8 アドレス交換とRMT
ある日の放課後の生徒会室。学校では滅多にスマホを開かない倫であったが、この日は業務がほとんど無いからか珍しくスマホを眺めながら怪訝そうな表情をする。
「倫会長、スマホ持ってたんですね」
「私を何だと思ってるんだ……友人がスマホゲームに課金しすぎてな、しかも料金はスマホ代としてこっそり親が払うように設定していたのがバレて大目玉を食らったそうだ。そんなに熱中するものなのかと試しにやってみたが、私には面白さがわからん……」
困惑した表情で正太にスマホ画面を見せる倫。そこには最近サービスを開始した流行りのソシャゲが映し出されており、それを見た正太はそれなら僕もやってますよと自分のスマホを取り出して似たような画面を見せる。さっきスタートしたばかりの、チュートリアルもまだ終えていない倫はユーザレベルも一桁だが、正太はもう少しプレイしていたのかレベルは二桁であり画面に表示されているキャラクター達もレアリティが高いのかキラキラとしていた。
「何時間プレイすればそこまで行くんだ……正太も結構スマホゲームはやる方なのか?」
「まぁ、人並みには。課金も初回課金特典をゲットするためにしたりしますよ。ただ大体1ヵ月くらいで飽きちゃうんですよね。スタミナが溢れちゃってもったいないとか、イベントを完遂させられなかったとか、100位以内に入れば豪華な報酬が貰えるのに101位だったとか、そういう事が起きるとやる気無くしちゃうんです。ああ、もうすぐレベルアップしてスタミナ全回復するから経験値調整しなきゃ。……でも次のイベントのためにあえてレベルアップをせずに放置した方がいいのかも」
「専門用語は私にはわからんが、程々にな……」
完璧主義な一面を見せながら、業務の事など忘れてステージの周回に勤しみ始める正太。自分が先に遊んでいただけに注意をする事も出来ず、正太のプレイしている光景をじっと眺めていた倫であったが、ここに来て重大な事実に気づいてしまう。
「(まだアドレス交換していない!?)」
既に二回もデートをしているのに、倫の脳内では両想いなのに未だに連絡先を知らないという異常事態に震えながら、どうにかして連絡先を聞き出さなければと、インターネットで『スマホ 連絡先 聞き方』と調べる倫。ストレートに直接聞くのが恥ずかしい場合は、仕事に必要だからと理由をつけるべきというアドバイスを参考に、ソシャゲに熱中している正太の前に自分のスマホを差し出す。
「ところでお互いの連絡先を交換してなかったな。生徒会の業務もあるし交換すべきだろう」
「確かにそうですね。じゃあLUNE交換しましょう」
特に抵抗する事なく素直にアドレス交換に応じる正太。こうして倫は念願の正太のアドレスを入手し、その日の夜に自室のベッドに転がりながら、どんなメッセージを送ろうか悩む。
「こんなことなら生徒会の業務もあるし、なんて言わなければ良かった……」
お互い眠くなるまでメッセージのやり取りをする、というシチュエーションに憧れていた倫ではあるが、生徒会の業務のためと最初に言ってしまったために正太からのメッセージは届かず、こちら側からメッセージを送ってやり取りを続けようにも普段から生徒会室でそれなりに話していることもあり話題が見つからない。
「何か新しい共通の話題を作らないと……そうだ!」
会話の為に新しい話題を見つけようとする倫は、思い出したようにチュートリアルを終えた辺りで辞めていたスマホゲームを開く。正太はこのゲームにかなり熱中していたし、ゲーム内でもフレンド機能が存在する。自分がこれをやり込んで正太を手伝うことでもっと仲も深まるし、ゲームの話題で盛り上がることも出来る。
「とはいえ正太とはかなりレベル差があったし、あまり時間はかけられないからな……そうだ、課金をしよう」
正太のレベルに追いつくためにも、正太を手伝う強力なキャラクターを手に入れるためにも、倫は迷わずゲームに課金をして急速にゲーム内のキャラを強化して行く。そして十分に育ったキャラクターと共に正太にフレンドになろう、このゲームについてもっと語り合おうと提案するが、
「そのゲームもう飽きちゃったんですよね。リセマラしてSSR2枚入手してたんですけど、後になって両方SSRの中では弱いってのが判明しちゃって、スタダ失敗したなぁって思うと何だかやる気なくなりました」
「……正太、三日坊主は良くないぞ。これから新しくゲームを始めたり辞めたりする時はスマホで私に伝えるように」
正太は既にそのゲームに飽きてアンインストールしており、お金と時間が無駄になってしまった倫は、やや怒りながら強引にスマホでのやり取りを行わせるのだった。
◆◆◆
「紅露美さん、一人で食事をしてる時ならまだしも、二人で食事をしている時にスマホばかりいじるのは良くないと思うよ」
正太と倫が別のゲームを始めた翌日、放課後に正太と紅露美はファーストフード店で食事をするが、紅露美はずっとスマホを弄っており、彼氏面という訳では無いが人として真っ当な注意をする正太。
「悪い悪い、ちょっとバイト中でな」
「仕事なら仕方ないか」
