4-3 休憩3500円と本当のパパ

「もう歩き疲れたぜー、次はどうすんだよ」

「参考書を見に行く予定だったけど、これ以上立つのも嫌だしね。映画でも見ようか?」

「こうなった原因はウチが弁当を二つ作って来た部分もあるしな、特別に割り勘でいいぜ」


 部活に入っておらず、高校から家も近いのでそこまで日常的に歩かない二人にとってはいい運動になったものの、公園を歩き続けたことで足が悲鳴を上げてしまったので正太は当初のプランを変更して映画を見に行こうと提案する。財布の中を確認しながら了承する紅露美と共に近くのショッピングモールにある映画館へと向かい、上映されている映画のリストを眺める正太。


「宝条さんは見たいのある?」

「学の無いウチにはミステリだのサスペンスだの理解できねーからなー、このお笑い芸人の半生を描いたコメディかな」

「僕はこの盲導犬と飼い主の絆を描いたノンフィクションだけど、そっちに合わせるよ」

「まぁ待て。カップル割を使えば1つ分の値段で2本見ることが出来るみたいだ」

「……店員さんの前で2ショット写真を撮るのが条件らしいけど……しかも店内に貼られる可能性もあるみたいだよ?」

「写真くらいいいだろ、イケメンと美少女のカップルでも無いんだし選ばれねえよ」


 紅露美の見たがっている映画のチケットを購入するために並ぼうとする正太であったが、紅露美はカップル割を実施していることに着目して、2ショット写真を撮るために店員を呼び出す。人を650円で買ってデートしたんだからもう少し嬉しそうにピースしろよと人聞きの悪い事を言われながらも正太はカップルに見える写真を撮り、お楽しみは最後に取っていくタイプだと言う紅露美に合わせてまずは自分の見たがっていた盲導犬の映画へ。


「う、えぐっ……誰だよコメディの前に泣ける映画を見ようなんて馬鹿な事を言い出したのは……こんな気持ちでお笑い芸人の話なんて見ても楽しめねえよ……」

「そんなに泣けたんだ」

「何でお前全然泣いてねえの?」

「いやいや、感動はしたよ。ただ僕は犬目当てで見てたとこあるから」

「おいおい、じゃああの目が見えない主人が101匹の中から飼い犬を探し当てるシーンは犬たくさんいるなぁって思いながら見てたのかよ。とんでもねえ野郎だぜ」


 最初こそは泣けるシーンで笑って空気をぶち壊してやろうぜとケラケラと笑っていた紅露美であったが、正太よりも遥かに内容に感動してしまい、シアターを出る頃にはボロボロと涙を流すように。その足取りで二本目のシアターに向かったことで周囲からはまるで正太が彼女にDVをして泣かせているかのように映り怪訝な目で見られてしまい、爆笑ギャグで早く泣き止ませてくれないかなぁと、二本目の映画に出て来るお笑い芸人に希望を託す正太。感情の変化が激しい性格なようで、映画が始まって10分もする頃には紅露美はゲラゲラと爆笑しており、涙の理由も笑い過ぎへと変化して行った。


「いやー、やっぱりお笑いって良いよなぁ。来年の文化祭ではステージで漫才やろうかなぁ。そういう訳で私はコンビニに入って来たお客さんやるからお前は店員してくれよ」

「ははは……ってちょっと待って? それって映画の中でやってた漫才のオマージュだよね? その設定だと僕がボケにならない?」

「お前はボケだよ、もっと自分に自信を持て」


 映画館から出た後も余韻に浸りながら、来年の文化祭のステージで爆笑をかっさらうことを夢見てエアツッコミを入れる紅露美に、どう考えても僕がツッコミだろうとツッコミを入れてツッコミを渋滞させる正太。『参考書を見に行く』『動物園に行く』という本来の予定を映画2つで上書きした正太は、最後は予定通り遂行しようとゲームセンターへ紅露美を連れて行く。


「何で遊ぶんだ?」

「UFOキャッチャーだよ」

「おいおい、いくら金があっても足りねえぞ?」

「だから事前に軍資金は500円と決めておくんだよ。UFOキャッチャーは取れても取れなくても楽しい、そう自分に暗示をかけることが大切なんだ。景品が取れたか取れなかったかなんてのは最早どうでもいいんだよ。冷静に考えてご覧よ、別にでかいぬいぐるみいらないでしょ? 取れても逆に困るでしょ?」


