7 図書室と漫画喫茶

「正太、ちょっと逞しくなったんじゃないか?」

「……! やっぱりそうですか? 何となくそんな気がしてたんです」

「筋トレをすると顔つきとかも変わってくるからな……ただその辺にしておけ、不必要に筋肉をつけると鈍くなって日常生活に支障をきたす」


 ある日の放課後、生徒会室で業務を行っている正太の顔をじーっと見つめながら、どこか残念そうに倫が正太の変化について触れる。原付に魅了されながらも筋トレをきちんとこなし続けた正太は少し筋肉がつき顔つきも凛々しくなってはいたものの、見た目的な話で言えば倫は筋肉質な男は好きでは無く、昔のどこかなよなよしている優男という感じだった正太の方が好きだったので尤もらしい理由をつけて正太のこれ以上の筋トレを防ぐ。


「倫会長も筋肉とか結構あったりするんですか? 竹刀を振ってますから腕の筋肉とか凄そうですね」

「ぶふっ……正太……セクハラだからなそれは……」


 逆に正太は筋トレをするにつれて女性の筋肉にも興味が出てきてしまい、日頃から鍛えている倫の筋肉を見たいと発言して倫の顔を真っ赤にさせる。説教をしながらも脳内で正太に服を脱がされ少し筋肉質な肌を見られる想像をする倫であったが、会話の流れで思い出したのかカバンから本を取り出し立ち上がる。


「ちょっと本を返してくる」


 図書室へ借りていた、少し大人な恋愛小説を返しに生徒会室を出て行く倫。小説の中身に満足していたからか出て行く時は上機嫌だった倫だったが、しばらくして生徒会室に戻って来た倫の表情は不機嫌なソレへと変わっていた。


「続刊が借りられてたんですか?」

「いや……もうすぐテストだからな、図書室に生徒がかなりいたんだが、かなり五月蝿くてな。次の本を探す気分にもならなかった」

「まぁ、学生が集まって勉強が捗るなんて滅多に無いですからね、僕も昨日はファミレスで友達に勉強を教えるつもりだったんですけど結局ずっと喋ってました。ドリンクバーだけで粘ってお喋りしてましたから店員にも嫌われたでしょうし、家の近くだからたまに家族と行くこともあるけど行き辛くなったなぁ」

「仕事をしている図書委員の生徒もかなり困っていたようだった。……そうだ正太、今から図書室で勉強を教えてやろう。私達が模範となるのだ」


 図書室で勉強会をするという名目で集まったはいいもののお喋りに興じてばかりの学生に不満を述べる倫。気持ちはわかると昨日の苦い経験を思い出す正太に、日頃から生徒会室で二人きりで喋ってはいるが勉強会というシチュエーションに憧れのある倫は正太を図書室に誘う。倫程では無いが成績は良い方であり、そこまで上位を目指している訳でも無い正太ではあるが、普段から世話になっている倫の誘いを断る理由も無いため二人は図書室へ。


「それじゃあ何かわからない事があったら聞いてくれ」


 私語の目立つ学生に生徒会として注意をした後、空いている席に向かい合って座り勉強道具を広げる二人。それからしばらくは真面目に勉強会をしていたのだが、わからない問題について正太が小声で倫に聞き、頼られた事でやや興奮し声が大きくなった倫による解説を受けた後、正太は図書委員がこちらを睨んでいることに気づく。


「……冷静に考えたら、例え勉強を教えていたとしても図書室で喋るのはあまり良くないのでは?」

「……確かに、さっきはちょっと声を出し過ぎた気もする。まあ折角来たし、本でも読むか」


 正太が小声で倫に勉強会は辞めようと提案すると、反省した倫は図書室をぶらつき恋愛漫画を持って来て読み始める。正太も新聞を読み始めしばらく無言の時が過ぎるが、漫画を読んでいた倫は語りたいらしく新聞に没頭する正太をチラチラと眺めるも、生徒会長が図書室で漫画について喋る訳にも行かずもどかしい思いをする。そんな経験から次の生徒会会議では勉強会をする生徒のためという名目で防音の仕切りをつけて個室のようにする事を提案する倫であるが、コスト的に現実的では無い、会長にしては珍しくいい加減な提案だと他全員にダメ出しをされてしまうのだった。


