第8話 繋がり
(よし、大回復薬の大量生産はこれで完了。
あとは中回復薬と小回復薬の予備も作っておかないと)
ここはN王国・王城のとある一室。
長年誰も使用していない部屋なのか、ここの調度品たちは随分と古めかしく、他の煌びやかな部屋とはまた違った雰囲気を
(新しい薬もいくつか試作してみようかな)
そして私は今、この部屋を借りてさまざまな魔法薬を製作中だ。
(そうだ、激辛唐辛子スプレーと爆薬煙幕も、もう少し準備しておこうっと)
こちらは護身のための必需品。いつぞやは大変お世話になった。
薄暗く古びた部屋の中で1人、巨大な
……うん。今なら納得できる。
この情景はどこからどう見ても、魔女が怪しげな儀式を行なっているようにしか見えない。
「ルカ殿、ご苦労様です。魔法薬の調合はもうお済みになりましたか?」
「ジュジュ!」
ノックされた扉の向こうから、ジュジュが顔を覗かせる。
「うん、この
「……相変わらず、恐ろしい匂いが充満していますね」
「そう? もう慣れっこだから私にはあんまり分からないな。どんな匂い? 薬草っぽい感じ? それとも煙臭い?」
「1日中 武術稽古をされた騎士団の
「……ちょっと、想像するのが怖いよ」
私は手で瓶の上部を何度か
ふむ、別に何とも思わない。慣れとは恐ろしいものである。
「ルカ殿。先日申し上げた通り、本日はレオンハルト王太子殿下がアイリス嬢を連れ、城下に赴かれる予定です」
「あ、うん……そうだったね」
私は戸棚に、魔法薬を詰めたビンを並べていく。
私を魔女に仕立て上げ、火炙りの刑にしようとしたK王国の中年騎士とその娘がN王国にお忍びで来ている、ということを知らされたのは一昨日のこと。
レオと共に新緑祭に出かけてから、今日で1週間が過ぎた。
「貴女を殺そうとした犯人候補2人が来ているというのに、随分と落ち着いておられますね」
こちらに歩みを寄せたジュジュが、片付けを手伝ってくれる。
「まあね。命を狙われるってことが、もう慣れっこになってるのかも」
「良くない慣れですよ、それは」
「あはは、そうだよね。あ、ジュジュ。魔石の破片掃除ありがとう。手、切らないように気を付けて」
「……僕のことより、ご自身の心配をなさって下さい」
「ははは」
片付けが終わり、私とジュジュは揃って部屋を後にした。
「さて、ルカ殿。本日は殿下がご不在のため、僕が貴女の話し相手兼護衛を務めます」
「何だかごめんね……ジュジュにも迷惑かけちゃって」
「とんでもありません。貴女の平穏が殿下の心の安らぎ、さらには我が国の未来繁栄に繋がっているのですから」
「えっ? み、未来繁栄……?」
淡々と言葉を放つジュジュだが、至極真面目に言っているのは分かる。
「今日は午後からどのように過ごされますか?」
「うーん、そうだなぁ……あ、王城の中に図書室はあったりする? N王国の歴史書があれば読みたいんだけど。
あと、王国の地形図とか植物が詳しく載ってる資料なんかもあれば嬉しいな」
「それなら全て、王城書庫にございますよ」
「本当?」
「おそらくは毒病に関することをお調べになりたいのでしょう?」
「う、うん……」
「棍を詰めすぎないとお約束して下さるのなら、僕がご案内いたします」
「わ、ありがとうジュジュ!」
ジュジュもレオから、先日城下で仕入れた情報を聞いているのだろう。私たち2人はこうして書庫を訪れることになった。
(まずはN王国の歴史書を読もう。私はまだ、この国のことを全然知らないから。
それと、王国のどの地域にどんな植物が自生してるのかも調べて……)
私は左腕に付けられた、レオと揃いのブレスレットにそっと触れる。
彼が、今日はアイリスと2人で城下を訪れている。そのことを考えると、何故だか少し胸が苦しくなる。
(大事な愛犬を取られた気分になってるのかな……だからって訳じゃないけど、今日はそのことを思い出さなくていいくらい、本をたくさん読み込もう)
私は書物を息つく暇なく読み
見かねたジュジュに、「棍を詰めすぎないとお約束しましたよね?」と、時折強制的に休憩を取らされながらも。
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「まあっ! 豪華で素敵な装飾品や調度品がたくさんっ!
