4-4 逆パパ活と予習済みデート
「結構良かったですよ会長の提案したデートプラン。お金もかからなかったし」
「最後は結局『休憩』しちゃったけどねー」
正太と紅露美がデートをした翌日、学校のベンチでいちゃついていた、倫に健全な学生のデートプランを考案したから実践しろと言われたカップルも同様にデートをしておりその感想を倫に告げる。休憩の意味は理解できなかったが、デートのプランとしては問題無しと判断した倫は意気揚々と放課後に生徒会室に向かい、正太にそれとなくカップルが実際にデートをしたという情報を伝える。
「へえ、あのカップルもデートしたんですか」
「カップル『も』?」
「ああ、いや、その……僕も彼女が出来たけどお金が無くてまともなデートプラン考えられないって友達に伝えてたんですよ。きっと土曜日は僕の友達がデートして、日曜日はそのカップルがデートしたんでしょうね」
正太はうっかりと自分達もデートをした事について口を滑らせてしまい倫の表情が険しくなる。放課後に一緒に運動部の練習を眺めていたり、近くのファーストフード店で一緒に食事をしたり、正太は別に紅露美と交友がある事を周囲にひた隠しにしている訳ではないものの、喫煙だったり飲酒だったり倫にバレてはいけないやましい事があるだけに本能的に弁解をする。基本的に倫が剣道部に出ている時に紅露美と会っており、目立つ倫の傍にいる男、という意味では注目を集める正太ではあるがそれ以外ではあまり印象に残らないからか紅露美と一緒にいても噂にならず、この時点では正太と紅露美が交友関係にある事を知らないし聞いたこともない倫は素直に正太の弁解を信じてほっと胸をなでおろす。
「そういうことか。……そ、それで何だが……週末に、私達もこのプランでデートをしないか? ほら、お互い予行演習になるだろ? これはお前の理想のデートプランでもあるだろうし」
そして意を決して正太をデートに誘う倫。倫の脳内では自分に惚れている正太は好きな相手からデートに誘われたことで心臓がバクバクしながら、照れながらOKをするというシナリオが展開されていたのだが、現実の正太は苦い表情をする。
「そ、その……ちょっと手持ちが……」
あまりお金のかからないデートプランとは言えど結局映画を見たりゲームセンターで追加で遊んだりしており、バイトもしていない高校生の正太に二週連続でデートをするだけの余裕は無い。更に人生初デートがパパ活という歪んだ経験が、勝手に脳内で倫は紅露美より値段が高そうだと失礼極まりない妄想をしてしまい、日頃お世話になっている倫からの誘いとは言えどあっさりと了承は出来ずにいた。
「男が奢って当然なんて考えは古い! 何なら私が多めに出すから!」
「わ、わかりました」
正太が先週お金を払ってデートをしている事なんて知らない倫ではあったが、財布事情があまり良くないことは察して誘ったのは自分なのだから多めに出すと逆パパ活のような提案をする。倫にそこまで言わせて断る事も出来ず正太はそれを了承し、晴れて二人は週末にデートをすることになった。
◆◆◆
「おはよう! 私達の常識では時間通りだな!」
「おはようございます会長。それじゃあ歩きましょうか、こっちです」
「随分手際がいいんだな、この辺歩き慣れているのか?」
週末の公園。お互い優等生という事もあり、きっちりと5分前集合をした二人はすぐに公園の散歩コースを歩く。正太からすれば先週歩いたコースをもう一度歩くだけなのでスムーズに先導が出来るが、そうとは知らない倫はデートを楽しみにしていた正太が予行演習をしたのだろうと推測してニヤニヤしながら横を歩く。散歩をしながらお互いの話をしようとする二人ではあったが、正太と倫は生徒会室で会話をする機会が多いこともありあまり目新しい話題は出てこない。
「……その、私達も知り合ってから結構経つだろう? そろそろ呼び方を変えてもいいんじゃないか?」
「確かに会長、副会長という呼び方はどこか余所余所しい気もしますね」
会話の話題に悩んだ倫は、こうしてデートもしているのに未だにお互いを役職で呼び合っている現状をもどかしいと感じていたこともあり、勇気を出して呼び方を変えないかと提案する。
