第11話 早く……ない?


 だから樹里亜さんは何も悪くない。むしろ「気を遣って頂いてありがとうございます」とお礼を言わなければならないほどである。


 つまり、感謝こそしても文句を言うなんて以ての外だ。


「それなら良かった」


 安堵した様子の樹里亜さんに、結月も同じように安堵していた。


 樹里亜さんはこうした気配りを良くするのだが、良い方に行かない事もよくあり、かえって気を遣わせてしまったり怒らせてしまったりしてしまう事もあった。


 ただ、それは決して樹里亜さんに悪気があった訳ではない。むしろこれも樹里亜さんの良いところ。個性の一つだと周囲の人たちはそれで納得していた。


「……」


 それにしても、このティーカップ一式についてもそうだが、きっとこの紅茶も相当お高い物なのだろう。


 何気なく香って来るポットの匂いだけでそう思わされる。


 さすがに値段を聞くつもりはないものの、果たしてこれだけティーカップに紅茶といった価値のある物を一生の内に何度口にする事が出来るのだろうか……。


 下手をするともう二度とないかも知れない。


 ちなみに結月が幼少期の頃よく出されていたのはオレンジジュースなどのフルーツジュースばかりだったという事もあり、実はこうして紅茶をここで飲んだ事はない。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 だから……というワケではないが、こうしてティーカップを落とさない様に、絨毯などにこぼさない様に細心の注意を払わないといけない状態で紅茶を飲んだ事は一度もなく、表情には出していなかったが、内心ではかなり緊張していた。



「……!」


 そうした緊張の中。ゆっくりと口に運んだ紅茶は……。


「お、美味しい……」


 思わず声が零れてしまうくらいの美味しさだった。


 でも、そうしてしまったのはきっと自分が想像していた以上の代物だったからであり、それ以外の言葉が出てこなかったからだろう。


 いや、そもそも結月の語彙力ではこれが限界だった。


「良かった」


 樹里亜さんは嬉しそうな表情で優雅に自分も紅茶を飲んでいたが、ふと真っ先にリアクションをしそうな二人の声が聞こえてこない。


「?」


 結月としては「これだけ美味しかったらさぞ二人は良いリアクションをしてくれるだろう」と実は密かに期待していたのだが……。


「ふぁ……」

「……」


 なぜか紅茶を飲んですぐに水崎さん欠伸をし出し、寺本さんも欠伸こそ出ていないものの、ものすごく眠そうに眼をこすっていた。


「え……」


 さすがにこれは予想していなかったリアクションだ。


 確かに今日は予想外な出来事もたくさん起きたて気苦労が絶えなかったとは思う。ただ、それにしたってさすがに……まだ夕方とも言える時間帯の今、眠たくなってしまうのはさすがに……。


「早く……ない?」


 そのまま二人は眠ってしまい、このの思わぬリアクションに、結月はまたも小さく言葉を零してしまったのだった――。

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