第7話 城下デート(後編)


"こいつの顔は人相が悪くて、まるで悪党みたいだろう? しかも体がデカくて性格も獰猛どうもうときた。

だから多少手を上げても問題ないんだよ。

それに、これは躾なんだぞ? 誰がこいつの主人なのかをはっきりと分からせてやらないとな"


"この左耳、元の飼い主にハサミで切られた跡らしいのよ。でも、傷付けられてる最中も平然としてたみたいで。この犬は痛みに鈍いのかもしれないわね〜"



そんな訳あるか。

刃物で肉をえぐられたら、誰だって痛いに決まっているだろう。



"まあ、最終的に元の飼い主に牙を剥いて、ここに連れて来られたんだけど。殺処分にしてくれってね"



悪質な最初のオーナーも、保護センターの無知な職員も、馬鹿な戯言をほざく前に1度経験してみろ。


苦痛すぎて、腹立たしすぎて、噛み付かれても文句なんか言えないはずだ。




"ねえおじいちゃん! この子が私たちの家族になってくれる子?

こんにちは、初めまして。私、春花っていうの。今日からよろしくね、レオ!"



……でもまあ。この傷のおかげで姫と出会えたのだ。ならこれは、俺にとっての勲章だ。


姫と出会う前の犬生など、単なる通過点。

彼女と出会ってからが、俺の犬生の全てだ。




-----




「レオ、レオ。大丈夫?」


「…………姫?」


「良かった、気が付いた。レオ、立ったまま急に寝ちゃうからビックリしたよ」


「えっ……俺、寝ていましたか?」


「ほんの一瞬だけね。寝てたというか、魂が抜けてたというか」



私の膝上で、まだぼんやりとしているレオ。だが何かに気付いたように、急に真っ赤になって上半身を起こす彼。



「ひっ、ひっ、姫にっ……! 姫に膝枕をしていただいてたのですかっ?!」


「そうだよ。気分は? 大丈夫?」


「はいっ! すこぶる元気ですっ! 欲を言えば姫の膝枕をもっと堪能したかったです!! 何故寝てしまっていたんだ俺!!」



(あ、良かった。いつもの元気なレオだ)



彼の様子を見て少し安堵する。

眠っている間、ずっと眉間に皺を寄せていたから、夢見が悪かったのではと少し心配していたのだ。



「姫はお腹いっぱいになりましたか?」


「うん、ありがとう。今からは毒病の情報収集に励むよ。でも王国の人たちって、どこまでそれについて知ってる感じなのかな」


「……姫、先程も言いましたが貴女はそんなことをしなくとも……」


「ううん。やっぱり、私だけ王城でのんびり過ごす訳にはいかないよ。身元は隠しつつ、怪しまれず、こっそり情報収集するから……少しだけお願いします」


「……頑固な所も、責任感が強すぎる性格も前世と変わりませんね。でも、そんな所も愛おしいです」


「あはは。相変わらず甘やかし上手だなぁ、レオは」




無茶な立ち回りはしないと言う約束のもと、私たち2人は町での聞き込みを開始する。



「こんにちは。素敵な絨毯たちですね」


「ありがとう。うちの織物にはM王国産の羽毛糸を使ってるのさ。あそこは鳥人ちょうじんのお国だから、良い羽毛が手に入りやすくてね。ほら、手触りが柔らかくて滑らかだろう?」


「わあ、本当ですね」


「でも近頃は隣国からの輸入も少し滞ることがあってね……ほら、例の毒病だっけ? あれがN王国でも発見されてから、周りの国たちに随分と警戒されちまってさ」


「……そうなんですか」


「K王国の聖女が発端なんだっけ? 全く、何でまた聖女様はそんな毒薬を作っちまったんだか。まあ長年、彼女もあの貧国に良いように使われてたみたいだからね。気が立っちまったのかなぁ」


「……どうでしょうね」 



なるほど。いくつか聞き込みをしてみたが、毒病=聖女、という結び付きがこのN王国内でも当たり前のようだ。



「そこの美しいお嬢さん! お嬢さんには負けるけど、この店にはH王国産のとっても綺麗なガラス製品が揃ってるよ。良かったら見ていって!」


「ありがとう。わあ、どれも見事ですね」


「どの製品も装飾が細かいだろう? H王国の職人たちは手先が器用でね。

彼らは爬人はじんのためか、指がすごく細いんだ。だから繊細な道具も握りやすいし、複雑な模様を描くことだってお手のものという訳さ」


「なるほど。職人さんのこだわりが感じられます」


「お嬢さんもそう思うでしょう? もし機会があったらH王国に行ってみるといいよ……って、ああ……でも今は無理か」


「どうかされたんですか?」


「いや。ほらここ1年ほど、森に隣接する地域で賊たちが頻繁に現れてるって聞くから。

僕も商品を仕入れる時、かなり気を付けてるよ。


噂によると、その賊は聖女が放ったならず者たちで、何かのまじないに使う薬草を集めてるんだって」


「森の近くに生えてる、呪いに使う薬草……ですか」



なるほど。毒病の材料入手ルートが見えてきた気がする。


あとは、レオの命を狙い、私を魔女として火炙りにしようとした人物たちの特定だ。



(まあ、これは大体予想出来てるけど。K王国の方は)



あの激辛唐辛子スプレーを1番直に食らった中年騎士は、今も元気にしているだろうか。

K王国・第2王子の新たな婚約者となった彼の娘さんも、毎日楽しく過ごせているだろうか。



(スプレーの件も婚約を破棄されたことも、全くもって後悔がないな)



