第6話 城下デート(前編)
四季があるN王国では、年に何度か城下町で祭りが行われるらしい。
春は草花を愛でる新緑祭、夏は水神への感謝祭、秋は実りの収穫祭、冬は雪祭りといった具合に。
「わあ、さすが富裕大国。商品の品揃えも豊富だし、何より質がいいね。薬草の種類も多い!」
此度の催しは春の新緑祭。
城下に着くなり、薬学書でしか見たことのない珍しい薬草や見事な刺繍布、綺麗なガラス製品といった、ちょっとワクワクしてしまうような商品たちが出迎えてくれる。
「姫! あまり走ると転ばれますよ!」
色々な商品に目移りして、キョロキョロと辺りを行き来している私。そんな姿を見て、レオがくすくすと笑う。
「あ、ごめんね……! お祭りなんて久しぶりだから、つい」
前世で友人と行った以来かも。
「何か欲しいものはありますか?」
「うーん、そうだなぁ。回復魔法薬の材料は買うつもりだけど……って、そういえばK王国のお金って、ここでは使えないよね」
しまった。ここは外国。よって母国の通貨は使用出来ない。
「……姫、もしやご自身で支払うつもりだったのですか? 俺がご一緒しているのに……?」
「うん?」
「レディに払わせるなんて、N王国の男子たる者の恥です! だから今日は何も遠慮せず、俺に言って下さいっ!!」
レオは少し唇を尖らせていた。
「い、いや、でもさすがにそれは申し訳ないよ。私にもまだ、多少の蓄えはあるし。もしどこかでN王国の通貨に両替出来るならそうしたいんだけど……」
「だ、め、で、す!」
レオは私の手を引いて、薬草屋に連れて行く。
「姫、どれがいいですか?」
「え? えっと、じゃあ、この赤色の薬草を少し……」
「店主、この籠に盛ってあるものを全部くれ」
「え?!」
「他には?」
「じゃ、じゃあ……この青色の薬草も少し……」
「これも全部頼む」
私は口をあんぐりと開けたまま、隣に立つレオを見上げる。薬草屋の店主も私と同じような表情になっていた。
「これは何に使う薬草なのですか?」
「あ、この2つは大回復薬の材料だよ。あとはこれに砕いた数種類の魔石を入れて、私の聖力を注いだら出来上がり」
「なるほど。なら後で、石屋にも行きましょう。魔石かどうかはどうやって見分けるのですか?」
「うーん。簡単に言えば、魔力を発してるかそうでないか、かな。でも普通の人にはそれが分からないみたい。聖女だけが魔石か普通の石かを見分けられるんだって」
「へえ! やはり聖女のお力はすごいですね!」
こそこそとそんなことを話していると、店主が袋いっぱいになっている薬草たちを手渡してくれた。
「お嬢ちゃんはこの薬草を飲料用にでもするのかい? でもこれは便秘用と胃痛用だよ? そんなにお腹の調子が良くないのかい?」
と、店主に少し心配される。
私は、「ははは、実はそうなんです」と、適当に誤魔化しておく。
「若いのに苦労してるんだねぇ……なら、お嬢ちゃんにはこれをおまけしておくよ」
と、今度は回復魔法薬などには使わない、心を落ち着かせ、良い睡眠を約束してくれそうな、正真正銘の、普通のハーブティーの茶葉セットを袋に入れてくれた。
「わあ、ありがとうございます」
「薬草がなくなったら、今度は本店においでよ。王国の西外れに店を構えているから」
心優しい店主に送り出された後は、レオと石屋に立ち寄り、魔石をいくつか購入した。……これもレオが買ってくれたのだが。
ここの店主も気前がよく、綺麗な石をいくつかおまけしてくれた。
「ふう、魔法薬の材料は大方買えましたね。少し休憩しましょうか」
祭りが開催されている間は、町中にいくつかの臨時ベンチが設置されているようだ。
その1つに座って待っているよう言われた私は辺りの景色、取り分け、町を行き
(レオと同じ
みんなモフモフの耳や尻尾が付いていてとても愛らしい。いや、愛らしいなんて表現は失礼だろうか。
(この国はみんなが生き生きしてる。経済が安定してるからかな。
K王国は鎖国状態で隣国との交易もなかったし、娯楽も少なかった。唯一誇れるのが、世界にたった1人しか現れないっていう聖女がいたことくらい? まあ、最後は魔女だの悪女だの言われて殺されかけたけど)