 どう考えても取れなさそうな、そもそも取れても困る巨大なぬいぐるみをアームで掴み、『え、落ちるかも!? ……あー、駄目だったかー』を楽しむのがUFOキャッチャーの醍醐味なんだと力説する正太。どうせなら取れても困らない巨大なお菓子にするべきだと主張する紅露美の意見も取り入れて、二人は合計1000円を取れそうにない巨大なお菓子のために筐体へと吸い込ませていく。その後もお互い遊び足りないと感じたのか音ゲーだったりホッケーだったりを遊び、二人がゲームセンターを出る頃には日が暮れていた。


「(……パパ活の〆といったら、そりゃあ、あれだよな……いいのか? ウチの初体験の価値が650円と3500円で。まぁ、こいつ見た目は悪くないし、面白い奴だとは思うけど、出会ってまた1ヵ月も経ってないんだぞ? 確かにウチはいい加減な人間だけど、もう少し自分を大事にするべきじゃないのか? いや、でも年取ってからするより若い頃にする方がイイって言うし……ええい、もうヤケだ! 女になるぞ!)」


 ゲームセンターを出た紅露美は、近くにそびえ立つラブホテルの看板に書かれた『休憩3500円』という文字を見ながら、自分の中で色々と決意を固める。そして震えながら正太にこの後について尋ねるが、


「え? もうデートは終わりだよ。健全な学生のデートがコンセプトだからね、日が暮れる頃には解散だよ」

「……あ、はい」


 当然ながら倫と一緒に考えた健全な学生のデートプランにそんなモノが入っている訳がなく、パパ活を普通のデートだと認識しており、付き合ってもいない、出会って1ヵ月も経っていない女性をホテルに誘うような人間でもない正太はデートの終わりを告げ、肩透かしを食らった紅露美はホッとした感情と大人の階段を昇るチャンスを逃した感情がせめぎ合い大きくため息をつく。


「それじゃまたね。……本当のパパと比べてどうだった?」

「……馬鹿な事言ってんじゃねえよ。……まぁ、楽しかったぜ、じゃあな」


 最後にこれがパパ活である事を思い出した正太は別れ際に軽い冗談を言い、紅露美はそれに笑って返しながら正太に背を向けて自分の家へと戻っていく。しかしその表情はひどく悲し気で、今にも泣きそうという様子だった。



 ◆◆◆



「……ただいま」

「おかえり紅露美。私はもう仕事に出るから、戸締りよろしくね」


 紅露美が自分のアパートに戻ると、丁度紅露美の母親が仕事に出かける準備をしていた。母親を見送った後、昼に作ったお弁当の後片付けをするついでに夕食も自分で作り、テレビを見ながらそれを食べる紅露美だが、テレビで二世タレントが父親の話をしているのを見て箸を落とす。テレビの電源を切る紅露美だったがその目元からは涙が流れており、食事に塩気を足していく。


「……アイツに、悪気が無いのは、わかってるんだよ、うっ、ひぐっ……」


 食欲が無くなってしまった紅露美は自室のベッドに横たわりながら、今日の正太とのデートを思い返していく。紅露美は物心ついた時には既に父親がいなかった。その理由について母親に尋ねた事は無かったし、母親を責めた事も無かった。それでも自分に父親がいないことはずっと気にしていたし、自分が気づけば落ちこぼれのヤンキーと評されるような駄目な人間になってしまったのは、父親がいないからじゃないかと時おり考えており、正太の別れ際のセリフを反芻させて行く。


「……ウチにあんなパパがいたら、もうちょっとマシな人間になっていたのかもな」


正太のような人間と一緒にいれば、自分はまともになれるんじゃないか。正太が自分を更生させてくれるんじゃないか。正太は紅露美に今までの自分の人生に無かった悪の部分を見出し、それが紅露美と行動を共にする動機でもあったが、当の本人は正太に善の部分を見出すのだった。そしてそれがきっかけとなり、倫ほどでは無いが紅露美もまた正太に恋愛感情のようなモノを抱き始めるのだった。

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