 ◆◆◆


「紅露美さんは図書室に行ったことなんて無いよね」

「あ?」


 ある日の放課後のファミレス。正太は友達……紅露美に勉強を教えている途中、先日の図書室の一件を思い出して軽く馬鹿にしたように紅露美に問いかけ、紅露美はイラっとしたのかテーブルに置いてある伝票を丸めてお前が払えと言わんばかりに正太に投げつけた。


「ウチをあまり馬鹿にするなよ。確かに原付の免許は取れねーし、テスト前にクラスの友達と勉強しようとしたらウチがいたら効率が悪くなると見捨てられる始末。だが図書館にはよく行くんだ」

「うっそだー」

「嘘じゃねえよ。じゃあ今から行きつけの図書館に連れてってやる。……っと、その前に折角の奢りだからケーキ頼もうっと」


 口は災いの元、紅露美のドリンクバー代もケーキ代も払う羽目になった正太はこの辺に図書館なんてあったかなと疑問を抱きながらも紅露美の後についていく。やがて二人が到着したのは図書館では無く、駅前にあるネットカフェ、漫画喫茶と呼ばれる代物であった。


「紅露美さん、もっと日本語勉強しようか」

「ここすげー漫画あるんだぜ? 学校の図書室だって漫画があるんだろ? つまりここも図書館」

「しょうもない屁理屈を……」


 漫画喫茶を図書館呼ばわりする紅露美に呆れながらも、折角来たんだしと共に入店する正太。オープンシートでファミレスに引き続きドリンクバーをお供に紅露美と漫画を読み耽るが、流行りの漫画を読んで本棚に戻す際に驚いたような声を上げる。


「……! この本が置いてあるなんて」

「レアなのか?」

「この作者の幻の作品なんだよ。重版もされてないからネットオークションとかでもプレミアがついてて、いつかは読みたいなと思ってたんだ。いやぁ、漫画喫茶のラインナップは流石だね」

「さっきまで漫画喫茶馬鹿にしてた癖によぉ……」


 ファンである漫画家の貴重な漫画を見つけた正太は、ニコニコしながらその漫画を両手に抱えてシートに戻り、勝手に紅露美の分も時間延長をして鼻歌を歌いながら読み耽る。そろそろ帰ろうと思っていたのにとぼやきながら仕方なく付き合う紅露美と共に持って来た漫画を読み終わり、続きの巻を取りに行くため本棚に向かった正太は再び驚いたような声を上げる。


「11巻以降が置いてない!」

「誰かが読んでるんじゃないのか?」

「そんなに人気があったら重版になってるよ。ちょっと店員に取り扱ってるのかどうか聞いてくる」

「迷惑な客だな……もうウチは帰るから」


 最終巻まで置いてあると思い込んでいた正太は途中の巻までしか存在しない事に大きなショックを受け、店員に続刊は導入しているのかどうか調べさせるというクレーマーの片鱗を見せつけ流石の紅露美も呆れてこれ以上は付き合いきれないと帰ってしまう。結局続刊は導入されておらず、中途半端に読んだせいでどうしても続きが読みたくなった正太。



「……おかしいな、図書室に新しく入れるために発注する本のチェックをしてたんだが、昨日チェックした時より漫画が増えてる気がする……確かに図書室には漫画もそこそこ置いてあるが、聞いた事も無い作品だしやたらと値段が高いし……」

「仕事と部活でお疲れなんじゃないですか? 残りは僕がやりますから、倫会長は今日は帰ってゆっくり休んだ方がいいですよ」

「そうなのだろうか……すまない、お言葉に甘えて今日は帰って早く寝ることにしよう」


 そしてとうとう図書室に導入する本のリストに勝手に漫画を追加し、学校のお金で読みたい漫画を買わせるという職権乱用に及ぶのだった。その翌週、図書室で漫画の続きを読む正太の表情は目的の為なら手段を選ばない悪魔のようだったという。

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