紅露美は申し訳なさそうな表情をしつつもスマホから目を離さず、仕事なら優先するべきだなと考えていた正太だったがそもそも一体何のバイトをしているんだ、もしかして最近広告に出て来る怪しいスマホの副業かと気になって席を離れ、紅露美のスマホを後ろから見やる。
「紅露美さん……それが仕事かい?」
紅露美のスマホに表示されていたのは、つい昨日正太と倫が一緒にプレイを開始したスマホゲームの画面。呆れる正太に対しバイトですが何か? と紅露美は鼻で笑う。
「チュートリアルガチャでいいキャラが出たらアカウントを売るんだよ。ウチにとってソシャゲは遊ぶものじゃなくて稼ぐもんだ。これは結構なビッグタイトルだからな、運が良いデータは数千円くらいすることもあるぜ。この店ネットが速いからな」
「紅露美さん。RMTは感心しないよ。しかもお店の電波使ってやるなんて……」
悪びれも無くRMT……リアルマネートレードをしていると宣言する紅露美に更に呆れる正太。ゲームのアカウントをユーザ同士で売買するという行為であり、大半のゲームは利用規約で禁じているが法律的に禁止する事は出来ず、多くのゲームは最初に無料でガチャを引けるということもあり、紅露美のようにガチャを引いて結果が悪ければアカウントを削除してやり直し、結果が良ければ他人に売ることでお小遣い稼ぎをする人間も後を絶たない。正太は同じゲームを開き、自分の力で得たキャラ達を自慢げに紅露美に見せつけた。
「確かに効率は大事だけど、お金でアカウントを買うなんて邪道だよ。僕だって昨日部屋で1時間くらいリセマラして、SSR2枚獲得したんだよ。倫会長は一発勝負だと言ってリセマラしなかったから保証分のSR1枚しか出なかったし、やるからには時間もお金もかけてやるべきだとすぐに課金したけど、まぁそういうのもアリだと思うよ」
「あ、SSR4枚出た」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
自分で苦労して手に入れたキャラクター達を愛でながら紅露美にRMTの愚かさを説こうとする正太であったが、紅露美が豪運を引き当てたことで絶叫し店内の注目を浴びる。このゲームにおける最高レアのSSRの排出率は3%であり、初回の10連ガチャでそれを4枚引き当てるのは極めて珍しいと言えよう。
「うわ、しかも人権いるし……」
「これなら5000円にはなるかな、早速出品しよっと」
枚数のみならずキャラクターの強さも優秀な紅露美のデータ。嬉々としながら専用のサイトで相場を調べると共に出品の準備をする紅露美を眺めながら、正太は自分の財布を確認するが5000円も入ってはいなかった。正太は机に置かれた紅露美の分のレシートを取ると、財布から食事代を取り出して紅露美の前に置く。
「紅露美さん、今日は奢るよ」
「お前さっきRMT批判してただろ……しかも桁が一つ足りねえんだよ……ん、待て。お前生徒会長と遊んでるんだっけ?」
「そうだよ。倫会長にお前は三日坊主が過ぎるから私が管理してやる、新しくゲームを始める時と辞める時は伝えろって言われて、このゲームも一緒に初めてフレンドにもなってるんだよ」
友達価格で相場の10分の1で買い叩こうとする正太に呆れる紅露美であったが、正太が倫と一緒にゲームをやっていることを思い出す。しばらく考えた後、紅露美はニヤニヤしながら売ってやるよ、ただし条件があると正太に告げた。
「今すぐ生徒会長に『もうこのゲーム飽きちゃった』って伝えろ。そしてウチの名前がついたユーザデータで遊び続けるんだ」
「え、でも倫会長は僕に付き合った挙句課金してるし……絶対怒られるよ……」
「このデータが欲しくないのか?」
「うっ……」
倫を裏切ることがデータを譲る条件だとニヤニヤしながら告げる紅露美に対し、悩んだ正太はスマホを開いて今頃は剣道部の練習をしているであろう倫に対し、このゲーム飽きたので辞めますと、練習が終わってスマホを見た倫が般若のようになるであろうメッセージを送信する。そして『くろみん』という名前のユーザデータを譲り受け、正太の第二のソシャゲライフが始まるのだった。そして正太は激怒した倫にたっぷり説教をされ数日後、紅露美とファーストフード店で食事をしている途中、ニコニコしながら自分が譲ったデータで活躍してるか? と問いかけられ、
「……え? うん……」
目を逸らしながら、変な間と共に回答をする正太。途端に紅露美の表情が引きつり、無理矢理正太のスマホを奪い取って中身を見る。どこを探しても紅露美がデータを譲ったゲームは見当たらなかった。
「あ、てめえ、アプリ自体無くなってるじゃねーか! まさか転売したのか? 5000円返せ!」
「いやいや、流石にそこまではしてないよ。アプリを消して、くろみんはちゃんと供養したよ」
「三日坊主過ぎんだろ! いいか、これからゲームを始めたり引退する時はウチに言え!」
倫を裏切ってまで手に入れた貴重なデータではあるが、正太の飽き性はそれをも超えていたようだ。激怒した紅露美にも一緒にゲームをするように問い詰められ、短期間で正太のフレンド枠は二人固定されることになるのだった。
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