちょっと待ってね……!」
私は慌てて窓を閉め、ドアへと駆け寄った。そしてドアスコープから部屋の外にいる声主がちゃんと "彼女" であることを確かめ、鍵を開けてドアを開く。
「知らせてくれてありがとう、"リヴィ"」
彼女は数日前から私の専属侍女となった、
レオかジュジュとしか王城内を行き来出来ないのは今後不便だろうと、彼らに紹介されたのがリヴィ。
「いいえ、ではわたくしはこれで。またハルカ様がお部屋に戻られ次第、お
しかも彼女の正体はレオの有能な側近、ジュジュの双子の妹なのだそう。
確かにその整った顔立ち、冷静沈着な性格は彼にとてもよく似ている。
(ほんと、美少年・美少女兄妹だなあ。あ、でも二人とも私より年上なんだっけ?)
どう見ても10代半ばだが、実年齢は確か23歳。ちなみに、ジュジュは黒猫獣人だがリヴィは白い猫耳と尻尾を持っている。
「姫! だだ今戻りました!」
そして、そんなリヴィとすれ違うようにしてやって来たのは、満面の笑みを浮かべたレオだ。
リヴィは1度立ち止まってレオへと一礼した後、そのまま静かに立ち去って行った。
「お帰りなさい、レオ」
「……姫、あいつとは上手くやっていけそうですか?」
「もちろん。私が魔法薬を作る時も、調べ物をしに書庫に行く時も、ずっと
退屈していないかを彼女に聞くと、決まって「問題ありません」と返ってくる。そんな所までジュジュにそっくりだ。
さらに、リヴィには私の諸事情も全て話してあるとのこと。つまりレオとジュジュにとって、とても信頼のおける人なのだ。
「それなら良かった……
それはそうと、姫! 本日も公務と騎士団での鍛錬、ちゃんと両方とも、最後まできっちりしっかりばっちりこなしてまいりましたっ!」
部屋へと入るなり、レオは私の右手を両の手で包み込み、キラキラとした目を向けてくる。もちろん、フサフサの尻尾もブンブンと揺れている。
「ふふ、お仕事お疲れ様。今日は随分と早かったんだね」
「姫と何かお約束している日は、いつもの3分の1の時間に全てを詰め込み、それらを高速で終わらせております!」
「えっ? えっと、それって大丈夫?」
「ご心配には及びません! これも俊敏に物事を進ませる訓練の一環だと思えば!」
「そ、そっか」
少し申し訳ない気持ちになりながらも、私はレオにつられ笑みを
「……姫。頑張った俺にご褒美は下さらないのですか?」
そう言われ、慌てて彼の頭をヨシヨシと撫でる私。だが、そうすると決まって……
「姫っ……! 今日もお綺麗でお優しいっ! 俺の女神様っ!!」
などと言って、ガバリと抱きついてくる。
……そして、固まる私。
(何だかここ最近、レオとこんな風に触れ合うのが緊張する……
撫でたりするのは全然平気なんだけど、こんな感じでぎゅっとされると、ちょっとどうしていいのか分からなくなるというか……)
先日。実は少々気になって、アイリスとの件をジュジュにもう少し具体的に聞いてしまった。
……そしてその時。
可愛い愛犬だとばかり思っていたレオが、実のところ、恋愛の駆け引きがかなり上手な大人の男性だったということに、はっきりと気が付いてしまったのだ。
(まあ、アイリスの場合は牽制するためだったんだろうけど……)
「姫? どうかされましたか?」
少し身体を離したレオがコテンと首を
(うっ……それなのに、こんな可愛い表情してくるんだから。このあざとい25歳め)
ゴホンと1度咳払いした後、私はスススと完全にレオから離れ、にっこりと微笑んだ。
「何でもないよ。準備出来てるから一緒に出かけよう」
「! はいっ!!」
犬耳カチューシャを装着し、そしてさらにその上からショールを
私たち2人は、こうしてとある場所へと向かったのだった。
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