一日一善一悪二恋愛

中高下零郎

1ー1 倫との出会いと正義と葛藤

 橋詰正太 はしづめ・しょうたはそこそこの優等生である。

 特に将来の夢があってそのために優等生になった訳では無いが、何となくでも幼い頃から立派な人間になろうと思っていて、それを実現するために努力は惜しまなかった。


『来たれ生徒会! 立候補者は生徒会室で手続きを――』


 ぼんやりと優等生として生きて来た高校二年生の夏休み明けの昼休憩、校内を適当に散歩していた正太は次期生徒会の立候補者の募集と選挙についてのポスターを見つける。


「……まぁ、生徒会はいいかな」


 しかし正太は自分には関係ないとすぐに目を離す。立派な人間になりたいという意識はあれど何となくであった今の正太に、生徒会に入って業務をしようというモチベーションは生まれなかったのだ。


「私が生徒会長になった暁にはこの学校を――」


 近くで何やら騒がしい音がするので気になって向かう正太。そこでは同級生であり剣道部の部長に就任した明道倫あけみち・りんが、生徒会長を狙っているらしく演説を行っていた。理想を語る倫の顔つきに、自分のようなぼんやりと生きて来た人間とは違う、真っすぐとしたモノを見出した正太はその演説を聞くことに。最初こそ今時生徒会になるために演説なんてと物珍しさからそれなりの生徒が聞いてはいたものの、理想等を語り続ける倫の話を長々と聞く趣味は大半の生徒には無く、段々と倫の前から人は減っていき気づけば倫の前には正太しかいない。しかも飲食をしながら聞いていた生徒がその場にゴミを投げ捨てたりしていたため、倫の演説の成果は地面に散らばったゴミとなってしまった。


「……ありがとう。確か同級生だったよな? 何度か廊下で見たことがある」


 演説が終わり、溜め息をつきながら目の前に散らばったゴミを片付ける倫。正太も無言でそれを手伝い、倫は一言感謝を述べながら演説の後始末を続けて行く。


「……生徒会って、そんなにやりたいものなんですか? クラスメイトも内心目的で入ろうとしてましたけど、仕事の少なそうな会計とか書記とかがいいって言ってましたよ。生徒会長なんて大変そうですし、こんな演説しなくたって誰もなりたがらないんじゃ」

「そ、そうなのか? ちょっと漫画とかに影響され過ぎたか……見ただろう、今のこの学校の生徒を。平気で地面にポイ捨てをしたり、お世辞にも民度が高いとは言えない」

「まぁ、この高校偏差値も低いですしね。僕は家から近いってだけで選びましたけど」

「私も近隣でちゃんとした女子の剣道があるという理由で選んだが、こんなことなら学力で選ぶべきだった……いや、私がこの学校を変えてやるんだ、そのために私は生徒会長になる! ではさらばだ、清き一票をよろしく」


 生徒会や学校のレベルについて語り合いながら、演説前よりもその場を綺麗にする二人。まとめたゴミを持って去って行く倫を見送った正太は、残り僅かな昼休憩の時間を、生徒会のポスターを眺める事に費やす。


「僕も生徒会に入れば、彼女のようになれるのかな」


 今まで明確な目標も無く、ぼんやりとした優等生として生きて来た正太。特に何かを考えなくても品行方正に生きていれば立派な人間になれると思っていたが、明確な目標に向けて全力で突き進む倫の姿を見てそれに憧れを抱いた正太は、彼女の傍にいれば彼女のようになれるかもしれないと考える。悩んだ末、正太は生徒会に立候補し、副会長として倫をサポートする事を決めた。




 ◆◆◆




「……全く、あいつらは何かと言い訳をして業務をサボる」


 放課後の生徒会室。サラサラとした黒いロングヘアーを靡かせながら、倫は正太以外の生徒会役員への文句を連ねつつ積まれた書類に目を通す。正太と倫以外の生徒会役員は内申点目的で立候補しており、たまの会議に参加する程度で日々の業務を手伝おうとはせず、結果として正太と倫は頻繁に生徒会室で二人きりの時間を過ごすことに。


「まぁまぁ会長。無理矢理参加させたところで、足手まといになるだけですよ」

「確かにそうかも知れないが、副会長のお前が大変だろう。……いつもすまないな、本当は会長である私が一番仕事をしないといけないのに」

「会長は剣道部の部長でエースですから仕方ないですよ」


 雑務を行う正太に申し訳なさそうな顔をする倫。正太は帰宅部で倫は剣道部という関係上、倫が部活に出ている時に正太が一人で作業をすることもあったが、正太はそれを嫌だとは思っていなかった。これを続けていれば、会長のような、正義の人間に、立派な人間になれると思っていたからだ。


「それでは会長、また明日」

「うむ。気を付けて帰るんだぞ」


 この日の業務を終え、会長と別れて自宅へ戻った正太はテレビをつけてニュース番組を見る。そこには以前から噂されていた二つの国が戦争を始めたという悲しいニュースが流れていた。


『〇〇国の大統領によりますと、元々は〇〇地方は〇〇国の領土であり、それを奪還することは正義だと主張しており―』


 正太からすれば怒りを覚えるようなニュースではあったが、その中に正義という単語が使われていたため不愉快になってしまいテレビのチャンネルを変える。そこではまた別のニュースが流れており、今度は国内で誹謗中傷をした犯人が捕まったというものであった。


『容疑者は犯行理由について、不倫をしていた俳優の〇〇が許せなかった。正義のために炎上をさせたと述べており、警察は詳しい事情を――」


 犯人の口から正義という単語が再び聞こえ、正太はテレビの電源を消してベッドに寝転がる。スマホを開いてSNSを眺めるが、そこでは自分達の正義を信じて疑わない人達が他者を攻撃したり炎上させたり、先ほどまでニュースでやっていた事を繰り返していた。


「正義を目指すことって立派なのかな……」


 今までぼんやりと立派な人間を目指し、そのためには正義を目指すことが重要だと考えて来た正太はここにきて迷いが生じる。あいつらは正義を名乗っているだけの悪だ、と自分に言い聞かせてみたところで、じゃあ自分の信じている正義は他人からしたらどうなのか? と悩み始め、自分はこのまま倫を目標にして一緒に行動をして、目指すべき立派な人間になれるのかわからなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る