2-1 校内清掃とタバコの吸い殻

「会長、こっちは終わりました」


 ある日の放課後の生徒会室。部活の申請や生徒からの要望といった書類をチェックし、教員に渡すためにメモ等を追加してまとめあげたモノを倫に渡す、少し残念そうな表情の正太。それを受け取り感謝を述べながらも、倫の表情も同様に少し曇っていた。


「ありがとう。……私の作業も終わったところだ」

「最初は凄い量だと思いましたけど、二人でやればあっという間ですね」

「謙遜をするんじゃない。私が剣道部に出ている時にこっそり進めてただろう?」

「はは、バレちゃいましたか。まぁ、これでしばらくは暇になりますね」


 他の生徒会役員が仕事をしないと言っても、学校の業務を全て生徒会が担当している訳では無い。当然ながら学校の業務の大半は教員が行うし、生徒会の仕事は生徒とのコミュニケーションが取りやすい事を活かし要望等を教員へと伝えるいわば中間管理職であり、倫と正太の要領が良いことも相まって今ある仕事は全て終えてしまい、しばらくは仕事も無いので暇になりそうな状況。本来ならば学生にとって暇になることは喜ぶべきことなのだが、『立派な人間を目指すために会長と一緒に善行を積みたい』という考えの正太からすれば生徒会の仕事は願っても無いチャンスであり、それが終わった現状はどうしようかと悩んでいた。そしてそんな正太の表情を見つめる倫はと言うと、


「(正太が凄く残念がっている、やっぱり私と一緒にいたかったのか……ど、どうしよう、正太の想いには応えてやりたいがまだ付き合うとかは早い気がするし、かと言ってこのまま正太を放っておくのは可哀想だし、な、何より私だって正太と一緒に何かがしたい!)」


 根本的な理由が恋では無いことには気づけないながらも、一緒に仕事が出来なくて残念がっていることを見抜く。既に正太の事を脳内では下の名前で呼びながら、最後に出た自分の本音を達成すべく優秀な頭脳をフル回転させる倫。


「……良かったら、今から校内清掃をしないか? ほら、今年は一年生のクラスが減っただろう? だからどこも掃除してない場所があるんだ」

「それはいいアイデアですね、是非やりましょう!」

「(やった、正太が喜んでる。ま、まぁ、校舎内とは言えどデートのようなものだからな、喜ぶのも当たり前か、可愛い奴め)」


 そして校舎に誰も掃除をしていない場所があるからそれを自主的に清掃しようと正太に提案し、自主的にやるのは生徒会の仕事よりもずっと善行だと考えた正太はそれを快諾する。こうして倫と仕事が出来て上機嫌な正太と、正太と疑似デートが出来て上機嫌な倫は掃除道具を持って校内をうろつく。倫はどこの教室も担当していない場所を掃除しようとは言ってはいたが、この時間を極力長引かせるために学生の掃除は適当だからと理由をつけては色んな場所を共に掃除をしていく。


「あ、会長と副会長お疲れ様っす。仲良くデートっすか?」

「ば、馬鹿者! たたただの校内清掃活動だ、気を付けて帰るんだぞ」


 道中で出会った同級生に冷やかされて赤面しながらも心の中でよく言ったと賛美を送る倫。尊敬以上の感情を現時点では有していない正太とは若干温度差があったものの、二人は仲良く、機嫌良く校内を綺麗にして行った。……体育館の裏で、タバコの吸い殻を見つけるまでは。


「……タバコだな」

「タバコ、ですね……」


 先ほどまでの朗らかな笑顔から一転、般若のように怒りに満ちた表情になる倫。正太もそんな倫のオーラに気圧されながらも、目の前に落ちている吸い殻を拾いながら困った表情になる。


「こんなところまで侵入して吸う人はいないよな」

「いないですね」

「教師はちゃんと喫煙所が用意してあるよな」

「ありますね」

「つまり、生徒が吸ってポイ捨てしたと」

「言う事になりますね」


 わなわなと震える倫の問いかけに答えながら、淡々と吸い殻を回収していく正太。正太がポイ捨て現場を綺麗にし終える頃には、倫の綺麗だった顔は鬼のように凶悪なモノへと変化しており、竹刀の代わりに箒をブンブンと振り回す。


「学生が喫煙をするというだけでも大問題だと言うのに、こんな草花もあるところでポイ捨てなど……火事になったらどうするつもりなんだ!」

「まぁまぁ会長。こうして僕たちが片付けておけば、次来た時に気づいて反省してポイ捨てしないように」

「ポイ捨てが問題なのでは無く学生の喫煙が問題なんだ!」


 火事になった訳でも無いのだし穏便に済ませようとする正太に対し、犯人探しをするべきだ、ここに張り込んででも捕まえてやると過激な対応をしようとする倫。そんな倫の様子に正太は先日から考えていた暴走する、妄信する正義を見出して若干恐怖を感じ、その感情の変化を表情から読み取った倫もまた焦る。


「(うっ……正太が私の事を怖がってる……落ち着け倫、ニッコリ笑顔だ、正太も笑ってる私の方が好きだろう)……べ、別にしょ……副会長の考えを生ぬるいと批判して怒っている訳じゃ無いんだぞ、寧ろお前の考えは非常に優しい、私も見習わないとな。確かに幸い火事にはならなかったのだし、犯人探しなんてのは辞めよう。ただ次があっては困る、学校に張り紙をしたり、次の全校集会で話をしようじゃないか」

「それはいい考えです、流石は会長」


 正太を想いながら怒りを頑張って鎮め、引きつった笑顔を見せて、脳内で下の名前で呼んでいることがバレそうになりながらも折衷案を提案する倫。それから二人は喫煙防止の張り紙を作ったり、全校集会でのスピーチや資料を用意したりと作業を続け、


「……というわけで、未成年が喫煙をすることは非常にリスクが高く……」


 全校集会で倫は校舎でタバコの吸い殻を見つけたことや、身体が成熟していない未成年が喫煙者をする事によるリスク等についてスピーチをする。犯人がポイ捨てをしなくなったのか、喫煙自体を辞めたのかは定かでは無いが、それから校内でタバコの吸い殻が見つかる事は無かった。


「うむ、今日も吸い殻は落ちていないな」

「スピーチをしている時の会長、物凄く凛々しい顔で格好良かったですよ。聞いた話では、あのスピーチを聞いて感動して禁煙にチャレンジした教師がいるそうです」

「本当か? ち、ちなみにどんな顔だったんだ? 写真に撮ってたりしないか?」

「あはは、全校集会で会長がスピーチしている時に、スマホで写真を撮る副会長がいる訳無いじゃないですか」


 見つからない吸い殻に安堵をしながら、隣を歩く正太のために笑顔を保つ倫。一方の正太はスピーチの時の倫の表情を思い返しながら、やはり倫は自分が見本とするべき人間の一人なのだと再認識する。そして何気なしに放った正太の発言により、この日の夜、倫は鏡の前で睨めっこしながら、正太が格好いいと褒めた凛々しい顔を再現しようとするのだが、褒められたことでどうしてもにやけてしまい意図的に再現する事は出来ないのだった。

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