ちょっぴりブラックな私が出てきそうだったが、グッとこらえる。


なんたって今は、春の美しい草花を愛でる新緑祭期間なのだ。心を濁すのはもったいない。



ちなみにN王国側の犯人候補第1位は、レオの伯父である国王だ。


しかし、彼には公務もあるだろうし、毒薬収集やレオの暗殺計画にかかりきりになれる状況ではなさそう。


……ならつまり、彼には協力者がいるということになる。



(こっちはまだ全然分からないな。私もN王国に来たばっかりだし)



けれど。今日の調査である程度は考えがまとまった気がする。




「姫、そろそろ店仕舞いをするようですよ。何か買いそびれた物はありませんか?」


「……薬草の他に、刺繍が豪華すぎる絨毯も、細工が綺麗すぎるガラス容器も、香油も食べ物も、もうたくさん買ってくれたじゃない」


「それは姫がなにも欲しがらないから俺が勝手に買ったものたちですっ!」


「十分すぎるよ。ブレスレットだってもらっちゃったし」


「ふふふ! 姫とお揃い♪ 姫とお揃い♪」



そう言って、スキップをし始めたレオ。

私はそんな彼が可笑しくて、可愛くて、少し声に出して笑ってしまった。



「姫! また2人で出かけましょうね!」


「……うん」



こうして私たちは王城への帰路に着いたのだった。



そう言えば。今日はレオの、お妃候補を見つけることが出来なかったな……





-----





「王太子殿下、お帰りなさいませ。少しお時間よろしいですか?」




ルカを部屋へと送り届けた後、レオはある者に呼び止められた。



「ジュジュ、戻ったのか。ご苦労だった」


「ご機嫌でいらっしゃいますね。ルカ殿との城下デートは満喫されましたか?」


「……何故知っているんだ?」


「薬草の匂い。香油の匂い。揚げパイの匂い。揚げパイの匂い。揚げパイの匂い……」


「分かった! 次回は買ってくる! というか、仕方がないだろう。お前がいつ戻るか分からなかったんだ」


「ルカ殿のご様子はいかがでしたか?」


「おおっ、聞いてくれるかっ? 

じっ、実は、ひっ、姫が俺を抱きしめて、「今度こそずっと一緒にいたい……」って言ってくれてな……!

あとは、ひっ、ひっ、膝枕をっ……ぐはぁっっ……!!」


「殿下、落ち着いて下さい」


「あとはこれっ! このブレスは姫とお揃いだ!!」



レオは興奮気味に、ルカと揃いで買ったブレスレットを見せびらかす。

ジュジュは表情こそ変えないが、「良かった良かった」とでも言うように、うんうんと頷いている。



「お2人ともに楽しい時を過ごされたようで何よりです。ですが、今からは例の件についてご報告いたします」


「……陛下の知人が誰か分かったのか?」


「はい」



ジュジュは澄ました顔で淡々と言葉を続ける。



「その方々は国王陛下の知人、ではなく宰相閣下のご友人のようです。

さらにはルカ殿と同郷。彼らはK王国出身です」


「K王国は鎖国国家だ。何故宰相と知り合いに?」


「それは今も調査中です。ですが……」



ジュジュは小さく息をついた後、何故だかレオを彼の自室ではなく応接室へと案内する。



「何だ、誰か来ているのか?」


「お会いになれば分かります」



ジュジュが応接室の扉を開けると……




「まあ! 貴方様がレオンハルト王太子殿下でいらっしゃいますの……?!」



派手なドレスと装飾品を身につけた女が、レオのもとに駆け寄ってきた。



「お初にお目にかかります。この度、K王国の聖女、ルカ・ヒュギエイアの正体を魔女と暴くことに成功いたしました、アイリスと申します。あちらはわたくしの父でございます。どうぞ、以後お見知り置きを」



レオの額に、幾本もの青筋が浮かび上がりそうになった。後ろではジュジュが、「深呼吸を、深呼吸を」と呟いている。



「王太子殿下の噂はかねがね。この大国・N王国騎士団の副団長をお勤めになるほどの剣豪な上、王立学習院も主席でご卒業されたとか。その上、見目も大層精悍でいらっしゃる。

いやはや、天は二物も三物もお与えになった。


我が娘、アイリスもK王国一の才女にして美女と謳われている故、そうやって2人が並ばれますと大変お似合いですな。


ガハハ! あの卑しい大罪人の魔女、ルカ・ヒュギエイアなど足もとにも及びませぬ!」



今度は握りしめた両手拳が爆発しそうなほどにブルブルと大きく震え出す。

ジュジュが汗を滲ませつつレオの背に手を添え、「どうかご辛抱下さい」と唱え続けている。



「殿下、今の時期はN王国で新緑祭が行われているとお聞きしました。わたくし、是非とも貴方と行ってみたいですわ!」



アイリスがレオの腕に絡み付いてきた。

レオは全身の血脈から、怒り狂った血らが外へと吹き出して行くような感覚を覚える。



「……ジュジュ、陛下の所へ行く」


「承知いたしました。後のことはお任せ下さい」



レオは己の腕からアイリスを引き離すと、くるりと踵を返した。



「殿下? あの……」


「遠方遥々、よく参られました。滞在期間中はどうぞおくつろぎを。近々、城下にも案内いたしましょう」



レオはそう言うと、1人応接室を出る。


向かうは、伯父の執務室。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る