1-2 紅露美との出会いと万引きデビュー

「おはよう。大丈夫か? 少し顔色が悪い気がするが……」

「おはようございます会長。……僕は大丈夫ですよ」

「そうか? ……というか私から目を逸らしていないか? 何かやましいことでもあるんじゃないだろうな。ま、まさかエッチな本をカバンに入れているのか? まぁ、お前の事だから友達に無理矢理貸されたのだろうが、時には断る勇気も必要だぞ」

「ははは、まさか。想像力が逞しすぎますよ」


 翌日の朝。正太が学校に向かうと自主的に服装チェックをしていた倫と遭遇し、昨日の夜の事を引きずっていた正太は倫から目を逸らして逃げるように校舎へと向かう。授業にも身が入らず、この日は倫も剣道部に参加していたため正太は生徒会室には向かわず、学校を出ると気分転換でもしようとあてもなくブラブラと近辺を歩く。辿り着いたスーパーで適当にお菓子を眺めている中、近くに同じ学校の制服を着た少女がいることに気づく。


「……」


 髪を金色に染めたツインテールの、ヤンキーという表現がよく似合う少女はしきりに辺りを気にしており、不自然に感じた正太は隠れてその様子を伺う。やがて少女はチョコレートを素早い動きでカバンにしまい込み素知らぬ顔で店の出口へ向かう。正太は少女を追いかけ、彼女が店を出る前にガシっと腕を掴み、店員に気づかれないように物陰へと連れて行く。


「んだよお前。同じ高校かよ、ナンパか? つうか見たことあるぜ、お前生徒会長の男だろ」

「カバンにチョコレート入れたよね」

「……警察に突き出そうってか?」

「とりあえず出しなよ。戻すから」


 正太がチョコレートを渡すように手を差し出すと、少女は舌打ちをしながらカバンからチョコレートと、他にも盗んでいたらしくペットボトルのコーラに鯖缶を取り出して正太に押し付ける。正太はそれをレジに持っていき清算した後、ちょっと話そうよと少女を誘う。



「お金無いの?」

「馬鹿にしてんのか? まぁ裕福じゃねえけど、食うのも困る程じゃねえよ」


 近くの公園のベンチに座り半分に割ったチョコレートを頬張りながら、こんなものを盗まないといけないくらい生活が苦しいのかと少女を心配する正太。隣でチョコレートをバリボリと砕きながら、少女は別に貧乏じゃないからそんな同情するような目で見るなと正太を睨みつける。


「じゃあどうして万引きなんて」

「よくわかんねーんだよ」


 生活に困っていないなら何故万引きをするのかと尋ねる正太に、少女は首を横に振りながらコーラのペットボトルを手に取る。盗もうとしたはいいが別に飲みたかった訳では無いらしく、シャカシャカと思い切り振ると蓋を開け、目の前の地面をコーラまみれにしてゲラゲラと笑う。


「ぎゃはは、こんなアホみたいな使い方、自分の金じゃ勿体なくてできねー……ストレス解消でやってるのか? スリルを味わいたくてやってるのか? 社会に復讐したくてやってるのか? ……それはウチにもわかんねーんだよ。ただ一つ言えることは、お前みたいに人生うまく行ってる人間じゃないってこと。住む世界が違うんだよ、お前みたいな優等生とは」


 人生うまく行っていないと語る少女の手は、それを表すように気付けば蓋を開けた時に流れたコーラでべとべとになっていた。想像力が足りねえなぁと笑いながら水飲み場へ手を洗いに行く少女を眺めながら、正太は立派な人間になるには、彼女のような人間を理解することも、彼女すら理解していない人間の負の部分を理解することも必要なのかもしれないと考えた。


「鯖缶はお前にやるよ。まぁ、お前が買ったんだけどな。じゃあな……ウチみたいな落ちこぼれを心配してくれた事に免じて、当分万引きは控えるよ」


 手を洗った後、正太が買ったレジ袋の中に残っている鯖缶を指差し、公園から立ち去ろうとする少女。そんな少女を引き留めるべく正太は腕を掴み、


「……僕の万引きデビューを、手伝って欲しいんだよ」

「はぁ?」


 自分の信じる立派な人間を目指すために、優等生の殻を破る事を決意するのだった。しばらくして二人はスーパーに戻り、正太はお菓子売り場へ、少女は化粧品売り場へと向かって行く。やがて少女は近くにいる女性が万引きGメンであることを見抜き、わざとらしく辺りを見渡しながら、カバンの中に化粧品を入れるフリをして速足で出口へと向かう。


「ちょっと貴女」

「……何だよ」


 万引きGメンの女性はすぐに無線で連絡を入れ、出口前で少女は別の店員に捕まってしまう。カバンの中の物を出すように言われ少女はカバンを開き中身を取り出すが、そこに入っていたのはスマホに筆箱、漫画にゲームとスーパーに売っているような物はどこにも無い。


