第9話 違和感
『え、樹里亜さんがどうしてここに……』
月を始めとした赤城家の皆さんとは疎遠になってしまったが、樹里亜さんが社長令嬢だという事は変わらないはずだった。
つまり、金銭という面で樹里亜さんがアルバイトをしないといけない程困っているとは思えなかった。
そしてその事実があったからこそ、アルバイト先で最初に「新しいバイト」として樹里亜さんを紹介された時「どうして?」という疑問が脳裏に浮かんでしまい。
ついマスターから「新しいバイトを紹介したい」と声をかけられた時に思わず声に出してしまった。
『おや? 知り合いかい?』
マスターは樹里亜さんと結月の関係を知らなかったのでちょっと不思議そうな顔だったが、樹里亜さんの様子を見ていると……。
『はい。弟が彼女と小さい頃よく遊んでおりまして――』
基本的に樹里亜さんは「いつも」穏やかな笑顔で誰とでも接している。だからこそ「いつも笑顔」なせいもあり、感情の変化が分かりにくいところがあった。
この時もそうで、何気なく笑顔でサラリとマスターに説明している樹里亜さんから「面接をしたバイト先に結月がいる」という事実に対してどう思っているのか今一つ分からない。
『へぇ。まぁ、この辺りでアルバイトをしようと思ったら限られているから、こういう事もあるのかも知れないねぇ』
なんてマスターは言っていたが、それはあくまでコンビニとかチェーン店の話であって、こういった個人経営のお店は違うと結月は心の中で思わずツッコミを入れた。
そもそも、このカフェのアルバイトを募集するのは結月が高校生でアルバイトに入って以降なかった。
ただ、結月のアルバイトの先輩である主婦の方が育児休業と言う形で一旦お休みする事になり、その人の代わりとして期間限定でアルバイトを募集したのである。
『じゃあ、自己紹介はしなくても大丈夫そうかな?』
『はい』
『分からない事があったら彼女か僕に聞いてくれればいいから』
『分かりました』
そんなこんなで状況があまり呑み込めていない結月を残してあっという間に説明が終わってしまった。
『ごめんなさい』
しかし、そんな結月に対して樹里亜さんが最初に口にしたのは謝罪だった。
『え』
ただ、結月としては謝罪をされる覚えはなく、またも困惑した。
『驚いた……でしょう?』
『それは……まぁ』
もちろん最初に口に出した疑問もそうだったが、その他にも「どうしてわざわざ学校を休んでまで?」とか「それに、どうしてこの場所で?」とか色々と疑問は浮かぶ。
『でも、良かったバイト先に結月ちゃんがいて』
昔と変わらぬ笑顔で言う樹里亜さんに懐かしさを感じたものの、結局。樹里亜さん本人からは「アルバイトをするのはあくまで社会勉強の為で、どうせするなら生まれ育ったこの地でと決めていたから」という事くらいしか教えてくれなかった。
『そもそも今通っている大学も親の意向に沿ったものでね。私としては高校の時に通っていた学校系列の大学に進むつもりだったのよ』
『へぇ、そうだったんですね』
ただ、それを聞いても尚、結月は「進路についてはそうだとしても、なぜ今。その大学を休学してまでアルバイトをするのか」という事については分からないままだった。
『……』
しかし、それについて聞いても樹里亜さんは終始ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべるだけで何も言わずに黙ったまま。
それはまるで「これ以上は何も聞かないで」と言わんばかりのリアクションで……。
正直そういったリアクションをされるとは思っていなかったので「珍しい」と思うと同時に「きっと人には言えない何か複雑な事情があるらしい」と察してそれ以上は聞かずに今に至っている。
『それではその他のニュースです。現在調べが進められている女性連続殺人につきまして警察では――』
ふと樹里亜さんの事を思い返していると、ニュースはいつの間にか全国ニュースに変わっており、そこではここ最近起きた殺人事件について流れていた。
「……」
しかし、特に新しい情報があった訳ではない。犯人は依然として捜査中で凶器も出てきていない。
ただ、この時の結月はいつもであれば「まだ犯人を捕まえるどころか分かっていないんだ」と軽く聞き流す程度なのだが、今回はそう簡単に流す事が出来なかった。
なぜなら――。
「……」
「……」
ついさっきまでずっと忙しなくスマホを触っていたはずの二人の手がピタッと止めてテレビの方は見ずに耳だけニュースを聞くかの様にスマホの画面を見つめていたのだから。
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