9 SNSと自撮り

「正太、今日の夜のイベントは協力しよう」

「すみません倫会長、今日は先約が入っているんです。明日の夜に一緒にやりましょう」


 正太が新しく始めたスマホゲームは協力してクエストをクリアする要素が強く、倫はこれ幸いにとフレンドである正太を誘うも、紅露美ともフレンドになっている正太は二人の誘いをうまく調整する必要があり、自分のペースで遊べないからとまたもモチベーションを失いかけて飽きる危機が迫っていた。そうとは知らず誘いを断られて残念がりながらも書類に目を通す倫だが、その表情は段々と曇って行く。


「……先週オープンスクールがあっただろう」

「ありましたね」


 中学三年生を対象にしたオープンスクールが先週開催されていたのだが、そのアンケート結果を見るに正太達の高校は非常に評判が悪く、このままでは来年度は更に教室が減ってしまうと学校の将来を憂う倫。


「何が原因だと思う?」

「そりゃあ偏差値でしょう。家から近く無ければこんな高校眼中に無いですよ」


 生徒会長としては学校の評判を上げたいと正太に原因を聞く倫ではあるが、実も蓋も無い回答に頭を抱えてしまう。自分達の力ではどうにもならない問題からは目を背けつつ、アンケート結果を見ながら別の原因を探る倫であったが、気になることがあったのかスマホを開いて何かを検索し始める。


「……確かに古臭いな」

「何がですか?」

「学校のホームページだ。アンケートに結構書いてる中学生がいてな。レイアウトとかが古臭いし、更新も滅多にされないし、これなら無い方がマシかもしれない。ホームページの改善なら私達にも出来るんじゃないか?」

「確かに。友達とかに案でも聞いてみましょうか」


 かなり昔に作ったテキストサイトのまま、年に1、2回更新されているだけの学校のホームページを正太に見せながら、ただでさえ学力が低い上にホームページまで古臭くては生徒が来るはずはないと、参考に近隣の学校のホームページを調べる倫。正太もスマホで友人達に、『学校のホームページが古いからどうにかしたいんだけどいい案無い?』と助言を募り、しばらくして色んな案が二人の下に集まって来る。


「ホームページ自体を新しくするのもそうだが、公式SNSの開設か……」

「部活によっては既に作ってるところもありますね。ほら、カードゲーム同好会のSNSは色んなカードの紹介をしてて結構人気ですよ。本校の名物生徒です! と言いながら倫会長を紹介したら人気が出るんじゃないですか」

「馬鹿な事を言うな……しかしSNSか。色々危ないんじゃないのか? 炎上とか……」


 その中でも多かった意見として、今時ホームページなんて誰も見ない、学校のSNSを開設してそこで情報発信をするべきだというモノについて考える二人。既に存在する学校の部活が日常を発信しているアカウントを紹介する正太だが、究極のネットリテラシーは使わない事である派の倫は、教師のレベルもお世辞にも高いとは言い難い本校がSNSを開設したところで、ロクなことにならないのではないかと危惧をする。


「確かに、打ち上げの写真を載せたらお酒を飲んでいた事がバレた、なんて話も聞きますね」

「そういう意味ではこないだの部活の打ち上げは危なかったんだな……誰かが写真に撮って自分のアカウントにあげていれば廃部もあり得た。これについてはもう少し検討が必要だな……ところで正太、お前もアカウントを持っているのか?」

「持ってはいますけど……」


 学校のSNSについては慎重に考えるべきだと一旦この話題を終わらせ、代わりに正太がSNSのアカウントを持っているかどうかを気にする倫。正太はスマホを操作して自分のアカウントを倫に見せる。正太の読み方を変えた『まさふと』という文字を猫の絵文字で囲んだアカウントは確かに存在したし、休日に作った料理だったり猫の画像がアップロードされてはいたものの、最後の更新は半年以上前となっていた。


「友達が一斉に作った時に僕も作ったんですけど、結局すぐ飽きちゃったんですよね」

「正太。ゲームの時もそうだが、もう少し続ける癖をつけた方がいいぞ。これから毎日SNSで何かを呟くように」

「ほとんど誰も見ないのに……」


 正太のアカウントを覚えた倫は、尤もらしい理由をつけて正太に呟きを強制させる。こうして倫の日課に正太のSNSを見るという行為が加わるのであった。



 ◆◆◆


「おはよう紅露美さん」

「……っ!」


 ある日の朝。偶然正門で紅露美に出会った正太は挨拶をするが、紅露美は正太を見るなり顔を赤くしながらも怯えたような表情になり逃げだしてしまう。


「どうしちゃったんだろうか紅露美さん……昨日の夜まで普通にやり取りしてたのに、急に何も返さなくなるし」


 紅露美の異変が気になりながらも平常運転で授業を受ける正太。昼休み、友人達と机を囲んで弁当をつついていた正太であったが、男子の一人が他の生徒、特に女子には見られないようにこっそりとスマホの画面を正太達に見せる。


