5-1 捨て猫と餃子

「結局告白とかは出来なかったが、一歩前進だよな。それにデートのアップデートをしようなんて話にもなったし、自然な流れで次のデートを取り付けるチャンスだ」


 自室で布団にくるまりながら、先日の正太とのデートを思い返してベッドの上をゴロゴロと右往左往する倫。明日の生徒会の業務の時は、前回のデートの話で盛り上がって、その勢いで次のデートの話をしよう……そう決意し、翌日の放課後に生徒会室に向かう。


「……こないだのデー『みゃー』」

「データですか? ああ、部活の大会での結果一覧ならまとめておきましたよ」

「ありがとう。そうじゃなくて、先週の『なーお』」

「先週の名尾? 確かに名尾のやつ、彼女にフラれて様子がおかしかったですね。よくご存じで」

「(名尾って誰……)」


 そして二人で業務を行う途中にデートの話をしようとする倫であったが、タイミング悪く外から猫の鳴き声が聞こえてきては倫の発言を邪魔して行く。正太のクラスの男子が先週フラれたというどうでもいい情報を入手しながら、倫は大きくため息をついた。


「ははは、猫も今日は会議をしているみたいだな」

「気が利かずすみません。追い払って来ます」

「ま、待て、そこまでしろと言った訳では無い」


 外で気ままに鳴いている猫を皮肉ると、業務の邪魔だから追い払って来ますと正太は生徒会室を出て行ってしまう。慌てて倫も生徒会室を出て正太と共に声のする方へ向かうと、校舎の離れで数匹の子猫が鳴いていた。


「ず、随分人懐っこいんだな」


 二人を見ると駆け寄ってくる子猫達に、後ずさりしながら疑問を抱く倫。一方の正太はその場にしゃがみこんで集まって来る子猫を撫で始めるが、その表情は非常に険しかった。


「人を見ても逃げない。やたらと毛並みがいい。母猫が見当たらない。……捨て猫ですね」

「そうなのか? 詳しいんだな」

「猫飼ってますから」

「そ、そうか……」


 誰かに捨てられた猫であることを見抜き少し不機嫌になる、デートの時は盲導犬の映画を見たが猫派な正太。一方の倫は猫から距離を取りながら、正太が猫を飼っているという新しい情報を入手して軽いショックを受ける。というのも倫は猫アレルギーであり近寄ることも難しいからだ。


「さて、業務に戻りましょうか。追い払うのは勘弁してください」

「……その猫達、放っておいたらどうなるんだ?」

「学校にいれば誰かが餌をやるでしょうけど、外に出れば車も多いですからね。カラスに襲われることもあるでしょうし、一匹大人になるかどうかってところでしょう」


 猫を捨てた犯人に対する怒りを顔に浮かべながらも、これだけの数を飼うなんてとてもじゃないができない、外にいる猫に過度な干渉はするべきではないと生徒会室に戻ろうとする正太。猫達はみゃーみゃーと鳴きながら正太の後をついていこうとするが、正太は逃げるように速足でその場を去ってしまい、猫達は代わりに倫の方へ向かって行く。猫から逃げながら、先ほど正太が見せた怒りや悲しみと言った表情を思い返す倫。鼻をむずむずさせながらも、自分がやるべき事は決まっていると逃げるのを辞めて猫に向き合う倫であった。


「……」


 生徒会室に戻った正太は業務を進めようとするが、イライラが収まらず仕事が手につかない。外から聞こえる猫の鳴き声を聞きながら気分転換にスマホを開いて飼い猫の写真を眺めていると、段々と猫の鳴き声が大きくなってくる。


「……くしゅん。正太、里親探しをしよう。それまではここで面倒を見ようじゃないか」

「いいんですか、会長? 仕事も部活もありますし、猫の世話って大変ですよ?」

「猫に不法侵入は適用できないからな、我が校の生徒として迎え入れなければなるまい。まぁ、私は猫の事なんてさっぱりわからないから正太に任せることになるが……頼めるか?」

「……わかりました。ありがとうございます、倫会長」


 やがて子猫達が入った段ボールを抱えながら、猫アレルギーと戦っている倫が生徒会室に入って来る。段ボールから飛び出て我が物顔で生徒会室をうろつく子猫達を眺めながら、これから忙しくなるなと正太は満面の笑みを浮かべ、それを見た倫も笑顔になろうとするが鼻がかゆくてどうにもしまらない表情になるのだった。



