2-2 喫煙デビューと染み付く匂い

「あ、会長お疲れ様です。剣道部頑張ってください」

「おお副会長。気を付けて帰れよ」

「突然どうしたんですかそのキリッとした表情は」

「い、いや、えーとだな、剣道で勝った時の決めポーズをちょっと考えていてな」

「意外とお茶目なんですね」


 ある日の放課後。帰宅しようとした正太はこれから部活に向かう倫と出会い軽く会話をする。先日の発言を未だに引きずっている倫は凛々しい表情をしようとするが、漫画を参考にしてしまった結果決めポーズのようになってしまったらしく変な言い訳をしながら顔を赤くして去って行く。そんな倫を見送り校舎を出て帰路につく途中、自販機が並んでいる場所で地面に這いつくばるツインテールを見つける。


「やあ宝条さん。小銭落としたの?」

「よう副会長サマ。いや、ウチは落としてない。ジュースでも飲もうかなと思ったらお金が無いことに気づいてさ、これだけ自販機が並んでたら下に小銭が無いかなと思って探してたんだ」

「髪が汚れるから辞めた方がいいよ。ツインテールが這いつくばる姿はゴキブリみたいだし」


 ガサゴソと小銭を探しながら、金髪にゴミや砂を付着させていく紅露美を気遣う正太だったが、ついつい思っていた事を口に出してしまい立ち上がって髪をブンブンと振り汚れを落とす紅露美から蔑むような目で見られてしまう。紅露美が立ち上がった拍子に彼女のスカートのポケットからチケットが何枚か落ち、それを気づいた紅露美は自慢げに正太にチケットを見せる。


「その優しさとノンデリさ響いたぜ……あ、思い出した! 友達がハンバーガーショップでバイトしててタダ券貰ったんだった。さっきの言葉を取り消して褒めてくれるならお前にも奢ってやるよ」

「じゃあ取り消すよ。ツインテールが這いつくばる姿はクワガタみたいで格好いいな」

「あんまり褒められた気がしないんだが……まぁいいか」


 自分を褒めろと要求してくる紅露美に対し、見た目が似ていて格好いい生き物としてクワガタを挙げる正太だが、女の紅露美にはクワガタみたいだと言われても微妙らしく、顔をしかめながらハンバーガーショップへと向かって行く。二人で無料のハンバーガーセットを食べている中、ポテトをタバコのように指で挟み、口に咥えて吸う素振りをする正太。


「……宝条さんはタバコ吸ったことある?」

「まあ、誘われて吸ったことはあるけど、合わなかったから辞めた。この先また友達だったり彼氏だったりが吸ってたとしてもウチはもう吸わないよ。お腹に赤ちゃんがいる時に禁煙出来なかったら大変だろ? あのスピーチ感動したぜ」

「はぁ」

「な、何だよその目は。ウチだって将来は立派な母親になるつもりなんだからな」


 ヤンキーなら喫煙してそうなんて偏見から紅露美にタバコについて話す正太。正太の予想通り紅露美は喫煙経験があると言いながらも、先日の倫のスピーチに感銘を受けたらしく二度と吸うつもりはないとお腹をさすりながら母親の気持ちになるが男の正太にはイマイチ理解できず、気が早すぎだろうという視線を送り紅露美をムキにさせてしまう。


「それじゃあご馳走様」

「じゃあな……っと、そうだそうだ。あの公園で待っててくれ」


 ハンバーガーショップを出て解散しようとする二人であったが、紅露美は何かを思い出したのか正太に公園で待つように指示してどこかへと去って行く。言われた通り正太が公園のベンチに座っていると、倫がタバコの箱とライターを持って来て隣に座る。


「付き合いで吸った時のタバコがまだ残ってたからやるよ。賞味期限切れてるけど大丈夫だろ、どうせ身体に悪いんだし」

「ありがとう。会長には悪いけど、ちょっと興味はあったんだよね……」


 倫からそれを受け取った正太はタバコに火をつけて口に咥え、ドラマのワンシーンのようにクールな男を演出しようとする。それを横で眺めていた紅露美も、見ていたらまた吸いたくなってしまったようで同じようにタバコに火をつけて咥え、夕方の公園のベンチで二人の不良高校生が喫煙に勤しむ。そんなクールな時間も長くは続かず、


「……! げほっ、げほっ」

「お、おええええっ」


 ニコチンの味を受け入れられない二人はタバコを投げ捨てて、思い思いに咳をして水飲み場で口直しをしようとする。まだ火のついているタバコを踏みつけて消化し、近くのゴミ箱に捨てた正太と紅露美の顔は、タバコのように苦い表情となっていた。


「何がいいんだこんなものの」

「スピーチでやってただろ、ニコチン依存になったら美味しくなるんだって。ウチはやっぱもう二度と吸わねー」

「僕はもうちょっと頑張ってみようかな」


 再度タバコを吸わない決意を固める紅露美とは対称的に、タバコを吸う男に憧れがあるのか続けようとする正太。紅露美からタバコとライターを譲り受け、自宅に戻った正太は部屋の中で鏡を前にしタバコを咥えてクールさを演出しようとするという倫と似たような事を続けた後、ライターでタバコに火をつけて本日二本目の喫煙に勤しもうとする。


「……! ごほっ」


 しかし高校生の正太の身体にはタバコが馴染まず、公園の時のようにむせてしまう。タバコに負けるものかと変な対抗意識を燃やしてしまった正太はその日に挑戦を繰り返し、


「ふ、ふふふ、とうとう吸えた。なかなかいい味じゃないか」


 一箱無くなる頃には無事に? むせることなくタバコを吸うことに成功してしまう。翌日の生徒会室、倫と共に作業をしながら頭の中ではタバコ無くなっちゃったけどどうしよう、どこなら買えるんだろうと今後も喫煙を続ける気持ちで一杯な正太。気づけば倫が室内をキョロキョロと見まわしながら鼻を嗅ぎ始め、やがて困惑した表情で正太を見る。


「……副会長は、兄がいるのか?」

「いえ、一人っ子ですよ」

「そうか。……いや、お前からタバコの匂いがしてな。父親が禁煙に失敗して吸い始めたのか? どっちにせよ、本人は気づかなくても結構匂いは服とかに染み付くからな、気を付けた方がいい。そうだ、これを使うといい。私も剣道部で匂いとずっと戦って来たからな」


 正太の身体にタバコの匂いが染み付いていることを見抜いた倫は、正太が吸っているという可能性は微塵も考えずにカバンから消臭スプレーを取り出し、余程匂いが嫌いなのか有無を言わさずそれを正太に噴射する。こりゃあタバコはもう吸えないな、とスプレー塗れになった正太はタバコを引退するのだった。

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