「ウチが盗んだって言うんですか? それとも何か? 服の中に隠してるって言いたいんですか? えー脱ぎますよ、脱げばいいんでしょう?」


 万引きの濡れ衣を着せられた少女は大声で叫びながら、服を脱ぐだの物騒な事を言い始めて騒ぎを大きくする。こうして少女が騒ぎを起こして店員の注目を集める中、正太はそそくさと戦利品を入れたカバンと共に店を後にした。しばらくして正太が公園のベンチで戦利品を広げていると、少女はお詫びとして商品券を貰ったらしくそれをヒラヒラと見せつけながら横に座る。


「いやー、こんなにうまく行くとは。やっぱり頭のいい奴は悪いことするのも得意なんだな」

「君の演技が素晴らしかったからだよ」

「へへへ、人に褒められるのいつぶりだろ。……で、万引きしてみてどうだった?」


 今ならまだ返せば無かったことに出来るんじゃないかと戦利品を眺める正太であったが、少女は勝手にお菓子の袋を開けて中身を食べ始めてしまい、後に引けなくなってしまった正太も諦めてお菓子に手を伸ばす。お金を払わずに食べるお菓子の味を噛みしめながら、正太は大きく深呼吸をした。


「……わからない。ただ、君が騒いでる時の店員さんの困った表情、あれは見てて楽しかったよ」

「いい性格してんのな……ま、ウチみたいなのと違って優等生なんだ、その立場を失うに見合うようなもんじゃないだろ、これっきりにしとけよ。……楽しかったぜ、じゃあな」


 スリルが味わいたかったのか、優等生でいる事に疲れたのか、他人が困るのを見るのが好きなのか……実際に万引きをしてはみたものの、その答えを見つけることは正太も出来なかった。わざわざ自分の人生を棒に振ってまでそんなことをする必要は無いと忠告した少女は、今度こそ立ち上がってその場を去ろうとする。


「……僕は別に優等生で無くなってもいいんだよ。……またこうして一緒に遊べないかな」

「今の一連の流れが遊びだとは思えねーけど……ようするに友達になろうってか? まぁ、お前結構面白そうだし、ウチはいいけど……でもお前、生徒会長の男だろ? あのおっかねえ女の怒りを買いたくねえよ」


 自分の目指す立派な人間になるためには、倫のような正義を体現した存在と行動を共にすることも、少女のような存在と行動を共にすることも必要なんじゃないか……そう考えた正太は、少女に改めて仲良くして欲しいと頼み込む。少女は自分自身は構わないと答えながらも、正太が倫と常に行動を共にしており、周囲からすればカップルも同然であることに触れた。


「僕達は別にそんなんじゃないよ。会長はとても真っすぐで、今の僕には少し眩しすぎる気がするんだ。だから君に興味を持ったのかもしれない」

「その言い方だと、ウチが身の丈に合った丁度いい女、みたいな感じでちょっと腹立つな……まぁいいか。ウチは宝条紅露美ほうじょう・くろみ。お前と同学年の落ちこぼれ」

「僕は橋詰正太。生徒会副会長だよ、よろしくね」


 倫との関係を否定し、アドレス交換をするためにスマホを取り出す正太。正太の言い方に不満を抱きながらもスマホを取り出してアドレス交換をした後、会長と一緒にいるのが疲れた時はウチと遊ぼうぜと去って行く紅露美。こうして正太は、倫と紅露美、対極に位置する二人と関りを持つことで、自分の目指すべき人間について答えを見つけようとするのだった。



 ◆◆◆




「……やっぱり、私の事が好きなんだよな……」


 その日の夜。倫は自室で枕を抱えながら、何度もベッドの上をゴロゴロと転がる。紅露美が正太と倫はカップルだと思っていたように周囲には常にその仲を噂されていたし、倫が友人達に付き合ってはいないと伝えると、絶対に正太は倫の事が好きだ、そうでなくちゃ生徒会の業務なんて面倒な仕事に付き合わないと煽られていた。


「私から目を逸らしたのも、そういう事だよな……」


 周囲から噂され友人からは煽られ続けた結果、倫の方が正太を意識するようになっており、今朝正太が倫から目を逸らしたことで倫の中での自分を好きなのだろうかという疑惑は確信へと変わり、更に正太を意識するようになる。


「確かにあいつはいい奴だし、見た目も悪くないし……いやいや、大事なのは中身だ。うん、あいつは中身は文句無しだ……だが私達は高校生で、しかも生徒の模範となるべき生徒会で、不純異性交遊は……じゃあ純粋な異性交遊ならいいのか? いや、純粋な異性交遊って何なんだ? あああああああ、あいつが私を好きなのが悪いんだ!」


 一人でベッドの上で悩み続け、どんどん正太を意識するようになり、恋愛感情へと変化して行く倫ではあるが、正太がそれを知る由は無かった。

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