紅露美ー1 制裁と自己評価

 ある日の生徒会室、高校三年生にはなったものの、今まで通り勉強会をしていた正太と倫。倫はあの日からずっと紅露美とのやりとりを見ていないフリをして平常を装い続けていたが、いい加減きちんと話すべきなのだろうと覚悟を決めて正太を真剣な眼差しで見つめ、深々と頭を下げる。


「盗み見してしまってすまないと思っている……宝条さんの事はどう思っているんだ?」

「……最初は言葉は悪いですが、利用してたんです」


 紅露美の名前と盗み見という単語から全てを察する正太。その場の勢いで卒業式にキスをするだの言ってしまったが冷静になってから色々悩んでいたこともあり、いい機会だから倫に恋愛相談をしようと、倫が相談相手としては最悪である事に気づかないまま紅露美への想いを打ち明ける正太。


「彼女、頭も悪いですし、ロクな事も考えないし、倫会長とは真逆のような子なんですよ。僕、色んな立場の人間の考えを理解することが立派な人間になる上で大事なんじゃないかなって思ってたから、倫会長とだけじゃなく、彼女ともよく一緒にいたんです。……けど、それは僕の勘違いだったんですよ。彼女は家庭環境だったり色々不幸が重なった結果、ちょっと荒れていた時期があっただけで、他人の事を思いやって悩んで自分を傷つけてしまうような優しい子だったんです」

「……」


 倫の目の前で紅露美は悪い子じゃなく優しい子なのだと褒める正太。自分から話を持ち掛けた手前、良き相談相手として振舞わなければと微笑みながらそれを聞いている倫ではあるが、内心はグサグサと心にナイフが刺さり続ける。


「彼女は僕の事を立派な人間だなんて言うけれど、僕は彼女の事をずっと利用してたんですよ。いや、紅露美さんだけじゃない。倫会長の事も、勝手に目標にしてたんです。そりゃあ、『僕の事を好きなのは今のところ紅露美さんだけみたいですし、僕も特に好きな人はいませんでしたから』、彼女の求愛を受け入れたって誰も損はしないでしょう。でも、散々振り回してしまったから、彼女を受け入れる自信が無いんです」

「……! ……」


 話の途中で自分に好きな人はいないとはっきりと答えてしまう正太。あの日からずっと倫の中で心に残っていた、正太が自分を好きだと言うのは勘違いではないかという謎があっさりと倫にとって好ましくない形で解明してしまい、話を聞きながら倫の目にうっすらと涙が浮かぶが正太はそれに気づくことなく話を続ける。


「学校を辞めてしまいそうだからってだけじゃなくて、そういう理由もあったからあの時キスをしなかったんです。あれから紅露美さんは全然連絡をしてこなくなったけれど、どうするべきなんでしょうか。卒業式の時は約束通りキスをするべきなんでしょうか、それとも責任を取って付き合うべきなんでしょうか……倫会長?」


 紅露美に対する想いと恋愛に関する悩みを喋り続ける正太であったが、もはや倫は途中からそれを聞くことは出来ていなかった。倫がポロポロと涙を流していることに気づいた正太は不思議がるが、倫は立ち上がると生徒会室に置いていた竹刀を手に取り、


「うがああああああああああ」


 突如、正太をもう片方の手でビンタして床に張り倒し、ベシベシとその身体に竹刀を叩きつける。人知れずフラれた挙句他の女の恋愛相談をされて平常心でいられる程、倫も強い少女では無かったのだ。


「私は! ずっとお前が惚れてると思って! 悩んだり! 浮かれたりして! 気づいたらお前の事を好きになってたんだぞ!? それが、自分が立派な人間になるために利用していた!? ふざけるな、人の気持ちも知らないで、このクズ男!」


 ずっと立派な人間として、目標とすべき存在として見ていた倫の豹変ぶりに混乱して動けない正太に対し、倫は泣きながら竹刀で叩いたり足蹴にしたりと、模範的な生徒会長どころか一般的な女子生徒すら大幅に下回る情緒不安定さを発揮させていく。やがて生徒会室の床には、身体には痣が出来て服もボロボロな、自分のために女を利用した男の末路が転がっていた。


「お前はあの頭の悪そうな女がお似合いだ」


 涙を枯らしながら制裁を完了させた後、正太のスマートフォンを奪い取ると正太の惨状を撮影し、その写真を紅露美に送信すると今まで聞いたこともないようなバァンと言う音を立てながらドアを閉め生徒会室を出て行く倫。この日の夜、倫は親のワインを盗み出してグビグビと自棄酒をしたと言う。



 ◆◆◆


「な、何があったんだ!?」


 しばらくして既に帰宅していたのか私服姿の紅露美が、血相を変えて生徒会室に飛び込んで来て、ボロボロ状態の正太を見て混乱する。正太は紅露美を認識すると、フラフラと立ち上がってあの時出来なかったキスでもしようとしたのか顔を近づけようとして、立つのが精一杯なのか紅露美の肩にもたれかかる。


「倫会長に、フラれたんだ。僕は女の敵みたいだ。こんな情けない僕で良ければ、付き合ってくれないか」


 自分の打算的な交流が、倫を傷つけてしまい最終的に自分を傷つけてしまったと悟った正太。自分に出来るせめてもの罪滅ぼしは責任を取って紅露美を愛することなのだと、あの時の告白の返事をする。しかし告白をOKされた紅露美は嬉しそうにするどころか、気まずそうに正太から目を背ける。それは正太の今の姿が男として不合格な酷いモノだったからという理由だけでは無かった。


「……言っただろ、お前は立派な人間だから、ウチとじゃ釣り合わない。あの時のウチは、ちょっとおかしくなってたんだよ。今はもう落ち着いたから、別に大丈夫なんだよ。今からでも遅くないからさ、あの生徒会長に謝ってさ、仲直りエッチして付き合えよ。なんなら、ウチが仲を取り持つからさ」


 倫が自分のためにお膳立てをしてくれたような状況ではあるが、それでも自己評価が著しく低い紅露美は正太の彼女になることに強い抵抗を持っていた。自分の肩にもたれかかる正太を引きはがして椅子に座らせると、無言で生徒会室を出て行ってしまう紅露美。


「あ、あはは……あはははははは!」


 今までまともな恋愛経験も無い正太は、短期間で二人の女性にフラれてしまうという事態に身体と同じく精神も大ダメージを負い、声は笑いながらも一人生徒会室の中でワンワンと泣く。下校時間になり、生徒会室の机や床を涙でびちょびちょにしてしまった正太が一人寂しく帰路へ着くころ、


「もうアイツの事は忘れよう。一人で生きて行かなくちゃな」


自室で求人情報誌だったり大学のパンフレットを眺める紅露美。進学を目指す人は受験勉強に一層励み、就職を目指す人は学校の推薦枠を頼ったり自分で就活をする時期であり、正太への想いを断ち切り、これ以上母親に迷惑はかけられない、一人で生きて行くと決意した紅露美も将来について真面目に考えるのだった。

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