6 タンデムと原付

 子猫もいなくなり生徒会室から獣の匂いが消え、生徒会室は正太と倫が放課後に業務を行うという日常へ戻る。最近は新しい家族の事で頭が一杯な正太であるが、倫も最近は正太の猫好きを利用してどうやって次のデートに誘うかで頭が一杯であった。そして倫の家の近くに保護猫カフェがあった事を思い出し、自然な流れでデートに誘うために雑談を試みる。


「こないだのデ『ブォォォォォォォォォォォン!』」

「倫会長。何か嫌な事があったんですか? 流石に生徒会長が他人をデブ男呼ばわりはどうかと思います」

「違う! 私の家の近くに『ボボボボボボボボボボボボ』」

「ああ、昔流行りましたよね、そのギャグ漫画」

「一体何の話を『ブォンブォンブォンブォンブォンボボボボボボボボボボボ』……猫は許すがバイクは許さん!」


 しかし倫の発言は学校の近くを走っているバイクの集団による爆音によって掻き消され、激怒した倫は竹刀を持って生徒会室を飛び出て行き、相手が暴走族だったら倫が危ないと、正太も警察に連絡する準備をしながら後を追う。


「くっ……逃げられたか」


 二人が校舎の外に出る頃にはバイクの集団は遥か遠くへと走り去っており、一方的に騒音の被害に遭った倫は地面にバシバシと竹刀をぶつけた後、ぶつぶつと文句を言いながら生徒会室へ戻る。その後もデートの誘いはどこへやら、バイクや自転車の交通マナーについての不満を述べ始める倫。


「最近は電動キックボードなんてものも出て来たそうじゃないか、歩行者の立場はどんどん悪くなるな、防具をつけて日頃から移動したいくらいだ」

「映画とかだと自転車に二人乗りするシーンってロマンチックだなぁと思ってましたけど、今は普通に違反みたいですね」

「自転車に二人乗り……」


 日頃溜まっていた鬱憤を愚痴という形でひたすら正太に晴らす倫ではあったが、正太が昔見た映画のワンシーンを思い返しながら自転車の二人乗りについて語り始めると、自分も脳内で正太と二人乗りをしているシーンを想像して顔が赤くなる。


「……! そうだ、ちょっと自転車部に行くぞ」

「そういえばありましたねそんな部活」


 交通マナーは守らないといけないがどうにかして正太と自転車の二人乗りを実現できないか、そう考えていた倫は何かを閃いたようで正太を連れて自転車部の部室へ。中で何やら話をした後に倫が部室から持って来たのはサドルとペダルが二人分ついた、俗にいうタンデム自転車であった。


「買ったはいいけど見た目がちょっとダサい、これで学校の外を走りたくないと誰も乗ってないそうだ。折角買ったのだからどうにかして用途を見つけられないかと常々考えていたが、私達で実際に乗ってメリットだったりをレビューしてみないか?」

「確かにダサいけど面白そうですね」


 少し不格好だがこれなら合法的に二人乗りが出来ると、尤もらしい理由をつけて正太を誘う倫。正太も二人乗りという行為自体に一種の背徳感を覚えていたからか拒む事無く了承し、自転車部から借りて来たヘルメット等を装着して、正太が前、倫が後ろという形でタンデム自転車は学校の外へ。


「し、しかし、私達初心者だからこけないか心配だな。普通の自転車に比べて長いし」

「確かに小回りが利かなさそうですね。二人で漕ぐことでスピードが出るというのがメリットですけど、僕達みたいな初心者はゆっくり行った方がいいでしょうね。……そうだ倫会長、アレをやればいいんですよ」

「……! 確かにアレなら私は漕がないからあまりスピードが出ないな」


 最初は平坦な道を二人で漕いでいたが一人で漕ぐよりもスピードが出やすいためにハンドルを握る正太は方向転換に苦戦する。そんな時、そもそも自分達が話していた二人乗りのシーンを思い出した正太はちゃんとした呼び名がわからないためアレとだけ倫に伝え、同様に二人乗りのシーンを考えていた倫もその言葉で察して荷台の代わりにサドルに横向きに座る。明らかに推奨された乗り方では無いし普通の自転車の二人乗りと同じく危険なのだが、お互い映画のワンシーンを演じている気分になっているからか細かい事は気にせずに学校周辺を走っていく。


「……はぁ……はぁ……」

「大丈夫か? 今度は私が前で漕ごう」

「す、すみません……普通の自転車に比べると一人で漕ぐとなるとやっぱり重たいですね」

「……」

「違いますよ、自転車自体が長いから重たいって意味です」


 しかしただでさえ自転車の重量が重たいのに倫を乗せて一人で漕ぐのは日頃から運動をしている訳では無い正太にとってはハードルが高く、ある程度走ったところでバテてしまう。重たいと言われてショックを受けながらも交代で前のサドルに座り、『好きな人が座った後のサドルに座るのってなんだかいやらしいな』と思春期男子のような感想を抱いて顔を赤くしながらも、後ろに座る正太にはその顔を見せることなく漕ぎ始める倫。


