倫ー3 優等生と元優等生

「倫会長。紅露美さんは確かにあの時色々と精神的に滅入っていて僕に告白しました。でも紅露美さんの母親が再婚して、その問題は解決したんです。それで僕はあっさりと告白撤回されちゃったんです」


 紅露美が倫の家から去って行き、倫の精神状態もかなり落ち着いたところで正太は事情を説明する。床にへたり込んでコクコクと頷きながらそれを聞き、紅露美が恋敵では無かったことを理解して目を腫らしながらも安堵の表情になる倫。


「ええと……それで改めて聞きますけど、僕の事好きなんですか」


 ひとしきり事情を説明し終えたところで、正太が照れくさそうに倫に問いかける。倫もそれを聞いて顔を赤くし正太から目を背け、しばらく気まずい沈黙が流れた後、


「肝心の正太の気持ちはどうなんだ」


 恐る恐るといった様子で正太の気持ちを聞く倫。質問され返されてしまい、正太も顔を赤くしながら倫から目を逸らしつつ今までの事を振り返る。


「最初は、ずっと自分の見本となる人間として見ていたんです。自分も立派な人間になりたいなって思ってましたし、倫会長と一緒にいれば、倫会長のようになれるかなと。勝手に目標にしていたから、倫会長の事は何一つ理解していなかったってことなんですよね。倫会長も恋に悩んだりする、普通の人間なんだなって気づかなくてすみませんでした」


 自分が倫の事をずっと目標にしていた事。そのために必要以上に彼女の隣にいようとした事。自分のために倫を利用していたようなものであり、彼女を同年代の女子どころか一人の人間とすら見ていなかったことについて深々と謝罪する正太。黙ってそれを聞いていた倫であったが、正太に恋に悩んだりする普通の人間だと言われて吹っ切れたのか、勢い良く立ち上がって正太の肩を掴む。


「そうだ! 私だって、ただのか弱い女の子なんだ! でも生徒の、周りの人間の模範にならなくちゃいけないと思っている! だから立派な生徒会長として、立派な人間として、強い女として周囲には振舞い続けるから、今後も私を支えてくれ……いや、一緒に模範となって、でも二人の時は弱音を吐き合うような関係になってくれ! デートだってもっと行きたい! 自分の夢も諦めたくないし、正太と一緒の大学に行きたい! だからもっと勉強も頑張れ!」


 矢継ぎ早に正太への想いを打ち明けた後、倫はズカズカと自分の机へ向かい一枚の紙を手に取る。それは倫が指定校推薦で大学に合格した事を示す書類であったが、


「……今日だけは私は優等生を辞める!」


 倫はそれをビリビリに破き、辺り一面に紙吹雪が舞う。それを桜吹雪かのように感じていた正太であったが、気付いた時には倫が顔を近づけており、


「……!」


 きちんと正太の答えは聞かぬまま、倫は無理矢理正太の唇を奪う。指定校推薦を拒否し、強引にキスをした優等生さの欠片も無い年相応の少女に対し、正太は優しく彼女を抱きしめることで返答するのだった。



 ◆◆◆


「……以上、卒業生代表、明道倫」


 卒業式。大勢の生徒の前で最後の演説をし、盛大な拍手を受け取った倫はキリッとした表情のまま卒業式を終える。そして最後のホームルームも終わり、各々が皆に別れの挨拶を告げて思い思いの場所へと向かって行く中、倫はどこか二人きりになれる場所に行こうと正太を誘う。二人がやってきたのは、二つの落書きが描かれた体育館の裏。偽ベイクシーによるネズミの絵と、紅露美によるブラックロミゴンを懐かしそうに眺めながら、倫は大きくため息をつく。今までずっと模範的な生徒として振舞って来た事に対する疲労感もあるが、彼女にとってはもう一つ別の要因があった。


「……まさかあそこまで怒られるとはな。来年からの推薦枠が消えてしまった」

「聞いた話では倫の内申点最悪だったみたいですよ、僕の方がトータルで大学受験の点数高かったって」


 指定校推薦で合格しておいて辞退するという倫の行動は、彼女が生徒会長として今まで学校の為に頑張って来たプラスを全て無に帰すくらいの愚行であり、正太と共に教師に平謝りをする羽目に。そういった苦い思い出もあったが、正式に付き合うようになった正太と倫は同じ大学に行くために二人で勉強会をするなど青春し、見事に二人揃って県外の難関大学に合格することに。


「こ、これからは隣の部屋だな……まぁ、恋人と言ってもまだ私達は子供同然だから、羽目を外すつもりはないが……二十歳になったら、同棲しよう」

「大学は別に生徒会も無ければクラスも無いんです。羽目を外してもいいんじゃないですか?」

「ま、まぁ、雀百まで何とやら、だな。いやしかし、正太の前だと羽目を外してしまう気がする」


 隣り合った部屋を借りて県外で一人暮らしをすることになった二人。倫はこれから始まる正太とのカレッジライフに顔をにやけつかせながら心躍らせていたが、気付けばそれを眺める人影。二人がその方へ振り向くと、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべた紅露美が立っていた。


「よっ」

「宝条さんか。大学合格おめでとう」

「いやー、ウチがFランに受かるとはな」


 たまに二人の勉強会にお邪魔した結果、地元の大学に進むことになった紅露美。別れの挨拶のためにわざわざ私達を探したのか、真面目になったもんだなと微笑む倫であったが、紅露美は倫を無視して正太の方へ歩み寄ると、


「ああああああああっ!?」

「……っ!」


 約束だからな、と前置きして正太を抱きしめてキスをする。すぐに激怒した倫に突き飛ばされながらも、二回目だからかきっちり受け身を取ってすぐに立ち上がった後、


「私からの卒業祝いってことで。じゃあな」


 少し照れながら、笑いながら逃げて行く紅露美。紅露美にきちんと制裁をするために追いかけようと走り出した倫であったが、何かに気づいたのか固まっている正太の方へ駆け寄り、


「これでノーカンだ!」


 思い切り正太を抱きしめてキスの上書きをするのであった。

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