第9話 招かれざる客
「ルカ殿、そろそろお部屋へ戻りましょう。もう日も暮れますから」
ジュジュにそう
「分かった。長い時間読書に付き合ってくれてありがとう」
「問題ありません。王太子殿下の勉学に丸3日、騎士団の鍛錬に丸7日付き従ったこともありますので。もちろんほぼ徹夜で」
「……レオはもちろんだけど、ジュジュもすごいよね」
ジュジュが王城の3階から華麗に飛び降りて行った時のことを思い出す。
レオの側近に任命されているくらいなのだ。文武両道、優秀なのは当然だ。
私とジュジュは書庫を出、長い廊下を歩き出す。
「……レオも、そろそろ戻って来てるかな」
「そうですね。アイリス嬢に色々とお土産を買わされていることでしょう」
「そっか……」
「もちろん、支払いは国王陛下持ちですが」
「えっ?」
「殿下は好いてもいない女性のために、自ら何か行動を起こされるような方ではありません。かなり淡白ですよ、ルカ殿以外には」
思わず、レオと揃いのブレスレットに手を添える。
「……そっか」
「はい。だからそう気にせずとも、明日になればまた、貴女の所へ尻尾を振りながらお越しになりますよ」
「……もしかして、今日レオを取られてちょっと寂しかったの、ジュジュにバレてた?」
「ええ。とても分かりやすかったです」
「そ、そっか」
何だか恥ずかしくなる。
この後もしばらく2人で歩き続け、やっと寝室のある階まで戻って来た。
「と、噂をすれば。ルカ殿、王太子殿下です。意外と早いお帰りだったのですね、もう自室にいらっしゃったとは」
ジュジュの言葉に視線を上げると、レオの部屋の扉から丁度軽装の彼が出てきた所だった。
「わ、ほんとだ。声かけても大丈夫かな?」
だが、「レオ」と彼の名前を呼びかけた時、
「では、ご機嫌よう。本日は貴女も俺も、とても有意義な時間を過ごせましたね」
彼の寝室からもう1人、誰かがゆっくりと姿を現した。
「…………え?」
それは、長く美しいブロンドの髪を
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(……はあ。明日からどうやって、レオと顔を合わせたらいいんだろう)
寝室のベッドへと突っ伏したまま、ずっと動けないでいる私。
日はとっくに沈み、もうすっかり夜になっている。
(確か、国王様もアイリスのこと勧めてたよね。城下に出て2人で話してみたら、意外と気が合った、とか?
あ、でもK王国の第2王子様と婚約したとか何とか……えっと、ややこしいな)
頭が上手く回らない。
(でも、あんなに私を気遣ってくれてたレオがアイリスのことを好きになったりする……? 私を魔女に仕立て上げたのがあの人たちだって、彼は知ってる。
……いや、それは
今世の私は、もう彼の家族でも何でもないんだから)
もしレオがアイリスを気に入ったのなら、やはり私はここにはいられない。
(森に戻って、また逃亡生活を送ることになるのかもしれないな……)
レオの部屋から出てきた人がアイリスだと分かった瞬間、私は逃げるようにして自室へと走り戻った。
(部屋まで送ろうとしてくれてたジュジュにも、お礼言いそびれちゃった)
頭も心もぐちゃぐちゃで、ため息しか出てこない。
それでも、私は何とか身体を起こし、ゆっくりとベッドから立ち上がった。そして窓の近くへと移動する。
(少し、外の空気を吸おう。今日はずっと、薬部屋と書庫に篭りっぱなしだったから)
今夜もかろうじて月が出ている。
だが雲が多いのか、その輪郭は
(これからどうしよう……)
そんなことを考えていた時。
ふと、誰かが王城の柱影から姿を現し、中庭の方へと歩いて行く様子が見えた。
(……あの人、こんな夜更けにどこ行くんだろう?)
辺りは暗く足もとが見えないためか、その人は手に持っていたであろうランプに灯りを付けた。
(! あの人、アイリスのお父さんだ)
思わず、ベッドにかけてあったショールを頭から被った。そして目だけを出し、
(誰かもう1人、向こうから歩いて来る)
その人物は中年騎士の方へと歩みを寄せて来た。
背が高く、身体はふくよか。そして男性。
服装の感じや年齢的に見ても、レオや中年騎士のような騎士団の人ではなさそう。
私が基本部屋に篭っているせいもあるだろうが、彼は初めて見る顔だった。
(誰なんだろう……ん? 何かを騎士の人に渡してる?)
暗くてあまりよく見えないのだが、中年騎士が持つランプの前で、何かを彼に手渡しているように見えた。
(怪しさ満載の現場に遭遇しちゃったよ……これってレオやジュジュに、一応報告しておいた方がいいよね)
音を立てないように、ゆっくり窓とカーテンを閉める。そしてすぐに、こっそり廊下へと出た。
私は戸惑いながらも同階にあるレオの部屋前まで行き、その扉を叩く。
「レオ、レオ!」
けれど、一向に返事はない。彼は今、不在なのだろうか。
(……もしかして、今度はアイリスの部屋に行ったのかな)
迷った末、私はそのまま廊下を進み、螺旋階段を降りて行く。そしてさらに、中庭へと続く通路を歩き続けた。
(もし、さっきの男の人が国王様の代わりに動いてる人だとしたら、手渡してたものは "アレ" の可能性がある)
やっとのことで中庭へと出たが、そこにはもう2人の姿はなかった。
(もしあれが本当に、毒病の原因になる "毒薬" なら、あの騎士の人は一体どうするつもりなんだろう。
K王国に持ち帰る? それともこのN王国で、誰かに使うつもりだったり……?)
考えれば考えるほど、冷や汗が出て来る。
(……だめだ。やっぱり1度部屋に戻ろう。私があの2人を探して仮に見つけることが出来たとしても、そこからどうしようもないもの)
聖女といえど、こういう時は無力だ。男性2人の力に敵うはずもない。
そう思い、私が踵を返そうとしたその時。
「?!」
突然、誰かに手のひらで口もとを抑えられ、さらには身体を抱き込むようにして
(だ、誰かいたの……?!)
必死にもがきつつ振り返ると、私を抱えているのは全身黒ずくめのフードを被った人物。さらに同じ格好をしている者たちがあと数人ほど、柱の影から現れた。
(さっきの2人じゃない。この人たち、一体何者?)
「こいつで間違いないな? "
「存外元気な娘だ。今殺してしまうか?」
「駄目だ。王城内でこれ以上騒ぎは起こせねえ」
「なら睡眠薬で眠らせよう。隠れ家までの道を覚えられると面倒だ」
「いや、その必要はないんじゃねえか? この女は後で殺すことになってるんだ。なんせ殺害までが依頼だからな」
物騒な会話ばかりが耳に入って来る。
でもその内容から、これは無差別の人攫いではなく、初めから私を狙った犯行だということが明確になる。
(……まさか。城下でも噂されてた、例の賊……?)
身動きが取れないため、さすがに私も焦ってくる。
「取り敢えず、ここを離れるぞ」
黒ずくめの者たちは、王城の中庭から城外に向かって勢いよく走り出した。
肩に私を担いで。
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