「どうもこの学校に痴女がいるみたいなんだ」


 スマホに映し出されていたのは、正太も最近は毎日更新しているSNSのアカウント。いわゆる裏アカウントというものであり、『ミクロま~ん』と名乗る覆面を被った女子が少し露出の高い格好をしている画像が定期的にアップロードされていた。そして直近にアップロードされた、部屋で撮ったと思われる写真の背景には、確かに正太の通う学校の制服が映っていた。


「マジかよ、特定したらエロいことできるんじゃね?」

「でもこの画像見る限り、スタイルそんなに良くないぞ」


 覆面を着けているため現状は本校の女生徒である事くらいしか情報の無い謎の痴女の正体について盛り上がる男子達。一方の正太は制服の横にかけられている私服に着目し、最近どこかでこのコーディネートを見たようなと記憶を辿る。それが紅露美がデートの時に着て来たモノだと思い出し全てを察する正太。放課後になり、正太がすぐに学校を出て紅露美の帰宅ルートで待ち伏せしていると、焦りながら急いで帰路につく紅露美がやってくる。


「よ、よぉ、ウチ急いでるから」

「『ミクロま~ん』」

「……っ!」


 急ぐ紅露美に対し正太がカマをかけると、効果は抜群だったらしく瞬時に絶望的な表情になる紅露美。とりあえず話そうかと正太が促すと身体を震わせながら頷き、二人はかつて飲酒をした人気の無い工場跡地へ。


「わかってるさ、これからウチは校内男子全員の慰み者になるんだろう? 最初がお前なのが、不幸中の幸いかもな……」

「馬鹿な事を言っていないで事情を説明しなよ」


 勝手に覚悟を決めて服を脱ごうとする紅露美を制し、どうしてこんなことをしたのか話を聞く正太。押し黙る紅露美に何か深い事情でもあるのかと身構える正太であったが、やがて口を開いた紅露美から飛び出て来た理由は、


「自己顕示欲と……小遣い稼ぎ……」

「……」


 非常に浅い事情だったので同情する気も無くなる正太。既に全男子に正体がバレていると思い込んでいる紅露美に対し、自意識過剰だ、自分以外にはまだ正体がバレていないし一部の男子の間でしか盛り上がっていない事を伝えアカウントを削除するようにアドバイスをするが、削除したところでいつ正体がバレて脅されるかわからないと泣き出す紅露美。


「もう学校で男子を見る度に頭がおかしくなりそうなんだよ……助けてくれよ……」

「最後の画像はまだ消してないんだね?」

「アップロードした後に気づいたけど、消したら答え合わせになっちゃうから消せないんだよ」


 証拠画像を消したいけど消せないもどかしさに頭を抱える紅露美。一方の正太は男子が制服を見て本校の生徒だと推理した事を逆手に取り、正体が本校の生徒では無いと思わせればいいのではないかと策を練る。


「なら何とかなるかもしれない。家に女性用のスーツがあったりする?」

「母さんが昔はOLだったから、その時のが残ってる」

「制服と一緒にそれも背景に含めて同じような写真をアップロードするんだ」

「正体がバレた後にやるのは抵抗があるけど、やってみる……絶対に見るなよ?」


 OLが着るようなスーツも一緒に移すことで、既に高校を卒業したOLがやっている、と男子に思わせることで犯人探しを辞めさせるという正太の作戦に乗っかり、早速帰って親のスーツを拝借し、部屋に飾っていつものような露出の高い格好の画像を載せる紅露美。その翌日、昼食時に昨日紅露美のSNSを話題にしていた男子が大きくため息をつく。


「昨日の女子が新しく画像載せたんだけどさ、チラッとスーツが映ってたのよ。ありゃあとっくに高校卒業したババアだな。しかもある程度したらその画像消したのよ、ありゃ答え合わせだな。制服を映してたのも、高校生だと思われたかったんだろうぜ」

「そう思うと肌とかも荒れてて気持ち悪く思えてきたな」

「必死に若作りしててキモイな、そのうち制服着て高校生ぶるんじゃないか?」


 紅露美の事を若作りしてるおばさん扱いしてSNSのフォローを外す男子達。こうして『ミクロま~ん』は実年齢がバレた事で引退したという設定でアカウントを削除し、紅露美に平和な日常が戻って来たのだが、


「なぁ、本当に画像を保存してないよな?」

「してないよ……僕は友達のスマホ越しに見ただけで直接アカウントを開いてすらないからね」

「といいつつ本当は画像保存してるんだろ? まぁ、お前には助けてもらったし、オカズにするくらいは許してやるよ」

「……正体をバラそうかな」


 正太が削除前の画像を保存していると思い込み、どこか嬉しそうな紅露美に詰め寄られてげんなりする正太であった。

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