わたくし、こちらの髪飾りとネックレス、それにあちらのガラス花瓶が欲しいですわ!」
賑わう城下に、甲高い女の声が響く。
「……アイリス嬢、そろそろ城に戻りませんか」
「殿下ったら! わたくし、こんなに賑わっているお祭りは初めてですし、あと少し堪能させて下さいませ。
あら、そちらの絨毯も素敵! 刺繍が大変見事ですわ!」
「…………」
「もう、殿下ったら……貴方が王城にお戻りになりたいのは、その、わたくしと早く2人きりになりたいから……ですの?」
「…………チッ」
思わず舌打ちをする。
今すぐにでも父親
という感情を必死で押し殺しながら、レオは城下を歩き続けている。
「もう戻りませんと、俺が王太子ということも、アイリス嬢が鎖国国家よりN王国へ不法に訪れていることも民に露見してしまいます」
「まあ。そうなればその民を罰すればよろしいではありませんか。
王太子殿下だと騒ぎ立てた罪、王太子殿下の賓客であるこのわたくしを批判した罪として!」
……話にならない。もうため息すら出てこない状況だ。
「アイリス嬢には婚約者殿がおられます。ご成婚前に別の男と2人で長時間町を歩いているのは体裁が悪いのでは?」
「あら……」
レオの言葉を聞き、アイリスがまた、彼の腕に自身のものを絡めてくる。
「もしかして、嫉妬していらっしゃいますの?」
「とんでもない」
レオはスルリと腕を抜き、またスタスタと歩き始める。
「うふふ……勇ましい見目に反して、お可愛らしい所もあるのですね。でも、ご安心下さいな。もし、わたくしがこのままN王国で生活することになれば、そんな婚約もなかったことになりますわ」
「残念ながら、我が王国はK王国からの帰化を認めておりません」
「でも、N王国の方と結婚をすれば話は違いますでしょう?」
アイリスはレオの前に回り込み、上目遣いで彼を見上げてくる。
「王太子殿下、わたくしはK王国の救世主でございます。……もしこの先、祖国のような疫病がN王国を襲おうとも、わたくしが必ずお守りいたしますわ」
「……それは、一体どういうことですか?」
「殿下。このN王国のどこかに魔女、ルカ・ヒュギエイアが身を潜めているはずなのです。どうか貴方の手で彼女を捕らえ、わたくしの前に差し出して下さいまし。
魔女にK王国での罪を自白させ、改心させることがわたくしに課せられた新たなる天命……
もし彼女が良い心を取り戻せたのなら、わたくしの
アイリスはレオに向かい、片目を
「わたくしは必ず、王太子殿下のお役に立てますわ」
「……へえ、なるほど。もしよろしければ、そのお話をもっと詳しくお聞かせ願えますか?
……俺の寝室で」
「! ええ、ええ……! もちろん、喜んで……!!」
アイリスが顔を赤らめ、恥じらうような笑みを浮かべながら、再びレオに腕を絡めてくる。
だがレオは、今度はその腕を振り
「アイリス嬢、俺が貴女を天へとお連れいたしましょう」
「まあっ……大胆な殿方……!」
レオは全身に血脈が所狭しと浮き出る感覚を覚えながらも、ただ前だけを見据え、王城へと続く道を歩いて行く。
口もとに、鋭く弧を描いて。
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