5-2 猫カフェと動物虐待

「きゃー可愛いー」


 放課後の生徒会室。普段は正太と倫くらいしかいないこの部屋も、今は数匹の猫と生徒会役員で賑わっている。日頃の業務は面倒臭がってやろうとしない他の役員達も子猫と遊ぶのは大歓迎らしく、正太と共に猫じゃらしだったりボールだったりで楽し気に遊んでおり、その光景を生徒会室の片隅で業務を行いながら、マスクを着けた倫はもどかしそうに眺めていた。


「(うう、あの会計め……普段仕事なんて全然しない癖にこんな時だけ生徒会室に入り浸りおって……正太と距離が近い!)」


 正太と猫好きの女子である1年の会計が仲良く猫トークをしているのを眺めながら苛立ちを隠せず、あくまで里親が見つかるまでこの部屋で保護するというだけで放課後に遊ぶために保護した訳じゃないと注意をしようと二人の下へ向かうが、必然的に猫との距離が近くなりくしゃみを連発してしまう。


「いっきし! えっくし! 遊ぶなとは言わないが程々にしろ」

「すみません、仕事の邪魔でしたね。そもそも最近僕も仕事をサボってばかりでしたね。それより倫会長……最近体調が優れないようですが大丈夫ですか?」

「気にするな。季節外れの花粉症だろう」


 倫の体調を気遣う正太に対し、内心は喜びながらも自分が猫アレルギーだと言う事を隠そうと誤魔化す倫。再び猫から離れて業務を続けようとする倫であったが、正太は猫と倫を交互に眺めた後、険しい表情をする。


「……ひょっとして倫会長、猫アレルギーなんじゃないですか?」

「猫アレルギー? へえ、そういうのがあるのか。正太は物知りだな。まぁ、くしゃみが出る程度なら問題無いだろう」

「悪化するとくしゃみじゃ済みませんよ。……やっぱり職員室で面倒を見て貰うか、部屋に放し飼いじゃなくて檻に入れておくかした方が良さそうですね」


 倫が猫アレルギーであることを見抜き、猫を倫から遠ざけようと考える正太。正太が猫よりも自分の事を優先しようとしている事に顔がにやけながらも、このままでは正太が悲しんでしまうと焦る倫。


「待て待て、生徒会長たるもの猫アレルギーなんぞに負ける訳にはいかん。いい機会だから荒療治だ。さぁ猫ちゃん、私と遊ぼうじゃないか……いっきし!」


 正太と結ばれるためには猫アレルギーを治す必要があると、身体をむずむずさせながら猫と遊ぼうとする倫。そんな倫を心配そうに見守る正太だが、更にそんな二人をニヤニヤしながら眺め、カバンからチケットを取り出して倫に渡そうとする会計。


「あ、そうだ。この前近くにある猫カフェに行って来たんですけど、割引券貰ったんです。良かったら二人でどうですか。きっと猫アレルギーの治療に良いですし、副会長も一人じゃ恥ずかしくて入れないかも知れませんけど、会長と一緒なら問題無いですよね?」

「……! 猫カフェですか、確かに興味はあったんですけど行った事が無いんですよね。倫会長、週末どうですか」

「も、勿論だ! 恩に着る、来週には猫アレルギーを克服した私を見せてやろう」

「それよりちゃんと付き合うようになった二人が見たいですね」

「馬鹿、声がでかい!」


 倫の片想いであることも見抜いており、二人を応援している会計によるデートの提案に、猫カフェという単語に食いつきすぐにデートの誘いをかける正太。あっさりと二回目のデートが決まった倫は小声で茶化して来る内申目的で生徒会に入った会計に対し顔を赤らめて怒りながらも、心の中で次期生徒会長にはお前を推薦するからなとありがた迷惑な感謝をするのだった。