私はふぅ、と小さく息をつく。
両親とは幼い頃に死別した。
そのショックのせいか時期が来たのかは分からないが、その後すぐに私は聖女の力に目覚めてしまった。
そこからは教会で、修練中心の生活。
他人との接触が基本禁じられていたから、知り合いと呼べるのは国王夫妻と教会にいたシスターたちくらいだった。
ちなみに王城に住むようになったのは、例の第2王子と婚約をしてから。
(……うーん。こうやって思い出してみると、K王国にはあんまり良い思い出がないなぁ。一応母国なのに)
「姫! お待たせしました!」
しばらくすると、レオが尻尾をブンブンと振りながら戻ってきた。
「俺が店に並んでいる間、何か考え事でも? 物思いに耽っておられるように見えましたが」
そう言いつつ、レオは香ばしい匂いを放つ揚げパイを手渡してくれる。燻製の肉が入っているのだろうか、とても食欲をそそる香りだ。
私はお礼を言った後、それを口に運びながら言葉を紡いでいく。
「N王国の人たちは、みんな優しくて元気だなって思ってたの。K王国ではそんなに人と関われなかったし、お祭りの時もこんな風に自由に見て回れなかったから。ずっと教会か王城でお祈りしてたし」
祭事の時は1人で礼拝堂に
時折それを中断して、窓から町の様子を眺めるくらいはしていたが。
「……姫、今日は楽しめていますか?」
レオがそう言った時、私はハッとなった。
今日は城下に、毒病の情報収集に来たのだ。本来の目的そっちのけで、買い物ばかりしてしまっていた。
私は思わず立ち上がる。
「ごっ、ごめんレオ。私、普通にお祭り楽しんじゃってたね。毒病の情報が少しでも得られたらいいなと思って城下に来たのに」
しかも、今は隣国のお尋ね者という立場。
「……姫。俺が姫を祭りに誘ったのは、貴女の気分が少しでも晴れてくれたらと思ったからです。毒病や聖女のことを忘れて、心を休めて欲しかったから」
レオはそう言うと、私の両手を自身のもので優しく包んでくれた。彼の手は、いつもとても温かい。
「……ありがとう、レオ」
「礼を言うのは俺の方ですよ。今日は付き合って下さって、ありがとうございます」
すると、レオは私の手首に何かを付けてくれる。
「……これは」
「天然石のブレスレットです。先程の石屋で姫に似合いそうなものを見つけたので。……その、勝手にすみません」
「……ううん、ありがとう」
琥珀色の丸い天然石が綴る、とても可愛らしいブレスレット。
「ふふ、私の目の色とおんなじ」
「そうなんですっ! ちなみに俺の分も買いました! お、お揃いですっ……!」
「わ、ほんとだ!」
思わず、笑みが漏れる。
レオが差し出した腕の横に、私のそれを並べてみる。彼のブレスレットは少し石が大きく、男性らしいデザインのものだ。
「……この世界で、もう1度レオに出会えて本当に良かった。K王国でも森での生活中もずっと1人だったから、すっかりお1人様に慣れちゃってたの。
でも、やっぱり大好きな人がそばにいてくれるのっていいね。嬉しいし、心も温かくなって幸せな気持ちになる」
私はレオを抱きしめる。
「大好きだよ、レオ。前世も今世も、あなたが可愛くて仕方がない。今度こそ、ずっと一緒にいられたらいいのに……」
そこまで言って、私はしまったと口を
「あ、ええっと。例えレオがおじいさんになっても、私にとっては可愛いレオのままだから、ってことね」
慌ててレオから離れ、そう言葉にする。
いけないいけない。
レオには今世こそ幸せになってもらうのだ。もし私が隣国の魔女だとバレて、彼に
(城下では程よく距離を取らなくちゃ。撫でるのもガマンガマン)
そう決意し、私は頷きながら両手をぐっと握り込む。そして再び彼の方を見やると……
「へっ? レ、レオ……?」
「…………(尊死)」
彼は両手指を胸前で組んだ状態で動かなくなっていた。立ったまま。
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