「坂道ですね。そろそろ僕も漕ぎますね」

「いや大丈夫だ。なかなか足腰を重点的に鍛える機会は無いからな」

「……倫会長は全然息があがらないんですね」

「これでも私は剣道部部長だぞ?」


 横乗りしながら休憩をして回復した正太は、坂道が見えてきたので倫だけに負担させる訳にはいかないと自分も漕ごうとするが、体育会系の倫は訓練に丁度いいと一人で漕ぎ続ける。平坦な道でもバテてしまった正太とは違い、日頃から鍛えている倫は坂道だろうと苦も無く漕ぎ続けており、そんな頼もしい後姿を眺めていた正太は偶には筋トレをしようと決意するのだった。そして倫は『後ろに座っている時にバランスを崩したという体で抱き着けば良かった』と思春期男子のような感想を抱くのだった。そしてタンデム自転車は後ろにマネージャーを乗せて重たい状態で漕ぐことで足腰を強力に鍛える事が出来るというメリットを見出され、それなりに使われるようになったと言う。



 ◆◆◆


「という事があってさ、最近ちょっと外を走ってみたりスクワットしてみたり、身体を鍛え始めてるんだよ。次の休日は自転車で遠くまで出てみようかな。紅露美さんもどう? タンデム自転車の後ろ」


 タンデム自転車の問題も解決してしばらく経ったある日の放課後、公園でプロテインジュースを飲み、筋肉痛に耐えながら紅露美に運動してますアピールをする正太。そんな正太の頑張りを賞賛する事無く、馬鹿だなと紅露美は鼻で笑う。


「あんなダサいの乗ってられっかよ……大体鍛えて自転車に乗らなくたってウチらには文明の利器があるだろ、バイクって言う。タンデムでもそっちのがカッコいいだろ」

「うっ……ていうか紅露美さん、バイク持ってるの?」

「まあな。ちょっと待ってろ、持って来てやるよ」


 自転車よりもバイクの方が乗り物として優れていると主張する紅露美に対し、自転車が好きで身体を鍛えている訳では無く、倫に体力の差を突き付けられたことで身体を鍛え始めた正太は言い返すことが出来ず、話題をバイクへと変更する。バイクを持っているという紅露美は愛車を自慢したいのか自分の家へと去って行き、しばらくして原付を押して戻って来た。


「先輩から貰ったんだ。いいだろ」

「いいなぁ……ちょっと僕にも乗らせてよ」


 ペダルを漕ぐこと無く前に進む自転車の上位互換とも言える存在を自慢する紅露美に対し、素直に羨ましがりながらサドルに跨ろうとする正太。しかし紅露美は駄目に決まってるだろと正太を押して妨害する。


「免許無いだろお前」

「この公園今は誰もいないし」

「そういう問題じゃねえだろ……事故ったらどうすんだ? ウチの愛車が傷つくだろ? そりゃウチは品行方正な人間じゃねえけど、どんな悪事も許してる訳じゃないからな?」

「ごめんごめん……じゃぁせめて紅露美さんが乗り回してるのを見せてよ」


 原付の免許が無いのだから乗ってはいけないと、自分の愛車が傷つく恐れがあるからか極めてまともな事を言う紅露美に対し、最近ちょっと悪に傾き過ぎてる気がするなと反省しながら紅露美が乗っている光景で我慢しようとする。しかし紅露美は肩をすくめてやれやれと呆れ始めた。


「だから言っただろ。免許が無い奴は乗っちゃ駄目なんだって」

「うん、わかってるよ。だから紅露美さんに……え?」


 原付の免許が無いのだから乗ってはいけないと、もう一度当たり前の事を言う紅露美に違和感を覚えた正太は先ほどのシーンを思い返す。紅露美は公園に来る時に、原付を押して戻って来ていた。


「原付の免許って簡単に取れると思ってたんだけどな、試験が滅茶苦茶難しいのよ。試験受けるのも金かかるしな……家からここまで押して歩くのはきつかったぜ、いい運動をしちまった。よし、今週また試験に挑戦するぜ」

「お疲れ……」


 乗る事の出来ない愛車を自慢するために原付を押して家と公園を往復する紅露美に対し、変なところで真面目で努力家だなぁと感心する正太。その翌週、ファーストフード店で今回も学科試験に落ちてしまった事を話し、落ち込んでいるから奢ってくれよと大きなため息をつく紅露美。正太がカバンから財布を取り出すのを見て、言ってみるもんだなと喜ぶ紅露美であったが、正太が財布から取り出したのはお金では無く、


「真面目に勉強してたら落ちるわけ無いでしょ、というか勉強しなくても常識でしょあんな問題」

「え……」

「じゃ、奢るから原付運んで来てね」


 しっかりと正太の顔写真が写った、種類の欄に原付と書かれている運転免許証。その後手間賃として食事を奢って貰った紅露美は家から原付を再び押して公園に向かい、


「いやー、確かに漕がなくていいのは楽だね。原付ってスピード出せないけど、このくらいのスピードなら安全にも気を配れるし。次のお年玉で買おうかな」

「う……あ……」


 自分の愛車を乗り回す正太を屈辱的な表情で眺める。帰りに原付を押して家に戻る途中、自然と涙が零れた紅露美はこれ以降少しだけ真面目に勉強するようになったという。

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