 ◆◆◆



「というわけで、今生徒会室は猫カフェ状態なんだよ」


 正太と倫が教師に掛け合い正式に学校で里親探しをすることになり、しばらくは生徒会室で子猫を飼うことに。子猫を救うことが出来るからか、普段仕事をしている場所が猫だらけだからか、放課後に隣を歩く紅露美が気持ち悪がるくらいのニヤケ顔となる正太。


「お前その顔すげーキモイぞ……あれだろ、お前ネットとかで猫の事をぬことか言ってるタイプだろ、あれ本当に見てるこっちが恥ずかしいから辞めろよな」

「ぬこと和解せよ……紅露美さんも一匹どうだい?」


 紅露美に引かれてもヘラヘラとした態度を崩さずに、里親にならないかと問いかける正太。下の名前で呼ばれたことで紅露美の口元も少し緩むが、すぐに残念そうな表情になる。


「猫は嫌いじゃねえが、ウチはペット禁止のアパートだから飼えねえよ……お、噂をすれば猫だ」

「あれはいわゆる地域猫だね」


 紅露美が家庭の事情で猫を飼えないことに残念がっていると、前方から一匹の猫がとことこと二人の下へ。日頃から地域の人間に餌を貰っているからか、足元でにゃーにゃーと鳴いて餌を催促する。


「だから飼えねえって言ってんだろ……しょうがねえな、これでも食え」


 猫にお願いされても駄目なものは駄目だ、と紅露美は首を横に振りながらも、餌はあげるつもりらしくカバンからチョコレートを取り出して与えようとするが、その手を正太がガシっと掴む。


「離せよ変態」

「紅露美さん。猫にチョコレートは毒なんだよ。授業で習わなかったかい?」

「猫好きの常識が世間の常識だと思うなよ……それに正太、お前は猫の気持ちを考えたことがあるのか?」

「猫の気持ち? 愚問だね、『お兄ちゃん遊んで欲しいみゃぁ~』って言ってるよ」


 猫にチョコレートを与えてはいけないという猫飼いの常識を説きながら、裏声で猫の気持ちを代弁する正太。紅露美にとってはあまりにもその裏声が気持ち悪かったらしく鳥肌を立てながらも、猫の事になると周りが見えなくなっている正太を諭すような目に。


「猫だって美味いもんは身体壊したって食いたいに決まってんだろ。お前はラーメン食うだろ? 添加物たっぷりの。美味しいもんは身体に悪いってわかってても、野菜ばっか食わねえだろ?」

「僕達は人間だから。体調管理は自分で出来るんだよ」

「それは驕りって言うんだよ。現に運動せずに太ってるやつなんてそこら中にいるだろ? 猫は毎日その辺を走り回って、人間なんかよりずっと運動してるぜ? そんな猫を体調管理出来ない馬鹿扱いして、身体にいいもんばかり食わせて、そりゃあエゴってもんだろ」

「……ちょっとだけだよ」


 そのまま食事と幸福論について語り始める紅露美。言い返す事のできない正太は掴んでいた手を離し、紅露美は割ったチョコレートを猫に与えてそれを貪るのを微笑ましそうに眺めるのであった。



 ◆◆◆


「モラル、餌だよ」


 その日の晩。正太は自宅で飼っているモラル(アメリカンショートヘアー♀)の名を呼び、食事の時間だと理解したモラルはとことこと正太の下へ。しかし正太が差し出したお皿に載っているのはいつものウェットフードでは無く、どこからどう見ても餃子。


「いいかいモラル、これは餃子って言って僕の好物なんだ。玉ねぎだったりニラだったり、猫には猛毒のオンパレードなんだよ。でも美味しいよ、モラルも毎日健康にいいからってカリカリだったり猫缶だったり退屈だろう? たまには火遊びも必要だよ、さぁ、本当の自分を解放するんだ」


 紅露美に論破された挙句、自分の飼い猫にも毒を食べさせようとする正太ではあったが、モラルは餃子に口をつけることなく正太の母親へ餌をねだりに向かうのだった。

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