3-1 剣道の大会と打ち上げと飲酒

「すまない副会長! もうすぐ剣道部の大会があってだな……」

「しばらく生徒会の仕事は出来ないって事ですよね? 別に構いませんよ、今はほとんど業務もありませんし」

「察しが良くて助かるよ(ああ、表情は笑顔だがきっと心の中では私と一緒の時間が無くなって寂しいとか思っているんだろうなぁ、この埋め合わせは絶対にするからな)」


 ある日の放課後。生徒会室で正太が業務を行っていると、ドアが開いて申し訳なさそうな表情をした倫が顔を覗かせる。正太としては本当に構わなかったので笑顔を崩すことは無かったのだが、倫は勝手に正太の心の中を読み取って勝手に埋め合わせを約束する。こうして剣道部は大会に向けて練習日を増やし、しばらく倫は放課後に生徒会室に来なくなるのだが、一緒の時間が無くなって寂しいと思うのは正太ではなく倫の方であり、


「調子はどうだ? ……今日もいない」


 部活に行く前に何かと理由をつけて生徒会室を覗くが、業務がほとんど無いこともあり正太も生徒会室には来なくなっており、人知れず倫はショックを受け続ける。それでもめげずに倫は練習を重ね、大会前日の昼休憩時間、倫は廊下で考え事をしているフリをしながら正太が教室から出て来るのを待ち伏せる。


「……! やあ副会長」

「会長、お久しぶりです。仕上がりは順調ですか?」

「バッチリだ。……ちなみに明日の大会なんだが、スモールアーチで10時から開催だ。ここから電車で30分くらいだな。外部の人でも試合の様子を見ることは出来るからな」

「そうなんですか。それじゃあ大会頑張ってくださいね」

「あ、ああ……(何だか態度がそっけないが、照れ隠しだよな? 応援に来てくれる、よな……?)」


 そして正太に明日の大会は一般人でも観客として参加できる事を伝えるが、倫に憧れ等の感情を抱いてはいるものの、休みの日に詳しくも無い剣道部の試合を応援する程では無い正太はそれをサラッと受け流し倫のメンタルにダメージを与えて行く。こうして倫はやって来ない応援を心の支えにし、剣道部の大会に臨む。その翌週、


「……」


 正太が廊下を歩いていると、とてもじゃないが生徒の模範となるべき生徒会長とは思えない程に不機嫌そうな表情をした倫とすれ違う。あまりのオーラに声をかけることも出来ず、倫もまた正太に気づかない程に機嫌が悪いのか目を合わせることもなく廊下の向こうへと消えて行った。


「生徒会長すげー怒ってるじゃん、お前何したんだよ?」

「僕は何もしてないよ。剣道部の大会で失敗したのかな」

「は? お前応援に行ってねーの? そりゃキレるだろ……謝っとけよ」


 困惑する正太に、正太と倫が付き合っていると思っているクラスメイトは正太が応援に行かなかったせいだと指摘する。放課後になり正太が生徒会室に向かうと既に倫が書類を整理していたが、チラッと正太を見るだけでその後は無言で仕事を続ける。


「その、試合を見に行けずにすみませんでした。剣道よくわかんなくて」

「……! ち、違う! そんなことで怒ったりするか!」


 何故倫が怒っているのかがわからないがクラスメイトに謝れと言われたので、試合を見に行かなかったことについて深々と謝罪する正太。正太にあらぬ勘違いをさせてしまったことに気づいた倫も、ようやく不機嫌そうな表情を崩して弁解をする。倫が正太の姿をずっと探しており来ていないことにショックを受けたのは事実であるが、仮にも精神を鍛える剣道部の部長がそれくらいで不機嫌になったりはしない。


「それじゃあ……その、また来年がありますよ。ファイトです」

「いや、大会で結果を残せなかった訳じゃ無いんだ。女子団体戦は中国地方ベスト8、私は個人戦4位。上出来だったんだよ」

「それならどうして」


 自分が原因では無いのなら大会の結果が芳しくなかったのだろうと、次の大会に向けて頑張りましょうとエールを送るが、倫は十分に結果を残したとそれも否定する。倫が3位決定戦の直前に正太がいない事を認識して動揺した結果、本来なら勝てた相手に負けてしまったのは事実であるが、仮にも精神を鍛える剣道部の部長がそれくらいで不機嫌になったりはしない。


「大会が終わった後に、打ち上げに行ったんだ。そしたら男子がお酒を注文しようとしてな」

「それを会長が止めようとして揉め事になったと」

「そうだ。男子も女子も、いい感じに大会が終わったのだからパーっと盛り上がりたいなんて言い出してな。顧問までこういう時は無礼講だと言う始末。……結局私が部長権限でお酒は辞めさせたんだが、ムードは最悪だったよ。……なぁ副会長、私が悪いのか? 部員の要望を聞けない私は部長失格なのか?」


 不機嫌の理由は大会の後の打ち上げにあった。今まで生徒会長として、剣道部部長として慕われ続けて来ただけに、部員から顰蹙を買ってしまったことが若干トラウマになっているのか頭を抱えながら、震えながら、縋るように正太に助言を求める。どうしたもんだかと悩む正太の脳裏には、郷に入っては郷に従えだの、長い物には巻かれよだの、今までぼんやりと日和見主義者として生きて来ただけに飲酒を認めるような意見が浮かぶ。ただそれでも、


「会長は悪くありませんよ。この学校は確かに緩いのかもしれませんけど、学校の外の世界はそんなに寛容な目で見てはくれません。飲酒しているところを撮られたら学校の評判は地に落ちますよ。会長は我が校を守ったんです、生徒会長として。顧問が飲酒を容認した? とんでもない話ですよ、教育委員会に相談するべきです。次の全校集会で、みっちりアルコールの恐ろしさを伝えてやりましょう」


 倫には自分の憧れの存在として、真っすぐに自分の正義を貫いて欲しい……そんな正太の都合もあり、倫は絶対に悪くない、その正義を広めるべきだと全力で煽る。


「……! そうか、私は間違って無いんだな!? 良かった、副会長がそう言ってくれるなら私はもう迷わない」


 そんな正太の肯定に、先ほどまでの不機嫌そうな表情はどこへやら、目を輝かせながら喜ぶ倫。恋愛感情が絡んでいる分、正太が倫を信頼する度合いよりも、倫が正太を信頼する度合いの方が強くなっており、正太に言われるがままに倫は全校集会のスピーチや教育委員会への相談を計画して行く。


「いいか! 酒に酔った人間はこうやってトラブルを起こしてしまう。アルコールはタバコよりずっと危険なんだ!」


 全校集会の日、プロジェクターで未成年飲酒の身体への影響や、酔った人間の起こすトラブル等を映し出しながら、見ている生徒にトラウマを与えながら啓蒙活動を行う倫。映す資料を操作する関係上正太には倫の表情を見ることは出来なかったが、顔を見ることは出来なくても、タバコの時よりも熱く真っすぐな声を聴くだけで正太にとっては満足だった。


「お酒を注文しようとした男子が私に謝って来たよ。自分の事も、部活の事も学校の事も考えて止めてくれたんですね、感動しましたって。全部副会長のおかげだ」

「聞いた話じゃ顧問の先生もこっぴどく怒られたそうですね。もう会長が部長兼顧問になった方がいいのでは?」

「ははは、それは言い過ぎだぞ」


 正太の協力もあり、倫の啓蒙活動は大成功に終わる。それからしばらく生徒会室は笑顔の絶えないアットホームで明るい職場となるのだった。

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