第4章 紡いだ命と大きな代償

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。気がつくと、ボクは小さな洞窟の中で横たわっていた。傍には小さな薪が焚かれ、ほんのりと暖かい光が広がっている。自分の身体に意識を向けると、止血がされ、包帯が巻かれているのに気付いた。ローリエッタがボクをここに運び込み、傷の手当てをしてくれたのだと察した。


「おはよう、お寝坊さん。ずいぶんとうなされていたわね」

「ローリエッタ……どうして君が……うっ」


 半身を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが走り、言葉が途切れる。


「マヌケ。ここならしばらく安全だから、安静にしてなさい」

「……わかった」


 相変わらずの高飛車な態度にむっとしたが、彼女の言う通りでる。

 今は無理をせず、傷を癒やすことを専念しよう。


「それで、ローリエッタ、君がどうして……」

「こっちが先よ。アンタ、何があってラズィーネに殺されかけてたの?」


 ローリエッタは真剣な表情で尋ねてくる。彼女に隠す理由はなかったが、思いだすのは傷心が癒えておらず苦痛だった。しかし、救われた恩がある以上、説明するのが礼儀だろう。ぼんやりとする頭を働かせながら、ボクは事の顛末を語って聴かせた。


「なるほどね……ハァ。やっぱりアンタ、救いようのないバカだったのね」

 ローリエッタは深い溜息をつき、呆れた様子を見せる。


「そ、そんなにハッキリと言うなよ……。ボクはただ、みんなが幸せになる方法を伝えたかっただけなんだから……」


 どうして人は、富が一極に集中する社会構造を歩むのだろう。飢餓に苦しむ人々には余剰の食料を分け与え、生活環境を改善すればいい。病気に苦しむ人々には、公衆衛生を整えて支援すればいい。労働力が必要なら職を提供し、無償の教育を施せば、犯罪も減るはずだ。


「アンタがどれだけ正論を言っても、人間なんて自分さえ良ければ他人や他の人種、生物がどうなろうと知ったこっちゃないのよ!」


 ローリエッタは冷たい口調で人間を評する。彼女の言う通り、自分の生活さえ守られていれば他人の不幸に無関心でいる方が楽だ。しかし、ボクは知ってしまった。王都グラヴシュタロハイムの華やかな表面の裏には、貧民街という暗部が広がっていることを……。


「それは分かってる。でも、見て見ぬふりをする理由にはならないんだ」


 ボクだって、全ての人を救えるとは思っていないが、少しでも改善しようとしない権力者に対して怒りを覚えた。そして、この国を良くしたいという使命感に駆られたのだ。

 ボクが思考に沈むと、ローリエッタも同調するかのように沈黙した。

 しかし、やがて小さな声で彼女は言った。


「……でも、アンタが魔王を倒してくれたことには感謝してるわ。リューンデウスも、あの魔王の存在には脅かされていたから」


 彼女の言葉を聞き、ボクは少し安堵した。ローリエッタは人間に対して厳しいが、ボクを敵視しているわけではない。仲間として認めてくれていることが嬉しかった。


「それで、これからどうするつもりなの?」

「うーん、それは……」


 彼女の問いに、言葉をきゅうした。今後どうすべきか、この先の道筋は全く見えていない。王都に戻ることはできないし、逃げ続けるのも性に合わない。


「正直、どうすべきか分からない。ただ、このままでは何も変わらないことは分かってる。この世界に来た理由があるなら、それをボクなりに見つけたいんだ……」


 ローリエッタは静かに頷き、呆れたような素振りを見せた。


「でも、リューンデウスも今、戦争の危機にあるのよ。隣国との緊張が高まっていて、戦争が起きるのも時間の問題かもしれないわね」

「は、ほえっ……!?」


 ボクは驚愕し、思わずマヌケな音を口から漏らしてしまった。王都では、そうした情報が伝わらないよう、統制されていたのだと瞬時に悟った。


「アタシは勇者と共に戦ったことを理由に、リューンデウスの特使として王都に来たの。外交支援……最低でも援助を求めるためにね。アンタと森で会ったのは、まったくの偶然よ」


 ローリエッタは封蝋の押された手紙を出し、ちらつかせた。


「そうか……そうだったのか……」

「でも、アンタがこのまま、リューンデウスに来てくれれば、戦争は避けられるかもしれないわ。絶対に勝てない条件なら、相手も戦争なんて起こさないじゃない?」


 ボクを真っ直ぐに見つめる彼女の視線には、期待と信頼が込められていた。


「でもね……結局、リューンデウスに行っても、アンタは利用されるだけよ。用済みになったら、捨てられるのがオチでしょうね」


 彼女は笑みを浮かべ、ボクにゆっくりと手を差し出した。


「ローリエッタ……?」

「人間のルールに縛られなくてもいいのよ。使命や責任なんて捨てて、アタシと一緒に静かな場所で暮らしましょう」


 彼女の言葉の意味が理解できなかった。しかし、次第にその言葉の重みが伝わり、背筋が凍るような感触を覚える。


「君は一体……」

「アンタは、アタシのものよ。助けてあげたんだから、当然よね」

 彼女は妖しい光を瞳に宿し、ボクの顔を優しく撫でた。


「ちょ……ちょっと待ってよ? どういうことだ?」

「簡単よ。アンタは今日からアタシの奴隷。アタシがアンタの命を拾ったんだから、当然、所有権はアタシにあるわよね?」

「そんな! 無茶苦茶だ!」

「もう遅いわ。アンタにはすでにアタシの刻印が刻まれている。もう逃げられないのよ……フフッ」


 彼女はボクの左肩に触れた。すると、今まで存在しなかった模様が淡い光を放って浮かび上がっている。


「……いつの間に」

「アンタが気絶してる間にね。これで、アンタはアタシの奴隷よ」


 ボクは肩に刻まれた刻印を見つめ、言葉を失った。


「夢みたいだわ……ついに、アンタはアタシの物になったのね」


 彼女はうっとりとした表情で、ボクの肩の刻印を撫でていた。大陸の未来より、ボク自身の未来がどうなるのか、分からなくなってしまった。


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