 ◆◆◆



「それじゃあ倫会長、剣道部頑張ってください」

「うむ。……今日でこの部屋から猫の鳴き声がするのも終わりか。最初は猫アレルギーで大変だったが、今となっては寂しく感じるな」

「それならまた今度一緒に猫カフェに行きませんか?」

「……! そ、そうだな。考えておこう」


 猫カフェで正太は猫に囲まれて癒され、倫は猫と触れ合った事と気合により猫アレルギーが改善し、里親も順調に見つかって行き残すは一匹。その一匹もこの日のうちに里親が見つからなければ正太の家で引き取る事になっており、猫だらけだった生徒会室を懐かしみながら部活へと向かう倫。


「~~♪」


 倫を見送り、生徒会室には正太と子猫が一匹という状況。既に気分は飼い主らしく、ボール遊びをする子猫を上機嫌に鼻歌交じりで眺めていると、ガチャリと生徒会室のドアが開いて紅露美が顔を覗かせる。


「……ペット飼う許可が出たのかい?」

「おいおい、何だよその親の仇にするような憎しみの目は……今日で猫がいなくなるんだろ? 遊びに来たんだよ」


 自分が飼うつもりの猫を奪いに来たのかこの泥棒猫め、と本気で紅露美を睨みつける正太に呆れながらも、生徒会室に置いてあった猫じゃらしのオモチャを振って子猫と遊ぼうとする紅露美。そんな一人と一匹を眺めていた正太だったが、何かを思いついたのか待っているように紅露美に伝えカバンを持って生徒会室を出て行く。しばらくして生徒会室に戻って来た正太は、内側からガチャリと鍵をかける。


「……? おい、何で鍵を閉めてんだ。ま、まさかウチと猫がにゃんにゃんしてるのを見て発情したのか?」

「一度やってみたい事があってさ。人に見られると色々と厄介だから」


 正太の行動を不審がり、勝手に貞操の危機を覚える紅露美であったが、正太がカバンから取り出した物をを見て貞操どころか命の危機を覚える。そこにあったのは小型の拳銃に見えたからだ。


「おい、冗談だろ?」

「エアガンだけど猫に当たったらかなり痛いだろうね。打ち所が悪かったら死んじゃうかも。一度やってみたかったんだよね、動物虐待。今まではずっと犯人を憎んで来たけれど、実際に自分もやってみたら爽快なのかもしれないし。ほら猫ちゃん、おいでおいで。美味しいBB弾の時間だよ」

『みゃーお♪』

「やめろ、よせ、行くんじゃない、ほら、そんなもんよりこのちょっと高いチョコにしろ」


 いつも通りの笑顔を崩さぬまま、狂気に満ち溢れた発言と共に銃口を子猫に向ける正太。目の前の物体の危険性がわからない子猫は既に正太にすっかり懐いているからか、遊んでくれると思ってとことこと正太の下へ歩いていく。子猫を助けようとする紅露美であったが、恐怖で足がすくんでおり、カバンからチョコレートを取り出して子猫の気を逸らそうとするのが精一杯。


「どうせあのまま外にいたら車に轢かれるかカラスに食われるかしてたはずさ。だからこれは悪い事なんじゃないよ、むしろ短期間とは言え延命させて楽しい思いもさせたんだから善行だ。じゃあね子猫ちゃん」

「やめろーーーーーーー!」


 紅露美の必死の抵抗も虚しく、正太のエイム力でも十分に命中しそうな距離まで子猫は近づいてくる。別れの挨拶を告げて正太が引き金を引いた瞬間、紅露美は叫びながら正太と猫の間に飛び掛かる。そしてパァンという音と共に、紅露美の顔には大量の国旗が被せられていた。


「……おい」

「手品部から借りてきたんだ、紅露美さんは自己犠牲精神が強いんだね。その焦った表情とか怯えてる表情だとかはちょっと来るものがあったよ。さぁケイオスちゃん、新しいお家に行こうか」

「……もしもちゃんと飼わなかったら、国旗じゃ済まさねえからな」


 緊張の糸が切れてその場にへたれ込む紅露美に微笑み、子猫に名前をつけてペットバッグに入れて何事も無かったかのように帰ろうとする正太。そんな正太に既に国旗が飛び出ている銃口を向けながら睨みつける紅露美であった。



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