「私はたまにお前呼ばわりしたりして、少し偉そうだなと思ってたんだ。そ、そういうわけで……」
「わかりました。今後は明道会長と呼びますね」
「ま、待て待て、それだと私が橋詰副会長と呼ぶことになる。流石に文字数が多い、今は無駄を極力減らす事が必要な社会なんだ。下の名前で呼ぼう。それでいいだろ? 正太」
「僕は流石に会長を下の名前で呼ぶのは畏れ多いですよ。倫会長で良いですか?」
「まぁ、いいだろう。そろそろお昼の時間か」
正太も役職で呼び合う関係が味気ないことについては日頃から感じてはいるものの、脳内では両想いであり下の名前で呼び合うのが当然という倫の気持ちは伝わらず、最終的には倫は下の名前で呼び捨てだが正太は会長をつけるというどこか距離を感じる呼び方となってしまう。それでも正太に下の名前で呼ばれたことで内心はしゃぎつつ、ベンチに座って作って来たお弁当を広げる。
「……僕、倫会長に好物とか話しましたっけ?」
「いや、そんな話は聞いてないぞ? 私達の好物の相性がピッタリなんじゃないか?」
お互いのお弁当を交換するということで倫が正太に用意したお弁当の中身を見て驚く正太。そこにあったのは正太の好物ばかりだったからだ。偶然を装う倫ではあったが、実際にはこの日のために自分の交友関係を駆使して正太の好物に関する情報を収集するという用意周到っぷり。先週に引き続き作ったため出来が若干良くなっている正太のお弁当を美味しそうに頬張りながら、嬉しそうに倫のお弁当をつつく正太を眺める倫であった。その後もプラン通り参考書を見に行ったり、近くの動物園に行ったり、ゲームセンターできっちり500円で諦めたりと、正太の理想のデートを完璧に遂行する二人。
「それじゃあ倫会長。今日は楽しかったですよ、誘って頂きありがとうございます」
「いやいや、私も楽しかったぞ。……ちょっと帰るのは待ってくれ」
ゲームセンターを出て、別れの挨拶を済ませて帰ろうとする正太を引き留める倫。どうかしましたかと倫に向き直る正太に、もじもじしながら、顔を赤くしながらもその表情が正太には見えないように俯く倫。
「今日のデート、私も楽しめたし、正太も傍から見て凄く楽しそうだった。……きっと、私達は凄く相性がいいのだろう。それでなんだが……」
付き合わないか、という単純な台詞を昨日の晩に何回も予習した倫ではあるが、いざその時になると言葉が出てこない。正太の方から告白して欲しい、自分の勘違いだったらどうしよう、そんな葛藤が頭の中を駆け巡り、
「PDCAサイクルを回すことが大切なんだ。完璧で健全なデートプランのために、今後ともアップデートして行こうな」
「なるほど。確かにゲームセンターで500円だけ使うというのは誘惑が多すぎて難しいですからね。改善の余地はありかもしれません」
結局は適当に誤魔化して、それじゃあまたなと笑いながら、心の中では意気地無しな自分を責めながら去って行く倫であった。
◆◆◆
「というわけで、先週は倫会長ともデートしたんだよ」
その翌週。告白は出来なかったもののデートをしたことで上機嫌そうに剣道部に向かう倫と別れ、紅露美とファーストフードを食べながら倫とのデートについて語る正太であったが、紅露美が非常に不機嫌そうな表情をしていることに気づき慌てて弁明をする。
「誤解だよ。倫会長にはお金は払って無いよ。だから比較して落ち込まないでよ。650円だけ宝条さんの方が高いとポジティブに行こう」
「そんな事を気にしてるんじゃねーよクソノンデリ野郎が。……私達、友達だよな? なぁ『正太』、ウチの下の名前知ってるか?」
「……何だっけ」
「紅露美だ紅露美。忘れないように次からは下の名前で呼べよ? 友達は下の名前で呼び合うのが常識だからな」
しかし紅露美が不機嫌な理由は、同じようにデートをしたのに倫は下の名前で呼ばれて自分が呼ばれていないことであった。倫のように明確に恋愛感情の自覚がある訳ではないが、心のもやもやが晴れない紅露美はこうして無理矢理正太に下の名前で呼ばせるのだった。
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