3-2 絡み酒と泣き上戸
「次の大会ではベスト4、いや、優勝目指すぞ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
剣道部が練習をしている体育館の中から、次の大会に対する倫の熱い想いと、それに共鳴する部員達の掛け声が漏れて来る。次の大会は近くでやるなら見に行こうかな、と考える正太ではあったが、その足取りは剣道部の練習を眺めるために体育館に向かうことなく、近くで野球部の練習を眺めていた紅露美の下へ。只今絶賛金欠中であり、お金のかからない暇潰しに部活の練習を眺めていたが興味は湧かないらしく、正太の隣で紅露美は何度も欠伸をする。
「宝条さんも暇なら何か部活でもやったら? 僕はまぁまぁ生徒会で忙しいけど」
「疲れるだけだろ。ああ、でも茶道部はいいかもな。毎日お茶とお菓子食って駄弁るんだろ? 今度体験入部してみようかな。正座できないけど」
「残念だけど茶道部はこれはお茶だからと言い訳をして烏龍ハイで酒盛りをしていたのがバレてね、しばらく活動休止だよ」
「緑茶ハイか抹茶ハイなら許されてたかもな……」
高校二年生の秋という部活を勧めるには遅すぎる時期ではあるが、暇を持て余している紅露美に何かやってみたらと正太は提案する。茶道部だったり文芸部だったり、きつい練習が無くて楽しく友人とお喋りできるイメージのあるいい加減な部活を紅露美はお望みのようだが、そういった部活は問題を起こして活動休止になったり、活動実績が無くて廃部になってしまったりと都合良くはいかない。飲酒で活動休止になってしまった茶道部について話をしながら、正太はふと紅露美に飲酒経験について尋ねる。
「そりゃタバコはともかく酒はあるだろ。よっぽどの陰キャじゃなきゃ、友達の家だったり、打ち上げだったりで飲む機会はあるだろ」
「陰キャで悪かったね」
「まぁウチは当分飲むつもりは無いけどな。……お腹の赤ちゃんに悪いしな」
「気が早いんだよ……こっそり冷蔵庫の中のビール飲んでみようかなぁ」
人並みにはあると答えながらも、今回も倫のスピーチに感動したらしくお腹を押さえながら断酒宣言をする紅露美。そんな紅露美に若干呆れながらも、友人の家で遊んだり、行事の打ち上げをしたり、そういう機会にお酒を飲もうという流れになっても倫のように止めこそしなかったものの、自分が飲酒をすることもまた無かった正太は飲酒に興味を持ち始める。そんな正太を見た紅露美は、閃いたとばかりにニヤリと笑いながら、正太に指定した場所に先に向かっていてくれと指示してその場から去って行く。言われた通り正太が向かった先は、人気の全くない廃工場であった。
「へへへ……ここら一帯はかなり前に潰れててな、誰も来ないから悪い事し放題。秘密基地みたいでわくわくするだろ? 大声出したって誰も気づかないから、近所迷惑気にせずに一人カラオケが出来るって訳よ。生徒指導の教師のハゲー!」
「なるほどね。それで、この秘密基地でどんな悪い事をするんだい?」
秘密基地で教師への悪口を叫ぶ紅露美に、自分も何か叫んでみようかなと言葉を考えるも出てこない正太。そんな正太に本題は叫ぶことじゃないと、カバンから缶やビンのお酒にお菓子を次々と取り出して行く紅露美。
「いい年してお酒も飲んだ事の無い甘ちゃんのデビューを見守ってやろうと思ってな」
「また万引きしたのかい? 1円だろうと1万円だろうと万引きは万引きだけど、この量はちょっと盗みすぎだと思うな。罪悪感で飲めないよ」
「失敬な、家から持って来たんだよ。そもそもウチは万引きしてないだろ、実際にやったのはお前だ。最近親の飲酒量が増えて来た気がするから、こっそり処分してやろうと思ってな。一石二鳥。つまみも用意してやったぞ、ほら飲め飲め」
自分の万引きデビューを手伝わせてしまった手前、紅露美の万引きを本気で説教することが出来なくなってしまっている正太は大量のお酒やお菓子を見て困った表情になるが、紅露美はもう万引きをするつもりは無い、お店では無く家族から盗んだと主張する。それならまぁいいかとビールの缶を受け取った正太は、コーラを持った紅露美と乾杯をする。
「宝条さんは飲まないのかい?」
「ウチは飲まねえよ、お前みたいないつもヘラヘラしてる優男がお酒でどう豹変するのかが見たいだけだ」
「そんなに変わらないと思うけどね。……苦いね、ビール」
自分の手は汚すこと無く、どんな酔い方をするのかワクワクしながら正太を見つめる紅露美に促されるまま、グビグビとビールを飲み干す正太。いい飲みっぷりだな、と紅露美はチューハイを正太に手渡し、少し顔の赤くなった正太はそれもグイグイと飲み干していく。飲酒経験が乏しいが故の適当なペース配分と、飲んだらすぐに次のお酒を寄越す紅露美の危険なアシストにより、30分もしないうちに正太は顔を真っ赤にして呂律の回ってない状態に。
「……」
「あーっひゃっひゃっひゃ! すげー酔ってる、生徒会副会長様もこうなったら形無しだな。気分悪いならしばらくそこで寝とけよ、誰も見て無いんだし。んじゃ、ウチは帰るから」
ゲラゲラと笑いながら、泥酔した正太をスマホでカシャカシャと撮影する紅露美。そのまま酔い潰れた正太を置いて帰ろうとするも、一言も発さなくなってしまった正太は突如紅露美に飛び掛かり馬乗りの状態になってしまう。
「お、おい、酒で酔い潰れた幼気な少女を手籠めにしようなんざ……ん? 逆か。とにかく離せ、ウチの身体に気安く触れるな」
相手は酔っているとは言え男女の力の差により正太を振り解くことのできない紅露美が貞操のピンチに怯えていると、正太はそんな紅露美の口元に無理矢理ビールの缶の飲み口を押し込む。
「んーっ!」
「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着きなよ」
正太が欲しいのは紅露美の身体では無く酒飲み仲間だったようで、嫌がる紅露美に強引にお酒を飲ませて行く。正太が酷い絡み酒だと紅露美が理解するも時既に遅し、正太よりもハイペースで飲まされてしまった紅露美も意識が朦朧とし始める。
「宝条さんいい飲みっぷりだね。ささ、これもどうぞ」
「えぐっ……もう飲めないよぉ……これ以上飲んだらお腹の赤ちゃんがアルコール中毒になっちゃうよぉ……」
その後も正太は紅露美にお酒を飲ませ続け、泣き上戸の紅露美はわんわんと泣きながら正太から逃げようとするが、まともに歩くことも出来ずにその場に倒れてしまい、正太はゲラゲラと笑いながらワインの瓶を開けて、倒れている紅露美の顔にドバドバとそれをかけていく。
「だれかたすけてー!」
「あはは、金髪がワインで赤髪になりそう」
必死で助けを求める紅露美であったが、先ほど自分で説明した通り大声を出しても誰にも気づかれることは無いのだった。
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